グリコ②
「望むところっす!」
グリコというのは運要素がかなり大きい遊びだ。
勝てるかどうかは五分五分だが、俺もここで引き下がる訳にはいかない。
それに、さっきは気にならなかったが翔蓮寺さんとお喋りってかなりリスキーでは?
30分も話しておいて今更と思うかもしれないが、さっきまでは翔蓮寺さんがずっと話してかけてくれていたから30分もっていただけだ。
これ以上2人きりで話すとなると、俺の女子苦手センサーが振り切れてしまう。
その上、男女問わず人気のある翔蓮寺さんと放課後2人きりで話しているところを誰かに見られでもしたら・・。
うん、まずい。やはり、何としても翔蓮寺さんとのお喋りは回避しなくては・・・。
「じゃあ、最初のじゃんけんね?」
「うす。」
最初はグー!じゃんけん、ほい!
「やった!私の勝ち!」
くっ!負けてしまったか・・。
翔蓮寺さんは、チ、ヨ、コ、レ、イ、ト、と一文字ずつ声に出しながら一つ一つ階段を降りていく。
「ま、最初に勝つのは分かってたけどね?」
翔蓮寺さんは眩しい笑顔で振り返ると、自慢げにそう言う。
「それは流石に・・。」
俺の知る限りでは、じゃんけんに絶対に勝つ方法などない筈だ。
「実は・・、人は最初にパーを出す確率が高いらしいんだよね。」
「え?そうなんですか?」
「一番出しやすい手だから、自然に出しちゃう的な?実際に源之助くんに勝った訳だし、あながち間違ってないのかもね?」
じゃんけんにそんなカラクリが・・、やはりこの翔蓮寺さんに勝つのは一筋縄ではいかないようだ。
「このままじゃ、勝っちゃうかもなぁ〜?」
「いやいや、勝負はここからですから!」
最初はグー、じゃんけん、ほい!
その後も、俺達は勝ったり負けたりを繰り返しながらじゃんけんを続け、2階へと続く踊り場を越えた辺りで、俺はようやく翔蓮寺さんを追い抜くことに成功した。
「よし!遂に追い抜きましたよ!」
「あらら、抜かれちゃったか・・。なかなかやるじゃん、君。」
「俺も負ける訳にはいかないんで。」
「それはどうかな〜?って、あ・・。」
「え?」
翔蓮寺さんはいきなり俺の後ろの方を見つめて、何かを見つけたように声を上げた。
俺の後ろに誰かいるのだろうか?
俺は翔蓮寺さんの視線を追うようにして、振り向いた。
すると階段の下、つまり校舎の2階に、俺達が属する2年4組の担任である先生がちょうど通りかかったところだった。
「元ヤン先生・・。」
「ん?あれ、お前ら・・・。」
俺達の担任の先生である元ヤン先生こと、本谷先生は、多くの生徒達に慕われる若い女性の先生だ。
なぜ元ヤン先生と呼ばれているのかと言うと、名前が本谷であると言う事と、有り体に言えば口が悪いからである。後、目つきも悪い・・・。
普段から粗暴な喋り方をするので実は元ヤンなのではないかという噂が立ち、今では生徒から親しみを込めて元ヤン先生と呼ばれている。(本人は嫌がっている。)
「なんだお前らまだ残ってたのか?」
元ヤン先生は、少し驚いたようにこちらを見るとそう声をかけて来た。
「ああ・・、いや、あの・・・。」
うむ、この状況・・。元ヤン先生にどう答えれば良いものか・・・。
何かすることがあって残っていました、と答えるのが一番自然ではあるが、それでは嘘を吐くことになってしまうし、素直にグリコしてました!と答えるのも少し恥ずかしい。
「ていうか、翔蓮寺に・・、朝日・・、何の組み合わせだ?」
俺が答えあぐねていると、元ヤン先生が訝しむように首を傾げ始めた。
それもそのはず、俺と翔蓮寺さんは放課後こそ、こうして壮絶なバトルを繰り広げているものの、教室では全くと言っていいほど関わりがない。
その上、部活や係り、委員会が一緒などの共通点もない。きっと、元ヤン先生の中では俺と翔蓮寺さんがつながらないのだろう。
というか、正直それは俺自身も聞きたい!
