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『悪の令嬢の取り巻き』と呼ばれてる私から見た本当の真実

作者: たまユウ

「クラリス、またあの聖女様に睨まれてたわね」

「はい、今朝のティーセットに砂糖を入れ忘れたこと、まだ根に持っているのかと」

「それ、わざとでしょう?」

「……さあ、どうでしょうか」


私の言葉に、マリアーナ様はくすりと笑う。

彼女のその笑い声が好きだった。

薔薇の棘のように鋭く、それでいてどこか寂しげで。


廊下の奥から足音が近づいてくる。

足音重く威圧的な靴音は、あの男のものだ。


「マリアーナ、またリリアに冷たくしたそうだな」


王太子、ユリウス・フォン・アルスター。

金髪碧眼、絵に描いたような王子様。その美貌も聡明さも、すべてが国民の憧れ。



――だが、私にとってはただの愚か者だ。



「冷たくした覚えはありませんわ。ただ、彼女がティーカップを割ったので、正しい持ち方を教えて差し上げただけです」

「リリアは泣いていたぞ。おまえがいじめているのは明らかだ。いいか、マリアーナ。そろそろ婚約破棄も視野に入れるべきかもしれないな」

「まあ、素敵。やっと本音が出ましたのね、ユリウス殿下」


マリアーナ様は、まったく怯まず微笑んだ。

だが、その手はわずかに震えている。


ちなみにリリアとは三ヶ月近く前から突如として現れ、数々の予言、奇跡のような治療魔法を唱え聖女として崇められた女性だ。その可憐な姿、守ってあげたくなる雰囲気にユリウス様が偉く気に入っている。


