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昼のお茶会

 



 無理やり押し込められるように辿りついたその先には――全く同じ応接間が広がっていた。


 彼女は勢いよく振り返って鏡に触れるが、それはただの鏡だった。

 そこにはボブの黒髪に、大きな黒い瞳の10代後半に見える少女が真っ白のエプロンドレスを着て、自分を見つめているだけである。


 ゆっくりと暖炉の上から降りて、辺りを見渡す。

 先ほどと同じ部屋でないことは、すぐに気が付いた。

 暖炉がまったく使われておらず、綺麗なまま。

 外から差しこむ光は温かくて、気候も程よい。


 応接間から出て、広いホールから玄関らしき立派な扉を開けると――ふわり。

 心地よい風が、彼女の頬を撫でた。

 家の外から見渡す景色も先ほどとは随分、違っている。


 ――がちゃん。

 彼女が玄関から庭先へ続く階段を降りると、その先には円卓でお茶をしている人影が3つ。

 陶器がぶつかり合う音は、彼女から見て、正面に座っていた一番幼い子供が、彼女を見て驚きのあまり紅茶のカップをソーサーに落としそうになったものだった。


 猫のように大きく丸く、兎のように赤い瞳が見開かれ、立ち上がった子供は彼女を指差す。

 隣にいた黒のシルクハットを被った男性は、赤目の子供の様子を見て、気だるそうに指さされた方向へと首だけ振り返る。

 もう一人、完全に背を向けている男性はテーブルに突っ伏して夢の中のようだ。


 ハットの男は彼女を見るなり、赤目の子供同様、目を丸くした。

 赤目の子供は驚きのあまり、声にならない声を上げている。


「お、お前!誰だ!?」


 やっと声になった第一声が、辺りに響いた。


「あの……えっと……」


 誰だと聞かれて不用意に名乗るはどうなのか――と、一瞬考えた彼女であったが、完全に怪しまれている状況へは名乗るほかないとの結論に至った。


「私は……――っ!」


 彼女はごく自然に、自分の名を名乗ろうと胸に手を充てたが、肝心の名前が出てこない。


「あ、れ……? 私、名前……なんだっけ……?」

 困惑の色に染まった声を聞いたハットの男が立ち上がり、前で眠っている男の頭を叩いて起こす。


「おい、起きろ」

「んあ?」


 かなり強く叩かれた筈だが、眠っていたネズミ色の髪の男は何もなかったように欠伸をしながら目を覚ました。

 その隣で未だ動揺が収まらない赤目の子供の頭を、ハット男は優しく撫でて宥める。

 その後、彼女の方へ向き直ると、一歩前へ歩み出た。


「名を、両陛下に頂いてないのか?」

「陛下……?」


 訳が分からない。震えた声はそう訴えていた。


「そうか。''迷子''か」

「なんで‘迷子’が帽子屋の家から出てくるのさ!」


 少し高めの声が響く。子供は再び彼女を差しながら言った。


「落ち着け。おい、眠りネズミ。

 いい加減起きろ」


 赤目の子供とは相反して冷静ではあったが、一方で不機嫌なハットの男の低い声が、再び眠ろうとしているネズミ色の髪の男を責める。

 ネズミ色の髪の男の頭は大きく前後に揺れていて、遂に頭を激しくテーブルにぶつけ、それで漸く目を覚ました。


「はいはい、ふぁあ……」


 ネズミ色の髪の男はダルそうに起きあがって、頭を掻き毟る。


「あ? 誰?」


 やっと彼女の存在に気が付いた彼は、ハットの男に尋ねた。


「知るか。‘迷子’だ。

 ったく、まだお茶の時間だってのに……」


 ハットの男は、黒のハットを深く被り直して彼女へと呼びかける。


「とりあえず陛下へ謁見する。着いて来い」


 ハットの男は彼女へと一瞥して、同行を促した。


「え?あ、はい」


 彼女は頼りない歩調で階段を下りて、彼らの近くへと歩み寄る。


「あの……アナタたちは?」

「俺は帽子屋だ。

 んで、そっちが三月ウサギに眠りネズミ」


