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勅命

 




 束の間の沈黙が訪れようとした瞬間、来客を知らせるベルの音。


 眠りネズミが立ち上がり、玄関を開けると、そこには珍しい客がいた。



「どうしたんだ? 珍しい」


 漆黒のミディアムの髪と同じ色の瞳-―

 いつも城の門を守り、王と王女の右腕と称される男 ーージャックであった。



「陛下より登城せよ、との命令です」



 感情の窺えない声色と、その言葉に眠りネズミは訝しむ。


「何かあったのか?

 わざわざ、お前が来るなんて……」


「どうした?」



 何かしらを察したのか、既にコートを羽織り、出かける準備をした帽子屋がやってきた。

 その表情は既に、先ほどとは別人で、いつもの‘帽子屋’に戻っている。



「いんや、なんか陛下が城に来いってさ」


「はぁ? で、わざわざジャックが来た、と。

 なんか、きな臭いな」


「だろ~?どうせ面倒事押し付けるためだぜ?

 俺はのんびり昼寝がしたい。そう伝えておいてくれ、ジャック」


「俺も同感だ。

 それに、もう6時だからな」



 そう言って2人は何も見なかったように、玄関を閉めようとするが、それはジャックによって阻まれる。

 彼は相変わらず無表情であったが、続けられた言葉には苛立ちが含まれてあった。



「それでは言い変えます。

 火急の事態により、登城してください。

 これは勅命です」



 ジャックが切り札を持ちだしたことにより、2人は顔を見合わせ深いため息をついた。



 そして用意された馬車に揺られ、数十分。


 通された客室には白ウサギと三月ウサギの姿も見える。

 帽子屋は白ウサギを見て、思わず目を逸らしてしまったが、思い直して再び彼女を見ると、少し困ったような表情をされた。



「あっれ? 三月ウサギに白ウサギまで。

 ってことは、やっぱりあのクソ爺ども。俺達に、厄介事押し付けるつもりだな?」



 そう毒を吐きながら、眠りネズミは三月ウサギへと歩み寄った。



「それはそうと、お前。あんだけ飲んで今日、大丈夫だったのか?」


「全然」



 三月ウサギは鼻で笑いながら返す。



「あ~、そう言えば……三月ウサギ。

 その前にいる男は今日、二日酔いで死んでたぞ?」



 帽子屋は彼女の内なる葛藤をせめて晴らすために、そう教えてやる。



「おい、てめっ! 余計なこと……」


「へぇ~。

 人をこれまで散々、お子様呼ばわりしてた、お偉いオトナが~?」



 ゆっくりゆっくり、粘りを含めて、腕を組みながら眠りネズミを見上げると、嘲るようにいい放った。



「う、うるせーな。

 今回はたまたま、調子に乗っただけだ!

 それに俺の腕の中で、眠っちまったお子様が何を偉そうに!」


「はぁ!? あれは酔ったアンタが離さなかったからだろ!?」



 2人の言い合いは次第にヒートアップしていき、それを見た帽子屋は安心するように微笑む。

 隣では落ち着かない様子の白ウサギは、その言い合いを止めようとするが、2人の怒りの矛先は何故か白ウサギに向けられ始めた。



「で? このどこが火急の事態なのか……

 俺にわかるように、きっちり説明してほしいな? ジャック」



 そう言って、扉の傍に起立しているジャックの隣の壁に凭れ、煙草を吹かし始め、説明を要求する。



「そう言わなければ、あなた方2人は登城しなかったでしょう?」


「まぁ、な。

 にしても……どんな厄介事押し付けるだ? 両陛下は」


「それは、私にも知らされていません。

 ただ、ここに集まった方々を見る限り、予想出来るとは思いますが……」


「上からの仕事か?

