第三幕 銅の騎士
「お二人さん。ちょっと外へ行ってく……」
俺は、黄金の姫エレオノール・オーラムと、銀の騎士ギルバート・アルゲントゥムに、声をかけようとしたがやめておいた。
王城から逃げてきて、久しぶりに訪れた二人きりの時間を邪魔するほど、野暮ではない。
「つったくよ。身を引いて正解だったな。さて、アエスの街の女は、どうだろうなぁ」
姫一筋のギルバートにエレオノールを任せて、俺は街の娼館に向かうことにした。
内陸地にあるアエスの街は、商業ギルドが治めており『地上の港町』と呼ばれる交通の要衝だ。街を運営する商人たちは『税金の納め先が王国から帝国に代わるだけだろう』という認識のようだ。
「そこの、赤髪のあんちゃん」
「ん?なんだ」
俺が娼館が並ぶ通りを歩いていると、呼び込みの男に声をかけられる。
「遊び慣れてそうだな。昨日、良い娘が入ったんだけど、どうだい?見られてるよ」
「あぁ?男選びってことは、膜破りの手伝いか」
「そうだ。あんたイケメンだしな。慣れてるだろ、この色男」
娼館で初体験を迎える少女には選択肢が与えられる。
・純潔を高く売りつける
・好みのイケメンに優しく奪ってもらう
などだ。
純潔高く売りつけるのは合理的かもしれないが、痛がるのを無理矢理するのを好む鬼畜貴族などが相手の為、良心的な娼館であればこそ勧めないだろう。
「わかった。親切な店そうだしな」
「ああ、女達には長期間稼いでもらうのが、当店のモットーなんでな。初めての時くらいは気に入った容姿の男にしてやってんだよ」
そうして、一室へと案内される。
「それじゃ、生娘を連れてくるからよ。お相手をよろしく」
「ああ、ゆっくり慣らしてやるさ」
そうして、室内に連れて来られた少女を見て、俺は少し動揺し、彼女を口をつぐんでいる。
「はっはっは、緊張すんのはしょうがねぇな。お前がさっき熱い視線を送っていたイケメン男をが、連れて来てやったさ」
そうして、男は「ごゆっくりお楽しみを」と出て行き扉を閉めた。
途端に少女は俺にかけよってくる。
「……銅の騎士様。ご無事で」
「しぃ~。もちろん姫も無事だ」
姫のメイドをしていた少女である。
「王城はもう陥落しました…たくさん人が死んで。私達は売り飛ばされて」
「だろうな。銀から聞いている」
「銀様もご無事なのね」
「アイツなら、姫と二人で部屋に籠もってるさ」
俺の表情を見た元メイドが少し笑う。
「あら、少し妬いてます。アッチコッチの女性に手を出してきた貴方が。クスクス」
「っつたくよ。一番欲しい女が、手に入んなかった俺の気持ちを、誰が分かるってんだよ」
「噂は本当でしたのね。そんな貴方だから、後腐れがなくて一晩だけ愛し合うには丁度よかったと」
「ははは、ウワサにまでなってたのかよ」
「ええ。そして、このままメイドとして独り身なら、貴方にお願いしようかと、お城が陥落するまで思っていました」
「巡り巡って、こういう形か」
「はい。望みがかないました。よろしくお願いします」
そうして、彼女はスルスルと服を脱ぎはじめた。
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「……凄かったです。想像していたより気持ちよくて」
「そうか。これから、この店でやっていけそうか?それとも逃げるか?」
「姫様の足手まといにはなりたくないですし……なんとか、なりそうです。でも、たまには私を抱きに来てください」
「あぁ、わかった」
そんな話をしていると、外が騒がしくなった。
「帝国兵だ」
叫び声がしたので、木窓を少し開けて外を見ると、10人の帝国兵分隊が道を歩いている。
「王城は陥落した、王も死んだ。新しい支配者である俺達にサービスしろよ。ガハハハ」
そんなことを叫びながら、剣を振りかざし、娼館に押し入ろうとしている。
「民草に王国も帝国も関係ねーよ。ちゃんと金払え、ウチの商品に乱暴すん……」
俺を呼び込んだ男の首が斬り落とされた。
「あの帝国野郎……」
服を着て、剣を掴もうとすると。
「銅の騎士様。こらえて」
元メイドが俺の腕をつかみ、ふるふると首を振った。
「このままだと、お前達まで乱暴されるかもしれないだろう。たかだか10人、どうってことないさ」
「……はい。ありがとうございます」
元メイドにはベッドの下に隠れるように言い残して、俺は剣を腰に差し部屋から出ると、下の階で帝国兵が館に押し入ってきた。
「へっ、なかなか上玉がいるじゃねぇか」
下衆じみた声で、入口付近にいた娼婦に抱き着く帝国兵達がいた。
「さて、片付けちまうか」
娼婦に気を取られている、帝国兵を一人斬り、返す動作でもう一人を切り伏せる。
「なんだ、貴様……まさか、銅!」
「どうだろうな」
さらにもう一人、斬り殺した。
「なんだ、何があった」
絶命の声を聞きつけ、残りの七人がドカドカと館に入る。
さすがに、この人数差はキツイ。
「お前は、銅の騎士。だとすれば、近くに姫がいるぞ」
まずい、全員殺さないと。
「……悪魔よ。我が血を啜れ、肉を喰らえ」
俺は呪文を唱える。血が減り、贅肉がもっていかれる。
「いくぞ」
使ったのは、悪魔に血肉を与えて身体能力を劇的に向上させる秘術だ。
そして俺は剣を振るう。
ひとり、ふたり、さんにん、よにん、ごにん、ろくに……
六人目を斬り殺そうとしたとき、間に七人目が入った。
「お前は、逃げて報告するんだ。がはっ」
「はっ」
血を吐いて盾となった七人目は、おそらく隊長だろう。
体に俺の剣を喰い込ませたまま、離そうとしない。
「くっそ。邪魔しやがって、逃げてんじゃねぇ」
仕方がないので、体重をかけて剣を押し込む。
絶命した隊長から力が抜け、剣を引き抜くことができた。
「やべぇ、取り逃がした」
そうして、逃げた六人目を、俺は走り回って探したが、見つけることができずに娼館へ戻ってきた。
「「「……ありがとうございました。銅の騎士さま」」」
館の1階にあった死体は片付けられ、少し血の跡がのこっている。
「いいか、俺は、一人で姫を探し回っているだけだからな。そうでないと、ここに帝国の大軍が押し寄せるぞ」
「「「はい」」」
そうして、元メイドを中心に娼婦達が、俺の返り血を拭いてくれた。