楽しすぎる思い出は、生きづらい。
僕は、兵庫県神戸市に生まれた。
ちょっとしたことが、きっかけで、神戸市内の私立高校を3か月で
辞めた。
実は、中学校の頃から、志していることがあって、それに集中する
ために辞めた。
辞めた本当の理由を知っている友達は、4、5人。
あれから、7年経つ。
今は、東北地方のとある新幹線の止まる駅の近くに住んでいる。
東京にも、仮住まいの狭い部屋があって、毎週土日は東京で過ごし
ている。
創作活動には、環境が重要だ。
だから、僕は、東北が第一の住み家、東京が第二住み家の、二拠点
生活をしている。
二拠点生活といっても、神戸を選ばなかったのは、自分が神戸に戻
るときは、自分の夢を叶えたときと、決めているからだ。
もちろん、変に知り合いに出くわすのも嫌だというのもある。笑
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やっと、去年、東京の芸術大を卒業できて、ほっとしていたとき
だった。
中学、高校と一緒だったある一人の昔のAから、連絡があったのは。
高校では、3か月しか一緒じゃなかったけれど、ときどきは、連絡を
とっていた。
けど、ここ2年は、全く音沙汰無しだった。
「どうしたんだろう?」
と思ったけれど、両親に会いに行くのもあって、神戸でAと会う約束
をした。
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三宮の、とあるファミレスで会ったのだが、A以外に、誰か他の奴
もいるのかと思ったら、本当にAだけだった。昔は、Aは、友達が多くて、
一対一で会うのは、これが、本当に、2回目か、3回目くらいじゃないか。
Aとは、他愛もなく、1、2時間話したが、結局Aの用は、本当に驚い
たが、僕の高校を3か月で辞めた決断の話を聞かせてくれ、というもの
だった。
Aは、詳しくは言わなかったが、日本で就職するか、渡米するかで
迷っているようだった。僕は、言わなかったが、
「迷うようだったら、やめとけ!」
と言いたかった。笑 Aには悪いけど。
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まだ、時間も早いし、せっかく久しぶりに会ったんだからという
ことで、Aの家に行くことになった。 Aの母親は、僕の顔を覚えていて、
「久しぶりだね。~君。」
と言ってくれた。Aの家の玄関には、いつも、うるさく吠える犬がいて、
本当に迷惑だったのだが、もういなくなっていた。
Aの部屋に、入った。何年ぶりだろう?7、8年ぶりくらいか。
Aの母親が、出してくれた飲み物とかをご馳走になっていると、ふと、僕が
卒業できなかった高校の卒業アルバムがあるのに気がついた。 少し、どう
しようかと思ったけれど、
「見てもいいか?」
とAに断って、見てみた。
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卒業アルバムは、何人か編集委員がいて、作るものだが、一枚だけ、
僕が写っている写真があった。それは、高1の最初の、とある行事の
写真だった。 僕は、みんなと笑顔で写っていたが、
「もう、このとき、辞める決意はできてたよな。」
と写真を見て思い出した。
僕が写っているのは、その写真一枚だけで、あとは、全部知らないこと
ばかりだった。
「修学旅行とか、運動会とか、俺も行きたかったな。」
とAに言って、しばらく、ページをゆっくりとめくっていた。
Aには、言ったか言ってなかったか、それすら記憶に残っていないが、
当時、自分が好きだった子が、アルバムのどこかに写っていないか少し
探した。
そんな沈黙の時間が、少し続いたからなのか、
「お前は、すぐに辞めちゃったけど、そのアルバム、うらやましく
見えるか。」
とAが聞いてきた。
「あぁ、辞めたこと後悔はしていないけど、行事とかには、参加した
かったかな。」
と、僕は答えた。
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「お前は、すごいよ。」 (A)
「何が?」(僕)
「すぐに、自分の道を行く決断ができたところが。」(A)
「…。いや、別に…」 (僕)
僕は、アルバムを閉じた。
「そこに、写っているうちの一人は、高校卒業したら、全然違う感じに
なったよ。」(A)
「誰が?」(僕)
「〇〇。今でも、高校の友達とは会うけどさ。中には、楽しかった高校
時代が忘れられなくて、あんな時代がずっと続くと思っちゃう奴もいた
んだよ。」(A)
そのAが挙げた〇〇とは、僕も知っている女子だった。まぁ、女子として、
可愛いランクに入る奴だった。
僕は、Aの言ったことの意味がよく分からなかった。
「ずっと、続くって?」 (僕)
「だから、卒業して、みんな別々の道にいくだろ? 大学行く奴とか、
専門行く奴とか。
で、みんなが新しい環境になじめたわけじゃなく、高校時代の楽しさが忘
れられなくてさ。
楽しい思い出が、逆に、新しい環境に馴染めない原因になるんだよ。」(A)
「?」 (僕)
「だから、次の環境で、楽しめなくて、そのうちの何人かは、『高校の
ときの方が楽しかった』とか、大学1年のときに言っていて。そういうの
を聞いてるうちに、実は、 俺、〇〇と、大学に入ってから、付き合った
んだよ。」(A)
考えたことなかった。楽しすぎると、そうなるものなのか。Aが、〇〇
と付き合ってるとは、いつか聞いた記憶がある。でも、結末までは知らない。
「そういう○○の愚痴を聞くたびに、だんだん、○○と付き合うことに
なってさ。〇〇の方から、『付き合って』と言ってきたんだけど。 結局、
1年くらいで別れた。 だって、俺は、別の大学だしさ。人は、結局、
未来の接点がないと、付き合えないと 思ったよ。〇〇と話しても、未来
の話には、ならなかった。」 (A)
もう一度、アルバムを開いて、その〇〇を見た。2、3枚の写真に
写っていた。
俺が中退した後、〇〇の事、2回くらい見たけど、Aとそんな事が
あったのか。
俺は、アルバムを閉じて、元の本棚に戻した。
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俺は、3か月で中退したわけだから、高校のアルバムなんてものは、
当然持っていない。
卒業名簿にも、名前があるのかも知らない。っていうか、19歳くらい
までは、少し思い出すこともあったけれど、その後は、昔の友達の事は、
全く考えもしなくなっていた。
Aには、言えなかったけれど、写真とか、アルバムって、楽しそうに
見えたり、懐かしく思えるけれど、反面、それが忘れられなくなる奴もい
るんだな。
実は、Aが、ここ2、3年、何をしていたとかも、俺は知らない。
Aは、この後、他にも似た事を言う奴がいたという話をしたが、その
人は、俺がよく知らない人間だった。夕飯も、この日Aと一緒に食べ、夜
は、もう二人ほど、昔の友人を呼んで、飲みに出かけた。
この数か月後、Aは、渡米した。