表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/23

翔蓮寺朔夜の日常

 

 黒というワードに敏感になった男こと、朝日源之助だ。


 昨日はグリコで散々精神をすり減らされた後、夕方までみっちり翔蓮寺さんとのお喋りに付き合った結果、俺の体力は家に帰ったと同時に尽き果て、結局趣味の筋トレは出来ずじまいだった。



 大袈裟でも何でもなく、俺の中でこれはかなり由々しき事態だ。



 中学の頃から始め、一日たりとも欠かして来なかった筋トレを遂にサボってしまったのだ。



 俺は部活もやっていないし、学校終わりに友達と遊びに行くことも数えるほどしかない、だから今まで学校に行って体力を使い果たしてしまうということを経験したことがなかった。



 それ故に、筋トレも一日たりとも欠かしたことが無かったのだ。



 それがあの翔蓮寺さんと関わるようになって変化した。俺の何の変哲もない日常が変わり始めているのだ。



 見極めなければ…、俺の日常に変化を及ぼす翔蓮寺さんは俺にとって善か悪か。


 

 そして、翔蓮寺さんが俺に関わる理由はなんだ?


 後、翔蓮寺さんに逆らえる方法とかその他諸々!



 それを知るには、今まであまり見てこなかった、普段の翔蓮寺さんを知る必要がある…。



 観察するのだ。翔蓮寺さんの学校生活を。



 今日一日をかけて、翔蓮寺朔夜という人間を見極めてやる!



「おーい、お〜い、聞いてるか?源之助。」



 一人考えに耽っていた俺は、そんな声と共に現実に引き戻される。



「ん?拓実に葵…、なんか用か?」



「なんか、用か?じゃねーよ、さっきから声かけてんのに…、一体何見てたんだよ。」



「そうだよ、険しい顔して…。眉間に皺が寄ってるぞ!」



 教室で自分の席に座っていた俺に声をかけてきたこの二人は、同じクラスのクラスメイトで、俺の数少ない友人の内の一人である、山田拓実と速水葵だ。


 

絵に描いたような普通の男、山田拓実とイケメンなのに何故か影の薄い男、速水葵、今日もいつも通りそうで安心した。



「いや、別に何も見てないが?」



 翔蓮寺さんを観察しているとは言い出せず、なんとなく誤魔化して置いた。



「そうか?それならいいけどさ…。お前あんま険しい顔しない方がいいぞ。ただでさえ、その身長でちょっと威圧感あんのに、そんな顔してると怖がられるぞ?」



 なに!?そうか…、俺は威圧感があるのか?