なぜこんなことになっているのか、当事者である俺が一番分からないのだ。
つまり、これについても俺は元ヤン先生の求める答えを持ち合わせてはいない。
俺が頭の中でそんなことをグルグル考えていると、元ヤン先生があっ!と何かを思いついたように声を上げた。
「お前ら!もしかして…、そういう・・・?」
そういう?そういうとはどういう・・・?
ん?ちょっと待てくれ。元ヤン先生のあの微妙な表情から察するに何か壮大な勘違いをされてないか?
「あ〜、お前らそういう感じね…。」というあの表情!やはり何か勘違いをしていらっしゃる!
いやいやいや!どこをどう見たらそんな見当違い答えを導き出せるのだ!
どう考えても、完璧美少女ギャルの翔蓮寺さんと、4軍陰キャ男子のこの俺とでは釣り合いが取れ無さすぎるだろう!
しかし、こうなったら今ここでしっかりと否定をしておかないと、後々ややこしい事になってしまうかもしれない。
「いやいや、俺達はそういうんじゃ・・。」
慌てて俺が否定しようとすると、それに被せるように後ろにいる翔蓮寺さんが口を開いた。
「先生・・。そこは、ほら・・、もう!察してよ。 恥ずかしいってば・・・。」
翔蓮寺さんは頬を少し朱色に染めて、ふいっと顔を背けながら照れ臭そうにそう言った。
「しょ、翔蓮寺さん!?」
一体、何を言い出しているんだこの人は!?!
そんな表情、そんな仕草で、そんなことを言えばますます勘違いされてしまうではないか!
それに、いつも大人っぽい翔蓮寺さんが初めて見せる表情に思わずドキッとしまった。
「ああ・・、そっかそっか・・。そうだよな、すまん!先生ちょっと配慮が足りなかった。」
元ヤン先生は、翔蓮寺さんの言葉に少し申し訳無さそうにそう返す。
いやいやいや、先生!あなたは謝らなくていいんです!それ、全部勘違いですから!
まずい、本当にここで否定しておかないと、変な勘違いをされたままになってしまう!
よし、ここは無理矢理にでも会話に割り込んで、元ヤン先生に勘違いなんだと説明しよう!それしかない!
「あ、あの、せんせ・・!」
俺がそこまで言いかけた時、先生からは見えない位置から翔蓮寺さんにクイッと軽く服を引っ張られた。
そして、俺の耳のそばで囁くように・・・、
「いいの?ここで階段を降りたら君・・、負けちゃうよ?」
はっ!!
