グリコ
腕相撲で敗北し、男としての尊厳を失った男こと朝日源之助だ。
今日の俺は普段からの学びを得て、教室で翔蓮寺さんに捕まる前に廊下に出ることに成功した。
翔蓮寺さんはクラスメイトの大多数が教室から居なくなった後、俺の所へやってくる傾向にある。
そこで今日の俺は、帰りのホームルームの時点で全ての持ち物をリュックに入れ終え、帰りの挨拶をすると同時に教室を出てきた。
今頃、翔蓮寺さんはいつも一緒にいる2人・・、たしか、明星瑞稀さんと望月栞さん、と楽しくお喋りでもしている頃だろう。
あの2人と一緒にいる翔蓮寺さんを見ると、やっぱり彼女は俺なんかとは違う雲の上の存在なんだなと思い知らされる。
なんかこう、オーラみたいなものが一般学生とは違うのだ。
とまぁ、そんなことは置いといて、今日こそは翔蓮寺さんに邪魔されることなく家に帰れそうで良かった。
そんなことを考えながら歩いていると、廊下などすぐに過ぎてしまうもので、ちょうど階段に差し掛かろうかという所まで来ていた。
「わっ!」
「うわぁあああッ!」
いきなり階段の影に隠れていたのだろう、何者かが飛び出てきて、俺は思わず絶叫してしまう。
「ぷッ!あははははッ!源之助くん、声でかすぎ。」
「し、翔蓮寺さん!?」
なんと階段の影から出てきたのは、まだ教室にいる筈の翔蓮寺朔夜その人だった。
何がそんなに面白いのか、涙を拭きつつ腹を抱えて笑っている。
「なんでこんなとこいるんですか、翔蓮寺さん!めっちゃ声出ちゃったじゃないすか!」
「ホントに!みんなにめっちゃ見られてたよ?ウケる。」
「ウケませんよ!何やってんですか、全く。」
翔蓮寺さんは、ごめんごめん!と言いながらもまだ笑っている。
相も変わらず可愛い笑顔だな…、チクショウ。
自分が笑われているというのに、怒りの感情すら湧いてこない、一体どうなっているのだ。
しかし、顔がいいとなんでも許してしまいそうで怖いな・・・。
まぁ翔蓮寺さんの場合、顔の良さもそうだが性格とか振る舞いとかそういうの全部ひっくるめて許せてしまうんだろうなぁ。
このままでは、いつか翔蓮寺さんは法律の壁をも越えてしまうのでは・・!?
いやいや、そんなことは今、全然関係なかった!
「ごめんってば。でも、私から隠れて帰ろうとした君も悪いから、お互いさまね?」
「うっ、バレてたですか、今回は上手くいったと思ったんすけど。」
「まぁ、君大きいからね。教室出て行ったのすぐ分かったし。」
なるほど、このでかい図体が仇になってしまったか。まぁ、でかいとは言っても180に届かない程度だが…。
「ん?じゃあ、いつの間に先回りを?」
「ああ、なんか考えごとしてたみたいだし。普通に後ろから追い抜いた。」
そうだったのか!我ながら、なぜ気づかなかったのか!
これからは、よく回りを見て歩くことを心がけねば。
「そうだったんですか。じゃあ、俺はお先に・・。」
「ちょっと、帰すわけないでしょ?」
翔蓮寺さんは、俺の腕をガシッと掴んで離そうとしない。
「そ、そう言われてもっすね…。俺には今日大事な用事が・・・。」
「へぇ〜、どんな?」
「き、筋トレを・・。」
「よし、じゃあ今日は何しよっか〜。」
くっ!速攻で遮られてしまった!
