表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/67

ハートの城

 


 4人は随分、長い距離を帽子屋の歩調に合わせて歩き、大きな一本道に差しかかった。

 今まで歩いてきたレンガ造りの道とは異なり、しっかり舗装された広い道の先には、大きくそびえる城が見える。


 幼いために歩幅もリーチの長さも圧倒的に劣る三月ウサギはヘトヘトになり、結局眠りネズミに負ぶわれる。

 前を歩く帽子屋はピリピリしたオーラを放ちながら、そんな三月ウサギのことなどお構いなしに、息一つ切らさずに無言で城への道を進んでいた。

 やっと辿りついた城の門には、一人の若い男が立っていて、こちらの到着を確認すると、無言で扉を開く。


「悪いな、ジャック」


 スッと挨拶代わりに手を上げた帽子屋に「ああ」と頷くだけで、その後に続く彼女をジッと見ていた。

 城に入って、正面。まっすぐ上に伸びた階段の先には大きな観音扉があり、前までたどり着くとひとりでに開いた。

 そこに来てやっと歩を緩めた帽子屋は、敷かれた赤いカーペットの上をまっすぐ歩いて小さく一礼する。


「突然の謁見をお許しください、陛下」

「久しいな、帽子屋」


 前には、玉座に鎮座する王と女王がいた。

 その態度からまるで、4人が訪れるのをわかっていたようにも思える。


「それに今日は、眠りネズミと三月ウサギも一緒か」


 王の言葉に両者とも小さく一礼をし、彼女もそれに倣う。


「今日は‘迷子’をお連れしました。

 両陛下から名を頂ければと存じまして……」


 帽子屋が半身をずらして、彼女に道を譲ると、彼女は狼狽えながら再びお辞儀をした。

「あ、あの……えと……お初にお目にかかります」


 慣れない雰囲気と敬語で言葉を詰まらせ、目を泳がせる彼女に、帽子屋はそっと耳打ちをした。


「いい、喋るな」

「あ、はい」


 彼女の動揺が目に余ったのか――帽子屋は彼女を制して、そう言われた彼女は落ち込んだように項垂れた。


「そうかそうか。

 なら丁度良い名が余っておったのだ」

「ええ、そうですわね」


 ご機嫌の両陛下は高笑いを響かせた。

 国を統べる者に似つかわしい穏和な表情で、彼女を見下ろすと、王は長い髭の生えた顎を撫でた。


「どうにもここは不思議の国なのに、主人公のアリスがいなくてのぅ。

 若くて元気そうな娘じゃ。

 ‘アリス’その名を授けよう」

「アリス……」


 王が授けた名前を彼女―――否、アリスはまるで第三者を呼ぶように小さく呟いた。


「さっそくですが、アリス。

 私とクローケーをなさいませんこと?」


 女王が唐突にアリスへと誘いの言葉をかけるが、帽子屋はそれを遮るようにアリスの前へ歩み出て、慇懃に礼をする。


「いえ、女王陛下。

 彼女はまだこの国に来たばかりで混乱してる上、こんな薄汚い格好では陛下とクローケーなど恐れ多い。

 今日は私どもがアリスをお預かりいたします。

 それに、もう6時なので……」


 帽子屋の言葉に少しだけ残念そうな女王だったが、王は帽子屋の言葉に賛同の意を表した。


「それもそうじゃ。帽子屋、頼むぞ」









 謁見の間から出て、長い階段を降りる。同時に、帽子屋は大きなため息をついて、帽子を眼深にかぶり直した。

 眠りネズミは緊張のカケラも感じさせない様子で欠伸をして、三月ウサギは疲れたように頭を項垂れながら歩いていた。

 重い沈黙と緊張――身の置き所のなかったアリスを助けるようなタイミングで、後ろから駆ける足音が聞こえてくる。


「三月ウサギさん!」


 高い少女のような声であった。

 その呼びかけに、帽子屋以外が振り返る。

 先には、三月ウサギと良く似た子供が、危なっかしい足取りで階段を走って降りてきているところだった。


「なんだよ、白ウサギ」


 明らかに歓迎しない声色で、三月ウサギは前の子供――白ウサギへと返答した。


「報告書、今日までですよ!」

「あ……」


 どうやら忘れていたようで、固まった後大きなため息をついた三月ウサギは、白ウサギの方へ歩き出す。


「アンタの書斎貸して。すぐに仕上げる」

「別にかまいませんけど……」

「んじゃあ、俺達いくわ。頑張れよー」


 話を察した眠りネズミは、さっさと三月ウサギを見送ると、帽子屋の肩を叩いて城の外へと促した。

 城の出口の扉には入った時と同じ位置に、ジャックがいて「ご苦労さん」と、次は眠りネズミが声をかけた。


「あぁ~!城はかたっ苦しい雰囲気で参るわ」


 大きく伸びをして、文句を言う眠りネズミを一瞥した帽子屋は、真っ黒なコートの内ポケットから取り出した煙草に、火を付けて吹かし始めた。

 帽子屋を後ろから、まじまじと見るアリス。

 黒のコートに黒の細身のパンツ、黒のハット。

 唯一、中のシャツとスカーフだけが白。それ以外は髪と目も含めて、全身真っ黒だ。

 歩みを止めない帽子屋はその視線に気が付いたのか――立ち止まってアリスの方へ振り返る。


「あー」


 彼女を見るなり、後悔が入り混じった奇声を一つ。

 アリスは怪訝そうに首を傾げた。


「馬車を出してもらうんだったな」


 どうやら帽子屋はアリスではなく、城の方を向いて言ったようだ。

 その時になって初めて、アリスは帽子屋の顔をはっきりと見た。

 彼女が思ったより随分と若い。

 堀が深く、整った顔立ち。帽子から見える髪は癖毛のようだ。


「ん?」


 その視線に気が付いたのか、帽子屋の視線はゆっくりとアリスに注がれる。

 それにたじろぎながら、彼女は疑問を口にした。


「なんで名前を王様と女王様が?

 私の名前ってもうアリスで決定なの?

 それにここはどこなの?不思議の国っていってたけど……」

「いっぺんに色々聞くな」


 漸く口にして聞けた質問をぴしゃりと一蹴され、アリスはムッと顔に出した。


「まぁまぁ、帽子屋。

 そう言ってやるな。アリスだって色々不安なんだ」


 なぁ?とアリスに尋ねながら、上手くフォローに入る眠りネズミにアリスは賛同の意味で幾度も頷く。


「とりあえずは、だんろ町の青虫横町へ行く」

「何、そのネーミングセンスのない街・・・」


 アリスのほとんど引いたツッコミに帽子屋は無視を決め込み、眠りネズミは苦笑するだけであった。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