危ない・・、もう少しで考えなしに先生の所へ降りて行ってしまう所だった。
思わず翔蓮寺さんを振り返ると、しっ!と人差し指を口に当てて、悪戯っぽく笑いながらこちらを見ていた。
やられた…、これも翔蓮寺さんの策略の一つだったのだ。
これでは先生の所まで降りて行って誤解を解くことは出来ない、それに会話に口を挟むタイミングも今逃してしまった・・・。
黙っていれば翔蓮寺さんの勝ちは決まっていたというのに、彼女はそれをしなかった。
転がされている・・、俺はまんまと翔蓮寺さんの手のひらの上で転がされているのだ。
「まぁ、お前らも高校生だし。恋愛の一つや二つ、無い方がおかしいか・・・。」
「ありがと、先生・・。」
くそ・・、口を挟めないッ!もう翔蓮寺さんと元ヤン先生で話が完結してしまっている・・・。
「あ!でも、一つだけ言っとくぞ。」
「なんですか?」
「お前らが放課後にいくらイチャつこうが構わんがな。あまり、他の生徒に目立つようなところでイチャイチャするんじゃないぞ?」
「う〜ん、それまたなんで?」
「困るんだよ・・、特に翔蓮寺!お前は男女問わずモテるみたいだからな。ただでさえ勉強のやる気がない奴が多いのに、お前らを見てショックを受けてでもしてみろ、ますます勉強が疎かになるじゃねぇか!」
「こっちの負担が増えるんだよ、まったく!だから、そういうのには気をつけてくれよ?」
「は〜い。」
「分かったら、それでいい。」
先生の本気の訴えに思わず同情してしまう。
でも確かに、翔蓮寺さんに彼氏でも出来た日には、ほとんどの男子諸君は翔蓮寺さんロスで学校に行くこともままならなくなってしまうだろう・・・。
「あと最後にもう一つ。交際は、きちんと節度を持ってすること!私は面倒ごとは御免だからな。分かったな?」
「は、はい・・。」
元ヤン先生に視線を合わせて念を押され、思わず返事をしてしまった。
「じゃあ、私は行くから。気をつけて帰れよ!」
元ヤン先生は、最後にそう言い残すと職員室の方へと歩いて行ってしまった。
結局、誤解は解けずじまいだ・・・。
「やってくれましたね・・・、翔蓮寺さん・・。」
「なんか勘違いされちゃったみたいだね?」
翔蓮寺さんは何食わぬ顔で平然とそう言う。
「まぁまぁ、あの感じじゃ先生から漏れることはないだろうし・・。そんなに気にしなくても大丈夫だと思うよ?」
「開き直らないでくださいよ・・・。」
しかし、まぁ確かにその通りではある。
元ヤン先生は翔蓮寺さんに彼氏がいると生徒達に伝わると都合が悪いみたいだったし、滅多にこの話が生徒達に伝わることはないだろう。
それに原因は翔蓮寺さんだとは言え、俺も割って入って否定することが出来なかった訳だし、文句を言える立場ではないかもしれない。
「それはそうと・・君、先生に素直に返事してたけど、手を出さないってことは、私のこと大事にしてくれるんだ?」
翔蓮寺さんは手を後ろに組んで、からかうようにそう聞いてくる。
「あ、あれは!!あの場面では、ああ答えるしかなかったって言うか・・。別に、彼氏面したわけでは・・・!」
「分かってるよ。もしもの話・・、もしも君と私が付き合ってたら。」
翔蓮寺さんは楽しそうに、それでいて何か俺を試すように質問してくる。
俺と翔蓮寺さんが付き合うなんて言うのは、全く想像出来ないが、もしも・・、もしもの話で言うならば答えは決まっている。
「そうですね・・・、もしも・・、もしもですよ?もしも、そうだとしたら・・・。やっぱりさっきと同じように答えると思います。好きな人は大事にしたいですから。」
「ふ〜ん、幸せ者だね?君の彼女になる人は・・。」
翔蓮寺さんはとても穏やかな表情で静かにそう言った。
あまりに綺麗で見惚れてしまうような、そんな表情で・・・。
「そ、そうですかね?なんか恥ずかしいですけど。」
俺が頭をかきながら照れ臭そうにそう言うと、翔蓮寺さんは先程と同じように俺の耳に顔近づけてきて・・、
「ま、私に誘惑されても我慢できればの話だけどね?」
「なっ!?!」
艶やかで色っぽく、それでいて囁くように、吐息がかかりそうな距離でそう言った彼女は、妖艶に笑っていた。
まるでASMRを聞いた時のように体がぞくぞくするような感覚に襲われて、俺は思わず耳に手をやってしまう。
「さ、続きやろっか。」
翔蓮寺さんは、すぐにいつもの笑顔に戻ってそう言う。
我慢できる・・・、よな?俺ッ!!!
源之助くん、もはや満身創痍…、
源之助くん頑張れ!!と思った方は評価・コメント等して頂けると嬉しいです!!
よろしくお願いします!!