もはや、翔蓮寺さんの中で筋トレ=暇という方程式が確立されてしまっている。
「そうだ!せっかくここまで歩いて来たんだし、階段使ってグリコでもしない?」
グリコと言えば、誰しもが小さい時にやったことがあるだろう遊びだ。
じゃんけんをして勝った方が、出した手の文字数だけ進むことができ、先にゴールに辿り着いた方が勝ちという遊びだ。
ちなみに、グーがグリコ、チョキがチョコレイト、パーがパイナップル、ということになっている。
なぜ、そうなっているのかは謎だが。
「結構懐かしくない?久々にやったら楽しいかもよ?」
「いや、あの…。俺、やるとは一言も・・。」
「やる!・・でしょ?源之助くん?」
翔蓮寺さんは笑顔のままなのだが、その言葉には、しないとは言わせない圧が込められていた。
流石は、スクールカーストトップに立つギャルだ。翔蓮寺さんに圧をかけられたら最後、ノーと言える学生はそうそういないだろう。
しかし、この朝日源之助には通用しない・・・。
とかではなく、普通に笑顔が最高すぎるので断れない・・・。
それに、グリコはどちらかが先にゴールすれば終わるという簡単な遊びだ。
早々に終わらせて仕舞えば、そんなに時間もかからないだろう。
「一回だけっすからね?」
「うんうん、そうこなくっちゃね?」
ここにきて、ようやく腕を離してくれるようだ。
「さて、さっそくと言いたいところだけど…、今は人も多いし危ないよね…。人が少なくなるまでちょっと教室で時間潰そっか?」
「え、それじゃあせっかくここまで来たんだし、グリコしようってのが破綻するんじゃ・・・。」
「男の子が細かいこと気にしないの。ほら、教室戻るよ!」
「えぇ〜・・・。」
〜30分後〜
「でね?そこで瑞稀が思いっきし、コケちゃって!私達、もう爆笑でさ!」
「確かに、それは笑っちゃいますね!」
流石はカーストトップ女子の翔蓮寺さん、話し方も起承転結がしっかりしていて上手だし、何よりも話が面白い。
これだけ容姿端麗なうえに、話まで上手いとなるともはや欠点がないのでは・・・?
これでは無限に話を聞けてしま・・、じゃない!
俺達はグリコをする為に時間を潰していたのではなかっただろうか?
知らない内にもう30分も経ってしまっている。
流石にもう部活をしている生徒達以外はほとんど帰ってしまっているだろうし、階段でグリコをするくらいなら誰の邪魔にもならないだろう。
と言うか、グリコをする為に時間を潰すってなんだ?
いやいや、ここまで来たらそんなことはどうでもいい。とにかく、翔蓮寺さんにこのことを伝えなければ…。
「あ、あの〜、もうそろそろグリコしてても邪魔にならない時間帯かと・・・。」
「あっ!そういえば、そうだったね。なんか楽しくて忘れてた。」
翔蓮寺さんは、それじゃいこっか!と言うと、席を立ち上がって教室を出て行く。
くぅ、帰りのホームルームから30分経過して、今からグリコか…。
仕方ない、さっさとグリコを終わらせてすぐ帰宅させてもらうとしよう。
俺が廊下を歩いて階段までたどり着くと、翔蓮寺さんは先に着いていて、こっちこっち!と手招きをしていた。
「じゃあ、軽くルールだけ決めよっか?」
「了解です。とりあえず、先に1階にたどり着いた方が勝ちってことでいいっすよね?」
俺達2年の教室はこの棟の2階と3階にかけて配置されており、俺と翔蓮寺さんの2年4組は3階に位置しているので、1階に辿り着くには、2階と、2つの踊り場を越えなくてはならない。
「そうだね。後は・・、じゃんけんに勝つ以外で階段を登るのも降るのも禁止。これは、一回でも破ったら負けね?」
「一回でも…。まぁ、それってズルですもんね。それで大丈夫っす。」
一回でも破れば負けというのは少々厳しすぎる気がしないでもないが、そもそもルールを破るつもりはないので、これはあまり気にしなくていいだろう。
「一応、どの手が何歩か確認しとく?」
「そうっすね。えと、グーがグリコで3歩で、チョキがチョコレイトで6歩…。」
「で、パーが〜、ん?パー?ぱ…、ぱ…、ぱい…、ぱい…、あ!おっ○○!」
「そんな卑猥な言葉出てこないです・・・。」
その後、しっかりとパーのパイナップルも思い出して頂き、ルールの確認は終えることが出来た。
「後は、いつもの勝利報酬ね?」
「俺はいつも通り真っ直ぐ帰宅させて頂きたいっす!」
「相変わらずだなぁ。じゃあ、私はさっきのお喋りの続きをみっちり付き合ってもらいます!」
なるほど、やはり今日も今日とて負けて仕舞えば、真っ直ぐ家に帰宅する道は阻まれてしまうようである。
「じゃあ、スタートっすね。」
「負けて泣きべそかくなよ〜?」
「望むところっす!」
遂に始まるグリコ対決・・・。今度こそ源之助は翔蓮寺さんに逆らうことが出来るのか・・・!?
次回へ・・、




