「静寂をまとう女司祭、テンペイ教を問う」
テンペイ教に、ついに“本物の宗教家”がやってきます。
静かに現れたのは、秩序と形式を重んじる古い教会の女司祭。
テンペイには“教え”がありません。
でも、信じる人がいて、心が救われている人がいる。
それは信仰と言えるのか。導いていないのに、導かれているとしたら――?
今回は、「定義できない信仰」と「定義に縛られた教義」が交差するお話です。
雨が降っていた。
ぽつ、ぽつ、と静かに屋根を叩く音の中、村の入り口にひとりの女が立っていた。
黒いフードに身を包み、銀の刺繍が施された礼服。
手には古びた祈祷書と、濡れたままの杖。
「……どちら様で?」
声をかけた村人に、女は何も言わず、ただ奥の方──テンペイの畑の方向を指差した。
村人が息をのむ。
その眼差しは冷たくもなく、温かくもなく、
ただ“真理だけを求める者”のような、静かな光を宿していた。
* * *
「テンペイ様、お客様です」
呼ばれて振り返ったテンペイは、雨に濡れた女性を見て少し驚いた。
「……わ、風邪ひいちゃうよ?」
スライムが、テンペイの足元でぷるんと跳ねる。
「私の名はノーラ・ルシア。
“秩序の聖火教会”より参りました」
彼女は淡々と名乗った。
「あなたに、いくつか確認したいことがあります」
テンペイは畑仕事の手を止め、スライムを抱き上げて、
「えっと……じゃあ、ここで座って話そっか」と草の上を指差した。
ノーラの目が少しだけ細くなった。
それが拒絶か、好意かは、誰にもわからなかった。
* * *
「あなたの“教え”は、言葉では示されていない。
それでも人々はあなたを信じる。……なぜですか?」
ノーラは本を閉じ、テンペイをまっすぐに見た。
「え? うーん……ぷるぷるしてるから、かな?」
スライムが、ちょうどよく震えた。
ノーラは反応を見せない。
「……では。あなたの信者が、他者に害をなしたとき、あなたはどう責任を取りますか?」
テンペイの手が止まる。
「ぼく……教えたりしてないけど……」
「それでも、あなたの言葉は導きになり得る。
その“無自覚な影響”を、どう受け止めていますか?」
テンペイは、静かに空を見上げた。
雨の音が、少しだけ強くなる。
「ぼくは……ただ、スライムと一緒にいるのが好きなだけなんだけどなぁ……」
その言葉に、ノーラの目がほんのわずか揺れた。
「……それは、信仰か、共存か」
彼女はふと立ち上がり、村の広場に歩いていく。
そこでは、子どもたちがスライムの周りで遊んでいた。
スライムは、ただ、ぷるぷると震えている。
ノーラはそれを見て、低くつぶやいた。
「……偶像崇拝に近い。だが、強制がない。導きがない。命令がない。
これは……“信じる理由を自分で探す宗教”かもしれませんね」
テンペイは、よくわからなさそうに笑った。
「なんか、むずかしいこと言うなあ……」
ノーラは最後にテンペイを見て、静かに言った。
「……あなたのような“定義なき教祖”が最も危うく、最も美しい」
そして、背を向けて、歩き出した。
* * *
その夜。
村を離れたノーラは、小さな焚き火の前で祈祷書を閉じた。
手帳を開き、そこに一文を記す。
『教義なき教祖、存在そのものが答えとなる者。要観察。』
雨音が止み、遠くでカエルが鳴いていた。
今回も読んでいただきありがとうございました。
テンペイは「何も教えていない」けれど、
それが逆に“自由な信仰”として人々に届いてしまう。
それを外から見たとき、どう映るのか――その答えを、女司祭ノーラが静かに提示してくれました。
テンペイ自身に変化はありません。
ただ、周囲の目が変わり始めています。
次回、テンペイ教を“自分たちの理想の宗教”にしようとする別の動きが起き始めます。
どうぞ、次回もぷるぷると見守っていただければ幸いです。