私は一歩前に出て、王太子をまっすぐ見た。


「殿下、ひとつだけ教えていただけますか? 聖女様は、どこであの“予言書”を手に入れたのです?」

「……予言書?」


ユリウス様の眉がわずかに動く。

マリアーナ様が私をちらりと見た。


――駄目よ、と目が言っている。


でも、私は黙っていられなかった。


「三月ほど前、聖堂の奥にある禁書庫が何者かに荒らされたと聞いています。偶然かしら?」


「……くだらん推測だな。下がれ、取り巻き風情が!」


その一言で、私は踏み出した足を引いた。

だけど、胸の奥の怒りは消えない。


彼は知らない。

優しげな聖女がどれだけ多くの嘘を積み重ねているのか。

彼は知らない。この国がどれほど危うい綱の上を歩いているのか。


マリアーナ様の悪い噂もすべて聖女が流していることも。


でも――


「クラリス、ありがとう。……でも、無理はしないで」


マリアーナ様が、そっと私の袖を引いた。

私は、首を横に振る。


「はぁ、興がそがれた。知ってるか?お前が貴族界隈で『悪の令嬢』なんて不名誉な異名がついてることを。ああ、お前みたいなやつが私の婚約者だなんて恥ずかしい…」


ユリウス様はひとしきり言いたいことを伝えると呆れたように廊下に出て行った。


最後にユリウス様が言っていたことは知っている。

私がマリアーナ様の取り巻きなんて言われていることも。

そして、そのことがマリアーナ様の耳にも入っていることも。


「マリアーナ様。あなたが“悪”と呼ばれる限り、私は“取り巻き”で構いません。嘘に屈するより、あなたの隣にいる方がずっと私らしい」


マリアーナ様が、少しだけ目を見開いた。

その瞳に、私の姿が映っている。

ほんの一瞬、彼女の目元が緩む。

そして、ふっと、吐息をこぼした。


「……ありがとう、クラリス。でも、あなたまで巻き込むわけには――」

「構いません。私は、マリアーナ様の隣にいると決めたのです」


言葉を遮って言い切ると、マリアーナ様は目を伏せ、ほんの少し、笑ったようだった。


「なら……一緒に、終わらせましょう。この茶番を」




━・━・━




数日後、宮廷の大広間。


突如開かれた臨時評議会に王族・上級貴族の目が揃って注がれる中、場違いなほど華やかな笑顔を浮かべて、聖女リリアが玉座の横に立っていた。


「この国に光をもたらす者として、今日も予言をお届けいたしますわ」


「光をもたらす者、ですか……?」


マリアーナ様の落ち着いた声が広間に響いた。


「奇しくも、私も昨日、光を見ました。――偽りを暴く、真実の光を」

「……何のつもりかしら、マリアーナ」


リリアが声を低くするが、マリアーナ様は動じない。代わりに、私が前に出た。


「先日、禁書庫の結界に残された魔力反応と、聖女リリア様が治療に用いた魔力波形とが一致しました。その証拠記録がこちらです」


クラリスの魔導板に映された魔力波形の比較図が、広間の中央に投影される。重なる線。消せない証拠。


「っ…、そ、それだけでは、私が盗んだと証明できないわ」

「それでは、こちらは?」


再び映し出されるのは、聖堂の裏手でリリアが“予言の書”らしきものを誰にも見られぬよう確認している姿。彼女自身の魔力で記録された映像だ。


「……まさか」


王が、重く呟いた。


「その本は、王家の未来を記す“封印された予見録”。誰であろうと手にしてはならぬと、禁書指定されていたはずだ」

「予言が……本物じゃなかった……?」


誰かが呟く。リリアの顔から笑みが消える。


「違うわ、これは……私を陥れる罠に決まってるのよ!」

「では、これについてもご説明を」


クラリスが最後に差し出したのは、ユリウス王太子とリリアが交わした密談の魔法記録。王宮内に設置された“空間記憶の晶石”が偶然拾ったものだ。


《あんな堅苦しい女、もううんざりなんだよ。政略の道具にされた挙句、口うるさいだけの婚約者なんていらない》

《じゃあ私と一緒に、未来を作りましょう。あなたにふさわしい妃は、私だけ》


“妃は私だけ”――その言葉が、広間に突き刺さる。

ユリウスが口を開く前に、マリアーナ様が静かに告げた。


「すべて、理解しました。殿下。あなたの理想は、私には到底届きません。……どうか、これをもって、私の方から婚約の破棄を申し出ます」


その声は、誇り高く澄んでいた。


「……マリアーナ」


ユリウスが声をかけようとしたが、マリアーナ様は振り返らなかった。


その静けさの中、王が重々しく口を開く。


「ユリウス・フォン・アルスター。私の可愛い息子よ。今までお前の傲慢さに気付いていながら咎めなかった私が悪かった」

「父上……」

「だからこそ今回のお前の行い――聖女と結託し、禁書を私的に利用した罪、婚約者を貶め、国の信頼を損ねた罪についてはしっかりと処置をしないといけない。それが国王として、そして父としての勤めだ」

「違います、父上! 私は――」

「言い訳は要らぬ。王太子の位を剥奪し、辺境での隠棲を命ず。これよりお前は“殿下”ではない」


ユリウスの顔から血の気が引く。衛兵が進み出ると、かつての王子は黙って連行された。


王が次に視線を向けたのは、聖女リリア。


「リリア・フェンリエル。禁書の盗難と偽装予言により、聖女称号を剥奪、神殿追放。今後は聖職活動、魔力使用の一切を禁ずる」

「ま、待ってください! 私は神に選ばれ――」

「神ではなく、お前自身の欲がそうさせたのだ」


反論の声も届かず、リリアは泣き叫びながら引きずられていく。その姿に、広間の誰一人、憐れみを見せなかった。

 

かつて光に包まれていた二人は、今や名も、地位も、信頼も、すべてを失っていた。




━・━・━




「……ずっと思ってたのよ。私って、本当に嫌な女に見えてたんだろうな、って」


バラ園の奥、白薔薇の下で、マリアーナ様がぽつりとこぼした。


「“強くあらねば”と自分に言い聞かせていたからこそ、ユリウス…様にも他の人にも気づかないうちに強く当たってしまっていたのかも。……誰にも本当の私を見せずにいたのかもしれないわ」

「私は知ってましたよ。マリアーナ様が優しい人だってこと」


どんなに酷い仕打ちを受けても、ユリウス様やお国のことを思って決して反論をしなかったことも。


 私の言葉に、マリアーナ様はそっと目を細めた。


「あなたって、ほんとに不思議。……お世辞も媚も言わないのに、なぜか私の心を救ってしまう」

「それが“取り巻き”の特技です」

「ふふ、それはもう卒業ね。“相棒”と呼んでもいい?」

「光栄です。マリアーナ様」

「“様”は取って」

「……マリアーナ」


ほんの短いやりとりに二人で笑った。


王太子や聖女に目をつけられてから、友人と呼べる他の令嬢達はいなくなってしまったけれど、代わりに本当に大切な存在ができたんだと思った。




━・━・━




それから数ヶ月後――


春の祝賀会。王宮の広間には、鮮やかな花々と新たな空気が満ちていた。


「クラリス、ここにいたのね」


振り向けば、マリアーナがドレス姿で立っていた。いつもの毅然とした印象に、今日は少し照れが混じっている。


「今夜は……紹介したい人がいるの」


現れたのは、隣国ルヴェリエの王太子・カミル殿下。優雅な雰囲気の中に、理知的な落ち着きを感じさせる人物だった。


「初めまして、クラリス嬢。マリアーナからあなたの話はよく聞いています。――本当に、大切な方なのですね」


一礼する彼の隣で、マリアーナが頷く。


「彼とは外交使節の場で出会ったの。王様も協力してくれてね。……私の過去をすべて知った上で、それでも“貴女と歩みたい”って言ってくれた」

「彼女の誠実さに惹かれました。誰にでも優しく綺麗な笑顔も素敵で」

「恥ずかしいですわ…」

「クラリス嬢、本当にありがとう。彼女に聞いたよ。彼女の隣にはいつもあなたがいたんだと。だからこそ、今の彼女があるのだと僕は確信しています」


あの、『悪の令嬢』と言われていたマリアーナがいたことなんて信じられないぐらい穏やかな笑みを向けている。

それを見て、私は心から言えた。


「おめでとう、マリアーナ」


彼女は少し照れながらも、まっすぐ私を見つめて答えた。


「ありがとう、クラリス。あなたがいてくれたから、私はここまで来られたのよ」


花が咲き誇る広間で、温かな拍手に包まれる。

いつのまにか祝賀会に来ていた方たちにも聞かれていたようだ。


マリアーナは、幸せそうな満面な笑みを浮かべている。

以前の笑顔とは全く別ものだったが、この笑顔の方が私は好きだなと思った。




彼女の隣に立つ“取り巻き”はもういない。

いるのは誰よりもマリアーナを支え続けた、ひとりの“相棒”だった。




ここまでお読みいただきありがとうございました!

悪役令嬢の取り巻きって結構モブとして扱われることが多いからメインキャラとして書いてみようかなと思ったのがきっかけで書いてみました…!


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