 ハットの男は自らを「帽子屋」と名乗り、赤目の子供を「三日月ウサギ」、ネズミ色の髪の男を「眠りネズミ」と紹介した。


「あ~、俺のことは呼びにくかったら‘眠りネズミ(ヤマネ)でもいいから」


 眠りネズミはそう付け足す。

 彼女へと微笑まれた顔には、帽子屋や三月ウサギのような警戒心は孕んでおらず、彼女も自然と微笑んだ。

 全員が整った顔をしている。

 彼女から近い距離で見えた眠りネズミは、面長でシャープな輪郭に細い目と比較的短いシルバーの髪だ。

 眠そうな瞳は、綺麗なラベンダー色をしている。

 格好は起きた時のまま外に出た、と言われても疑わないラフなTシャツに長いパンツ、首には長いストールを巻いている。

 右耳にだけ銀の十字架のをモチーフとした、シンプルなピアスが揺れていた。


「変な名前」

「まぁ、大人の事情だ」


 彼女の正直な感想に、眠りネズミが失笑混じりに適当に答え、それに対して彼女は小首を傾げた後に続けた。


「私、気が付いたら草原みたいな所にいて……双子に会って、騎士みたいな人に案内されて鏡を通ったら、あの家に出たの」


 一通り説明すると、帽子屋は怪訝そうに彼女を見た。

「おかしなやつだな。

 聞かれてもないのに……」

「だって……凄く怪しんでたから……」


 彼女は帽子屋の視線に怯んだのか、一歩下がっては目を逸らした。


「帽子屋~、彼女怖がってるから、睨まない睨まない」

「睨んでない」


 そんな彼女を庇うように、眠りネズミが間に割って入る。


「あ~、悪い。

 目つきの悪さは生まれつきかぁ」

「殺すぞ」


 眠りネズミは冗談めかした声とともに、自分の目端を手で釣り上げてからかい、帽子屋は眉根を寄せてぴしゃりと言い返す。


「なぁ、でも鏡ってことは……」


 冷静を取り戻した三月ウサギが歯切れ悪く尋ねようとした、

 しかし彼女が興味を示したのは話ではなく、三月ウサギであった。


「可愛い……」


 感嘆のような声が彼女の口からこぼれた。

 帽子屋と眠りネズミの背が高いせいもあって、より低く見える三月ウサギの背丈。それは彼女よりも低い。

 彼女の言葉にムッと表情になった三月ウサギ、それが彼女にまた同じ言葉を繰り返させた。

 クリクリの赤い瞳に子供らしい丸い輪郭、大きめのフード付きパーカーが更に三月ウサギの魅力を引き出している。更に、肩まで流れる髪は雪のように白い。

 2人を外見をしっかり見ることが出来た彼女は、帽子屋にも目を向けたが、怪訝そうな顔付きで睨まれ、目を逸らしてしまう。

 そんな彼女に帽子屋はため息を吐き出し、話を続けた。


「‘あっち’からの迷子のために白のナイトがいるんだ。

 まぁ、‘あっち’からの迷子は初めてだが、無事役目をはたしてくれたみたいだな」

「だなぁ」


 眠りネズミはダルそうに生返事を返す。


「経緯は置いておいて、とりあえず城に行く? 帽子屋」

「ああ」


 確認した三月ウサギに帽子屋は頷き、彼女を見た。


「ほら、行くぞ」

「え?どこに?」

「話を聞いてたろ? ハートの城だ」


 さっさと踵を返した帽子屋に、彼女は混乱したように眠りネズミを見た。

 眠りネズミは欠伸を一つ、そっと彼女の肩を抱いてエスコートする。


「悪いようにはしないから、とりあえずお城へ行ってみよう?」


 優しく諭すように言われ、頷くしかなかった彼女に、三月ウサギは気に食わない様子で彼女を睨んだ。

 先頭を歩く帽子屋に続き、並んで歩く彼女と眠りネズミ。

 少し遅れて小走りで、付いてくるウサギがいた。


「ちょっ、待てよ!

 僕のこと考えて歩けー!」


 子供が駄々をこねるように叫び声が刺すように、響いた。

 首だけ振り返った眠りネズミは「おんぶしてやろうか?」と笑いながら言い、それに腹を立てた三月ウサギは彼の足に蹴りを入れる。





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