「“信仰ビジネス”の男、現る」
テンペイ教が知られるようになったことで、ついに“ビジネスの匂い”を嗅ぎつけた男がやってきます。
彼の名はギド・マルザン。
信仰を商機と捉え、テンペイを利用しようとする男です。
今回のエピソードでは、「善意と信仰」が「お金と打算」にぶつかったとき、
テンペイがどう感じ、どう振る舞うのかを描いています。
彼の“ぷるぷる哲学”が、また周囲の心に小さな波を起こします。
金ピカの馬車が村に入ってきたのは、午前中のことだった。
「……なんだあれ?」
テンペイが畑にスライムの水をあげていたそのとき、道端にひときわ目立つ派手な乗り物が現れた。
村人たちがざわめく。
馬車の扉が開き、中から飛び出してきたのは――
「どうもどうも! わたくし、ギド・マルザンと申します!
王都で“信仰支援事業”を営んでおります!」
声が大きい。笑顔が濃い。ネックレスがギラギラしている。
そして彼の手には、青いスライム像のついたパンフレットが束で握られていた。
* * *
「これが、我が社の最新商品――“ぷるぷる守り”!」
ギドはさっそく広場で即席の布台を広げ、スライムの形をした護符やステッカーを並べ始めた。
「テンペイ様の御名を冠したグッズを通じて、全国に癒しを届けたいのです!」
村人の一部は興味津々。
子どもたちは「わー、光ってるー!」と騒ぎ、大人たちも手に取って眺める。
テンペイはというと――
「……ぼく、これ、作ったことないけど……?」
と、スライムと一緒に困った顔で立っていた。
* * *
テンペイのもとにギドがやってきた。
目は笑っていたが、声には商人特有の鋭さが混じる。
「テンペイ様。あなたは、現代における癒しと信仰の象徴です」
「……そ、そうなの?」
「ええ! 皆があなたを求めています。
だからこそ、あなたの名を使って人々を“救う商品”を届けたいのです!」
テンペイは、しばらく黙ってスライムを見た。
スライムは、ただぷるぷるしている。
そして、静かに言った。
「うーん……でもね。スライムって、
誰かに買ってもらうために、ぷるぷるしてるわけじゃないと思うんだよね」
その瞬間、ギドの笑みがわずかに止まった。
そして、数秒の沈黙のあとで――
「……こういう教祖が一番、やっかいなんですよ」
ギドはため息まじりに笑った。
「だから……好きですけどね」
風が吹き抜ける。
ギドのコートの裾が揺れ、金の馬車が出発の準備を始めていた。
「ぼくが笑ってたら、みんなも笑ってくれる。
それって……誰にも値段つけられない気がする」
その言葉に、見物していた村人たちが顔を見合わせた。
そして、一人がぽつりとつぶやく。
「……なんか、そういうのが、いいんだよなあ」
* * *
ギドはすべての商品を撤収し、帰り支度を始めた。
だが帰り際、テンペイにだけ言った。
「……なるほど。“売らない”という教えか。逆に流行りそうですね」
テンペイは首をかしげた。
「教えてるつもりは、ないけどなあ……」
馬車が出発し、土ぼこりが舞う。
テンペイは草の上に腰を下ろし、スライムを抱えてつぶやいた。
「……でも、ぼくが売らなくても、誰かが売ろうとするんだねぇ……」
スライムはぷるっと跳ねて、日差しの中で光っていた。
お読みいただきありがとうございました。
テンペイ教の拡大が生む新たな問題――それが「信仰の商業化」です。
テンペイは何も否定しません。
ただ、自分が“売る側”になることにどこか違和感を持ち、それを言葉にします。
その素直さが、彼の“教祖らしさ”であり、“逆に響いてしまう”不思議な魅力です。
次回は、テンペイ教の名前を借りて“利用”しようとする他の宗教団体との接触が始まります。
静かな信仰が、さらにざわめきを帯びていく――そんな流れになる予定です。
今後とも、どうぞよろしくお願いします。