第一幕 黄金の姫
オーラム王国は、ヒュドラルギュルム帝国に攻め込まれていた。
歴史的に対立していた王国と帝国だったが、引き金となったのは和平と称してなされた、ヒュドラルギュルム帝国の皇太子からの求婚を、王国の姫である私、エレオノール・オーラムが断ったことに起因する。
断った要因の表向きの理由は、ヒュドラルギュルム帝国の皇太子の素行の悪さであり、既に何人かと婚姻し、離婚している点だった。裏の理由は『黄金の姫』と言わしめた私には、心に決めかねている二人の騎士の存在があった。
「ずっと小さい頃と同じように、三人で過ごしていたかったわ」
攻め込まれた王城から移動しつつも、私はそう二人につぶやく。
「ここは、僕がくい止める。アルフ、姫をつれて斥候を」
そう叫ぶのは、銀の騎士 ギルバート・アルゲントゥム。
長い銀髪を揺らしながら、剣を構え、敵襲を迎え撃つ。
「オッケー。俺に任せろ。また、三人一緒だぜ。姫さん」
そう答えるのは、銅の騎士 アルフレッド・クプルム。
短い赤髪をかきあげて、彼は私を連れ出した。
「アルフの馬鹿、ギルを置き去りにしちゃ駄目じゃないの」
「大丈夫だって、あいつ強ぇえからよ」
アルフレッドは、侵入者の確認を行いつつ、脱出用の馬車の見えるバルコニーまで私を連れて移動する。
「おっし、コッチから逃げられそうだ。行くぜ」
ガシッ っと私を抱っこするアルフレッド。
「ちょっと、何するのよっ……って、きゃあぁあああああ」
アルフは、抱えた私ごとバルコニーから飛び降り、着地するとすかさず馬車に乗り込んだ。
「俺用の安物だし、丁度いいや。はいよ~」
普段、王族が乗る馬車は、馬の操者と室内が分かれているが、この安物馬車は、貫通しており軽くて速度が出るタイプだった。
「いたたたた。放り込まなくてもいいじゃない。馬鹿アルフ」
荷台で、アルフに文句を言う。
「ギルバートの作った時間を無駄にしたくねーんだよ」
「まったく、ギルなら、もう少し丁寧に私を扱ってくれるわ」
「ヘイヘイ、姫は金、ギルは銀、俺は銅ときたもんだ。ランクが下ですまねーなっと」
「また、そんな言い方して。そういう意味じゃないんだから」
彼のいつもの自嘲だ。私は、少し拗ねながら続ける。
「ギル……大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。よっぽどの精鋭部隊でも来ない限り、俺達の幼馴染の銀の騎士にゃ敵わねぇよ」
「それもそうね。打ち合わせていた通り、アエスの街で待ち合わせにしましょう」
ヒュドラルギュルム帝国が攻めてきた時に備えた万が一の逃亡計画だった。王国に内通者がいなければこのような事にはならかったハズだ。
「オッケー。アエスの街だな。それと急いで積み込んだ、食料とか、路銀とか、姫さん服とか、いろいろあるからよ、確認しておいてくれ」
黒馬を操りながらアルフレッドは、少し振り向いて、積み込んである荷物を顎でしゃくった。
「わかったわ」
ガタガタと揺れる馬車の中で、積み荷を確認する。
「お金も非常食も、それなりにあるわね。コッチには武器、薬品、衣服……」
そうして、私はとんでもないモノを見つけた。
「ちょっと、アルフ。いつ私の下着なんて入れたのよ」
「ああ?服とか入った引き出しに入ってたぞ。必要だろ。大丈夫、嗅いだりしてない。って、痛てぇ」
ゲシっと アルフレッドの背中を蹴ってしまう。
「昔は風呂も3人で入ってただろうが、いまさら何を」
「まぁギルには出来ない、無神経な行動ね。ありがと」
「そうかい、そうかい。どういたしまして」
王女が乗っているとは思えない安物馬車が、ガラガラと土煙をたてて、ヒュドラルギュルム帝国から離れた内陸地にあるアエスの街へと向かった。