「地方役人と“テンペイ教の実態調査”」
信仰は、広まり始めると「社会の枠組み」に触れます。
テンペイ教という名も、いつの間にか国に知られる存在になり、
ついに王都から“調査官”が派遣されてくる事態に。
今回のエピソードでは、テンペイの無自覚な影響力が、外の人間にどう見られているかが描かれます。
テンペイの言葉の重みが、少しずつ増していく過程をお楽しみください。
その男が村に現れたのは、曇り空の午後だった。
黒ずくめの服に、細身の体。
肩には風雨にさらされた古びた鞄。
そして、冷めた目で村全体を見回す、ひとりの旅人。
「――地方行政調査官、シレン・クラト。王都より派遣されている」
誰に告げるでもなく、男は静かに名乗った。
* * *
「テンペイ教……ですか。正式な宗教団体としての登録は?」
テンペイは答えた。
「うーん、登録って何? なんか……名前書くの?」
その返事に、調査官シレンは小さくため息をついた。
「……想定通りの回答だ」
彼は手帳にメモを走らせながら、村の広場を見つめる。
そこでは村人たちが、テンペイを囲んで円になり、手をつないでいた。
真ん中には例のスライム。
楽しそうにぷるぷる跳ねている。
「これは……儀式ですか?」
「ん? 遊んでるだけだよ」
テンペイは笑った。
スライムも跳ねた。
だがシレンは真顔で頷いた。
「なるほど。人々はこの“遊び”によって癒され、導かれたと語っている。
つまり……あなたは無自覚に、群衆を動かしている」
「……そうなの?」
テンペイは首をかしげ、草の上に寝転んだ。
「なんかよくわかんないけど、ぼくが笑ってたら、みんなも笑う。
それだけだよ」
シレンの手が止まる。
彼は手帳を閉じ、しばらくテンペイを見つめてから、ぽつりと呟いた。
「……なるほど。それが、本音か」
* * *
調査を終え、村を離れる際、シレンはテンペイにだけ向き直って言った。
「国は、“力を持たない信仰”には干渉しません」
「でも、“民を動かす力”には――」
「――時に、対処する必要がある」
テンペイは黙って聞いていた。
スライムが、ぴちゃりと跳ねる。
「……スライム、争わないけどなあ」
そのひとことに、シレンはふっと笑った。
「……そうであることを願っていますよ、“教祖様”」
風が吹いた。
シレン・クラトの黒い背中は、村道の向こうへと消えていった。
ただそのあとに残ったのは、草の上で丸くなって眠るスライムと、
テンペイの、なんともいえない小さなため息だけだった。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
第10話では、新キャラ「シレン・クラト」を通して、テンペイ教が“国家の目”に留まり始めたことを描きました。
テンペイ自身は変わらずマイペースで、何も大きなことをしていないつもり。
けれどその在り方こそが、逆に多くの人の心を動かしてしまう。
その無意識の「重さ」が、これからの物語で大きな鍵になっていきます。
次回は、テンペイ教を利用しようとする“外部勢力”の動きが出てくる予定です。
平和なぷるぷるの裏に、少しずつ不穏な影も。
ぜひ、引き続き見守っていただけると嬉しいです。