ぶきような僕たちは飴と鞭をつかって恋をする
「あなたのことを死ぬほど愛しています」
SNSに流れるそんな太客からのありふれた言葉に、僕、黒井めぐるは軽く舌打ちをする。
「そういう奴に限って、簡単には死なないんだよね」
世の中は飴と鞭のゲーム。僕は嘘と戯言を使って甘い夢を売りながら生きている。なぜなら、誰も本当の僕を愛してくれないからだ。
信じられるのは愛する弟と、お金だけ。
「僕がどこの国の人間かなんて、誰も知らない。本当の僕を愛してくれる人はいない」
街のネオンに照らされ、煌びやかな高級エスコートクラブの控室で、一人鏡を見つめる。完璧なスーツと整えた髪型、その中に映る僕の青い瞳は、どこか虚ろで、本当の自分を見失いそうになっていた。それでも、祖国にいる弟のために働き続けるしかない。
控室のドアにノックの音が響くと、ドアを開けた瞬間、まるでバスケットボール選手のように背が高い[[rb:鈴木悠真 > すずきゆうま]]が立っていた。
「何の用?」
「お前、俺の客を盗っただろう!」
「斉藤夫妻の奥様のことかい」
「そうだ、その夫妻は3年間俺の担当だったんだぞ。引き継ぎの時間をくれよ」
「一分千円ね。早くお客様の申し送りを終わらせてくれない?」
僕は、手首のアップルウォッチのタイマーをポチッと押し、悠真をちらっと見上げた。
「はぁ?お前が裏で奪った客なんだからな。情報を教えるんだから、お前が金を払え!」
悠真はその高い身長を活かして僕を見下ろす。この態度、ちょっとムカつく。
「じゃ、いらない。ちょくせつ斉藤様に聞く」
「あの奥様は認知症だぞ。ただのデートじゃすまない。詳細を聞け」
「いいよ、もう五分経ったから五千円ね」
「金に細かい男だなぁ」
「ありがとう。それを褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めてないからな!この守銭奴が」
「口が悪いね。時間の有効利用って言ってくれない?」
僕はわざと悠真ににっこり微笑みかける。この笑顔、たいていのことは解決するからね。
「めぐる、俺には色仕掛けは効かないぜ」
「あれ、でも悠真、顔が赤いよ?」
僕は悠真に触れるか触れないかの距離まで一歩近づいて、下から覗き込んでみた。
男女ともにモテる僕に落とせない人間はいない。
「うるせぇ、その仕事のやり方をやめろ。他の奴からも、めぐるが指名客を奪ったってクレームが出てるぞ」
悠真は文句を垂れながらも、端的わかりやすく斉藤夫妻の情報を教えてくれた。僕の目から見ても悠真は有能だった。
ここは、高級エスコートクラブ『ロイヤルプラン』富裕層に向けた余暇と移動支援を提供する、何でもありの元移動支援事業所。僕はデートクラブとして上手く利用してるけどね。
「自分の仕事の仕方に手を抜いて、批判しているだけだよ。小綺麗にお洒落して、まめにお客様の機嫌を伺わないのが悪い」
じゃ、十分たったから一万円ねと。と、スマートフォンのアプリで送金を希望する。
「めぐる、そのうち刺されるぞ」
「そう?だって、悠真は僕の笑顔に見惚れてたじゃないか」
はぁーと悠真が、ため息をつきながらしゃがみ込む。
「呆れてるだけだよ。あのな、俺とお前とは働き方が違う。俺はお客様に人生の目標をみつけてもらって、QOLをあげる仕事をしてるんだ」
僕は悠真の言葉を無視して、差し出されたスマートフォンのアプリから一万円を受け取る。
「QOL・・・生活のクォリティ?ここは介護事業所じゃないよ」
「去年までは高級介護事業所だった。それを若社長の神崎が去年から変えちまった。俺はそれが気にくわない」
悠真は介護事業所の頃からのスタッフで、面倒見のよい性格と、広い福祉分野の知識で会社のスタッフから慕われている。僕はこいつが嫌いだ。
「あのね、悠真。僕は人は信用できないし。それに、正しさじゃ生きていけないよ」
金額の受け取り確認をして立ち上がる。すっと悠真の固い指が、僕の手首をキリリと掴んだ。
「めぐる、正しさがあるから人は未来を信じられんだ」
下から見上げる、悠真の切れ長の瞳には強い意志が輝いている。それが非常に憎い。僕はある秘密があり祖国が排除された。そんな事実も知らないで、正しさを振りかざす奴は嫌いだ。
それに、僕を排除した祖国は戦争国家として世間から批判をされている。正しさなんて世情によってかわる、不安定な物だ。
僕が移民なのを誰も知らない。
「僕が刺されるなら、君はいつか人に裏切られるよ。だって、信用できるのはお金しかないから」
わざと新品の靴のソールを鳴らして、悠真の横を通りすぎた。
「バーカ。俺は裏切られるほど燃える男なんだよ」
背後の悠真の一言に僕は振り返りそうになる。
想像していなかった。未来、このバカ真面目な男に自分が惚れてしまうだなんて