 ってことは、3人ほど足りないな?」



 帽子屋の言葉に答えるように、そのもう一人。

 公爵夫人がジャックの隣の扉から、軽やかに現れた。



「御機嫌よう、皆さま」



 いつもの挨拶をする彼女の傍に、いつも控えている’’魚’’執事やフロッグの姿が、見当たらない。



「ジャック。申し訳ございませんが、執事2人は屋敷を離れられませんので、私だけが登城致しました」


「どうかしたのか?」



 丁寧に謝罪を述べた公爵夫人に、ジャックの言葉を待たず帽子屋が問うた。



「いきなり話に介入してくるなんて、教養のない方は嫌いですわ」


「うるせぇ、お前が教養を語るな。

 ここで公爵夫人だからって調子に乗るなよ? 小娘」


「まぁ、はしたない物言いですわね」


「もういい。お前の小芝居に、付き合う気はない。

 どうしたと聞いてるんだ」



 あっさりスルーされた公爵夫人はため息を一つ、淡いピンクの長い髪を後ろへとよける仕草の後、数歩前へ出た。



「アリスの容態が芳しくないわ。

 今朝、悪夢を見たと言って起きてから、ずっと幻覚のようなものを見ているみたい。

 何かの拍子で、記憶の蓋がもろくなっているようね」



 続けられた言葉は、先ほどの公爵夫人のものとは別人のように、勇ましい女性を連想させるようなはっきりとした声色に振る舞い、そして顔付きも一変した。



「ああ、バカ猫から聞いた」



 帽子屋はそう答え、灰皿のあるソファーへと進む。



「でも、あの様子じゃあ、まだ大丈夫そうよ。

 とりあえず先に、チェシャが蓋をした記憶を取り戻して、落ち着くでしょう」



 彼女の言葉に帽子屋が反応を示し、振り返った。

 そんな彼の様子を見て、反対に驚いたように公爵夫人が言う。



「あら? 気付かないとで思ったの?

 それとも猫ちゃんが、敢えて分かるように力を使ったのかもしれないけど」


「猫の話はするな」


「アナタから出したのよ?」




 部屋の片隅で喧嘩を繰り広げる一方、こちらの2人の空気も険悪になりだしたのを見て、ジャックは深いため息をついた。


 そこへどこからともなく、現れたチェシャ猫――



 その気配にすぐ気が付いた帽子屋は、腰のフォルダーから黒の銃を取り出し、慣れた手つきでセーフティーを外すと、躊躇いもなく撃った。


 銃声だけが派手に響き、喧嘩をしていた3人は、一斉に彼を見やる。

 チェシャ猫の胴へと入った銃弾は、彼を透けるように通り抜けると、後ろの花瓶に当たり、花瓶は中の水と生けられた花だけ残して、灰になっていった。



「ちょっ! 帽子屋サン。

 これは不可抗力ってやつですよ~。

 私も招集されたんですから」



 威嚇だと知っていても、躊躇いも見せずに容赦なく放たれた銃弾に、チェシャ猫は目を丸くする。

 消えた花瓶から溢れた水が床へと滴り落ち、周りに控えていた使用人は、すぐにその処理へとかかっていた。

 そこに颯爽とフォローに徹したのは眠りネズミだった。



「悪いなぁ。ちょっと今日の帽子屋は虫の居所が悪くてねぇ。

 なっ? だって今日は女の子の日、せい……」


「やめろ! セクハラ男がー!」



 場を和ませようとした眠りネズミの言葉の行き先を察した、三月ネズミが彼の背にドロップキックを入れる。

 それに続き、帽子屋は持っていた銃を眠りネズミに向けた。



「死ぬか?」


「いや、遠慮しとくわ……」



 油断していた眠りネズミは、受け身を取ることも出来ずに、前へ顔から突っ伏す形になった。



「そんな物騒なものは、早く仕舞ってください、帽子屋さん。

 それにそんなの振りまわした所で、僕たちには効かないんですから」



 動揺を露わに、胸の上で手を組む白ウサギが、おずおずと呟く。




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