 もともと、表情筋が硬い自覚はあるし、拓実の指摘もごもっともかもしれない。



 今後はそこら辺も気をつけるとしよう。



「分かった…、気をつけるよ。」



「おう!じゃあ、俺達そろそろ席に戻るから。行こうぜ、葵。」



「うん、じゃあね!源之助!」



「ああ、また!」



 二人が席に戻って行くのを見届けると、俺は再び翔蓮寺さんの観察を再開させる。



 ちなみに、俺の席は窓側の一番後ろの席で、翔蓮寺さんの席は廊下側の前から2番目の席。



 俺達は教室で言うと、ほぼ対極の位置に座っていると言えるだろう。



 だから、俺は授業中だろうとなんだろうといくらでも翔蓮寺さんを観察することができるのだ。



 今日の1限目は確か、元ヤン先生の古典の授業だった筈、さっそくその授業態度から観察していくとしよう。



「ん、じゃあ。ここでラ行変格活用を4つ。翔蓮寺、答えてみろ。」



「あり、をり、はべり、いまそかり。」



「そう、正解だ。」



 教室中が当ててくれるなよ、という空気に包まれる中、翔蓮寺さんはさも当然のようにスラスラと答える。



 翔蓮寺さんは成績も学年で上の方なんだとか…。



 授業中は常に足を組んで話を聞いており、特にノートなどもとっていない様子。



 特段悪い態度という訳でもないが、真面目とは言い難い態度だ。しかし、それで成績を取れているのだから誰も文句は言わないのだろう。



 あれだけの容姿を持ちながら成績も優秀という完璧っぷり。



 あの軍師かと見紛うほどの頭のキレもこの地頭の良さから来ているのだろう。



 やはり、厄介。あの翔蓮寺さんの本性を知る上で、これは重大な手がかりだ。



 よし今度は、体育の授業の翔蓮寺さんを見てみるとしよう。



「翔蓮寺さん、パス!」



 今は、昼休み前の4時間目。

 体育館を男女で二つに分け、男子がバレーをする中、女子は隣のコートでバスケの授業を受けている。


 同じチームの女子からパスを受け取った翔蓮寺さんは、華麗なドリブルで一気に二人を抜き去ると、最後は綺麗なレイアップでボールを籠に沈める。



「ナイス!朔夜!!」



「ん、ありがと。」



「キャー!!!」



 翔蓮寺さんの圧巻のプレイに、チームメイトは彼女に駆け寄って賞賛し、観戦の女子達は黄色い歓声をあげる。



「翔蓮寺さん、スゲ〜。カッコいいんだよなぁ。」



 俺と同じように女子のバスケを眺めていた、男子も思わずそう呟いている。



 同感だ。スポーツをする翔蓮寺さんは控えめに言ってもかっこよすぎる。



 その運動神経から成される華麗なプレイはさることながら、その後の爽やかな笑顔があまりにも眩しく、女子があれだけ歓声をあげるのも頷けるというものだ。


 正直俺は、スポーツが得意とは言い難いし、種目によっては普通に負ける可能性が出てきたな…。



 成績、運動、容姿、今のところ彼女の弱点らしい弱点は一つも見つからない。



 よし、今度は昼休みの翔蓮寺さんを見てみよう。



 翔蓮寺さんは、明星さん、望月さんと共に売店にパンなどを買いに行った後、教室に戻ってきて3人で談笑をしながら昼食をとるというのが昼休みのルーティンになっているようだ。



「源之助、一緒に弁当食べようぜ!」



「悪い、ちょっと行くとこあるから先食べててくれ。」



 俺は昼食を誘ってくれた拓実に断りを入れ、教室を出て行く3人の後をつける。



 言っておくが、これは断じてストーカーなどではない。翔蓮寺さんの本性を見極める為に必要な行程なのだ。



 翔蓮寺さん達3人は、楽しそうにお喋りをしながら売店へと向かっていく。



 俺はいつも弁当なのであまり知らなかったが、売店のパン争奪戦というものはここまで激しいものだったのか・・・。



 売り場が見えないほどに人が密集しており、押し合いへし合いを繰り返しながら、もはや列などあってないようなものだ。正直、今からパンを買うのは不可能ではないかと思えてくるほどだ。



 しかし、翔蓮寺さん達3人はそれを見ても特段気にした様子はない。



 一体ここからどうやって目当てのパンを買うと言うのだろうか…。



「じゃあ、今日もお願いね!朔ちゃん。」



「焼きそばパンだけは確実にお願い…。」



「いいけど…、後でジュース奢りなよ?」



 翔蓮寺さんは何やら他の二人からお金を受け取ると、軽く準備運動を始めている。



 一体何をするつもりだ?今からではもう、あの群衆の後ろから人が減るのを待つしか方法はないはずだが。



 そんなことを思っていると、翔蓮寺さんはいきなり速度をつけてそのパン争奪集団の後方から中に突っ込んで行った。



 そしてそのまま、するすると間を縫うように売店まで駆け抜けると、また素早い動きで集団からスポッと出てきてしまった。


 もちろん、その手には3人のお目当てのパンがしっかり握られている。


「ありがとうー!朔ちゃん、本当に大好き!」


「焼きそばパン、一口あげる…。」


「はいはい、どういたしまして。ほら、教室戻るよ。」



 圧巻だ。翔蓮寺さんの頭脳と運動神経無くしては成し遂げられない神業。

 きっと、あの集団は翔蓮寺さんが間をすり抜けていったことにすら気づいていないだろう。



 それに、翔蓮寺さんは友達に頼られていて、優しい性格でもあるようだ。



 そうでなければ、毎日毎日あの集団に一人突っ込んで行くなどそうそう出来ることではないだろう。



 いくら、拓実や葵の頼みだったとしても俺には無理な芸当だ。



 その後も俺は、翔蓮寺さんの観察を続けたが、容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群、性格は優しく、友達からの信頼も厚い。

 その上、人助けはするし、告白もされるわでまさしく欠点のない完璧美少女ギャルだということしか分からなかった。



 いやはや、流石は翔蓮寺さん。完璧という言葉が似合いすぎるほどの完璧さ。



 もう可愛いと、かっこいいと、すごいが渋滞して眩暈になりそうなほどだ、控えめに言って結婚してほし・・・、くない!!!



 何を考えているんだ俺は!

 趣旨を間違えるな、俺は彼女の本性やら弱点やらを突き止める為に今日一日彼女の観察をしてきたのだ。



 しかし、冷静になって考えてみても弱点という弱点はなかった筈だし、本性で言えば、いい子以外の何者で無かった気が・・・。



 では、何故そんな翔蓮寺さんが俺のようなモブに関わってこようとするのか。

 彼女には何のメリットもない筈だ。



 まずい、彼女のことがますます分からなくなってきたぞ・・・。



「おーい、お〜い、聞いてる?源之助くん。」



「へ?っておわッ!?!」



 気づくと、いつの間にか前の席に翔蓮寺さんが座っており、不思議そうに俺の顔を覗き込んでいた。



「どうしたの?百面相しちゃって。もうホームルーム終わったよ?」



「え、もうそんな時間ですか!?」



 慌てて時計を見ると、翔蓮寺さんの言った通り、もうとっくに放課後の時間になっていた。



 翔蓮寺さんについて考えている間に、いつの間にか学校が終わってしまっていたのだ。



「そうだよ。何か考えごと?」



「いやいや、ちょっとボーっとしてただけっす。」



 本人に翔蓮寺さんのことを考えていましたなどと言えるはずもなく、適当にそう答えた。



「ふーん、まぁいいけどさ。そんなことより、ちょ〜と質問なんだけど…、いい?」



「はい、なんでしょう?」



「君さ、今日一日、私のことずっと見てなかった?」



「え・・・。」



 何ッ!翔蓮寺さんに彼女を観察していたことがバレてしまっている!?



「な〜んか視線感じるなぁって思ってたら、君が険しい顔してこっち見てるんだもん。びっくりしたよ。」



 まずいな…、馬鹿正直に翔蓮寺さんの観察をしてましたなんて言える訳がないし、どう言い訳をしたものか…。



「いやぁ…、それは…、ですね。」



 考えろ!考えろ!何かこの場を切り抜ける言い訳を考えるんだ!!



「もしかして・・・、なんだけどさ。私の観察でもしてた?」



 何ぃ!?!何故バレた!

 モブ男が自分を見ていたというだけで、何故そこまで分かってしまうのだ!



 いやしかし、こうなった以上もう正直に話すしかないな。ここで変に言い訳をして、何かいかがわしい視線を向けていたたなどと誤解されたら困る。



「ぐぬぬ、白状します…。翔蓮寺さんの言う通り、俺は今日一日、翔蓮寺さんの観察をしてました…。」



「だよね!良かった…、勘違いじゃなくて…。で?何の為にそんなことを?」



「翔蓮寺さんの本性とかそういうのを突き止めようかと…。」



「本性…?なんで?」



「最近、翔蓮寺さんが話しかけてくれることが多いのには何か裏があるのではと…。」



 俺が正直にそう話すと、翔蓮寺さんは少し困ったような顔をして、すぐに元に戻った。



「君、そんなこと思ってたんだ…。ちょっと、傷ついたなぁ。」



「すいません…。」



 翔蓮寺さんの言葉に、心がズキッと痛んだ。



 今日の翔蓮寺さんを見て分かった。

 少なくとも、彼女は人を傷つけて遊ぶような人間ではないと思う。



「で?今日、一日観察してみた結果はどうだったの?」



「はい、翔蓮寺さんは容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群で、人柄も良くて、優しくて、お友達からの信頼も厚い、素敵な人だと分かりました。」



 俺は今日観察して、自分なりに分析した翔蓮寺さんの内面やらをありのままに話した。



 それを聞いた翔蓮寺さんは少し考えた後、すぐにいつもの笑顔に戻って言う。



「なにそれ…、告白?」



「な!?ち、違いますよ!俺は、今日観察したことをそのまま…!」



「ふふッ!必死すぎ!」



「必死にもなりますよ!」



 楽しげに笑う翔蓮寺さんを、俺は恨みがましい目で見つめる。



「あ〜、笑った!ま、そういう結果なら、今回のことは許してあげる。」



「あざっす…。」



「じゃあ、今日はお詫びに何に付き合ってもらおっかな〜!」



「え!さっき許してくれるって…。」



「それとこれとは別!私を傷つけた分、しっかり償ってもらわないと。」



「そ、そんな〜。」



「あ!さっき素敵な人…、とか言ってくれてたし告白の練習でもしてみる?」



「だ、だからさっきのは!!」



 翔蓮寺さんは、もういつもの意地悪翔蓮寺さんに戻ってしまっている。


 やはり、先ほどの評価は訂正が必要かもしれない。



 彼女は素敵な人ではあるが、小悪魔だ。





 少し、翔蓮寺さんへの警戒心が溶けた源之助くんでした。


 おもしろいと思った方は評価・コメント等よろしくお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