腕相撲
「腕相撲しよっか?」
「はい?」
放課後、クラスのみんなが散り散りに教室を出ていく中、リュックに教科書を詰めていた俺、朝日源之助は、およそギャルからはあまり出ないであろう提案に思わず動きを止めてしまっていた。
「腕相撲…、ですか?」
「そう、腕相撲。」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。翔蓮寺さんは、胸の前で両手を開いたり閉じたりしながら、屈託のない笑顔で笑っている。
謎だ。なぜ腕相撲などを急に俺と…?
そして、この屈託の無い笑顔。いつもの妖艶な笑みとはまた違い、爽やかで、それでいてとても可愛らし…。
ではなく、一体何を企んでいるのやら…。
この小悪魔は油断も隙もないからな、この屈託の無い笑顔でさえも何か裏があるのではと疑ってしまうほどだ。
ここ最近、なんやかんや結局丸めこまれて筋トレの時間を削られてしまっているし、今日こそは、真っ直ぐ家に帰って筋トレをしたい!
「悪いっすけど、今日こそは帰って筋トレをしないといけないんで。すんません…。」
「えぇ〜、冷たいなぁ〜。一回ぐらい付き合ってくれてもいいんじゃない?」
翔蓮寺さんは、不服そうに頬を膨らませる。
正直、めちゃくちゃに可愛いがここで折れる俺ではない。
いくら、翔蓮寺さんが俺のどタイプの女の子であろうと、別に女性への苦手意識が和らいだりする訳ではないし、怖いという感情は常にある。
それに、昨日は流れるように手を握られてしまったが、本来女性の手を握るなどと言うことは、俺にとっては、かなりハードルが高いものだ。
手を握りあった瞬間に、大声でも出されたものなら、俺の学生生活…、いやそれどころか社会的に終わらされてしまうだろう。
うん、やはり危険だ。絶対にこの誘いに乗ってはいけない!
「その…、そもそもなんすけど。俺と腕相撲しても結果は見えてるって言うか、女の子同士でやった方が楽しいかと…。」
「ふ〜ん、強気だね?でも、私も結構自信あるんだ〜。」
翔蓮寺さんは、負けないよ!とでも言うように肩を回し始める。
あれ?おかしい…。今のは、遠回しに断ったつもりだったんだが…。どうやら、逆に火に油を注ぐ形になってしまったようだ。
それにしても、翔蓮寺さんは肩を回す仕草さえも様になるな…。そういえば、彼女は運動神経も抜群だと聞いたことがある。
まさか、本当に俺に勝てる自信が!?
いやいや、そんなことはどうでもいい!
とにかく、今回はしっかりと断られなければ…。
「とにかく、俺はやらないっすからね!じゃあ、俺は帰りますんで、翔蓮寺さんも気をつけて帰ってください。」
「あれ、ほんとに帰っちゃうの?いいのかなぁ〜、今帰ると私の勝ちになっちゃうけど…?」
ふふッ!あまいな、翔蓮寺さん!
俺は、そんな安い挑発に乗る男ではない。
「良いですよ?勝ちは翔蓮寺さんにあげます。」
よしっ!決まった!
我ながら褒めてあげたい、今日こそあの翔蓮寺さんに逆らって、思う存分筋トレを楽しむことができる!
こうなった以上、流石の翔蓮寺さんも諦める他ないだろう。
「いいんだ…。じゃあ私、明日クラスの皆んなに自慢しちゃおっかな?放課後、源之助くんに腕相撲に勝ったんだって。」
なるほど、そう来たか。しかし、それも俺を引き止める理由にはならないよ、翔蓮寺さん。
確かに、男子が女子に腕相撲で負けたとなれば、かなりの辱めだ。
もう校内を男として胸を張って歩くことは出来ないだろう。
しかし、俺はその辱めを甘んじて受けよう!これぞ、試合に負けて、勝負に勝つというものだ。
俺の目的は、極力女子に関わることを避けつつ、俺なりに楽しく高校生活を送ること、それを思えばこれくらいの不名誉は痛くも痒くもないのだ。
「分かりました。好きにしてくださいよ。じゃあ、俺は帰り…、、。」
ん?いや、待て…。本当にこれでいいのか…。何か、見落としているような気が…。
「そう?じゃあ、しっかり皆んなに伝えとくね?」
「私と君が・・、2人きりで・・、お互いの手と手を絡ませあって・・、相手(の腕)を押し倒す遊びをしたんだって…。」
「な、何ですって!?!」
なんだ今の間違ってはないがめちゃくちゃに語弊のある言い方は!?
しかも、あの妙に艶っぽい言い方!あんな伝え方をされたら何やらいかがわしいことをしていたみたいに聞こえるではないか!
まずい、これは非常にまずい!
軟弱男のレッテルだけならまだしも、あの翔蓮寺さんといかがわしいことをしたみたいに思われるのは非常にまずい!
男女問わず人気があり、かなりモテると評判のあの翔蓮寺朔夜だ。
それが、何処の馬の骨だか分からない4軍陰キャモブ男であるこの俺に汚されたとあらばそれがどのような結果になるかは明白である。
消される…。この学校で居場所を失ってしまう。
それだけは、それだけは避けなくては!
「ま、待ってくださいよ!そういう言い方をされると困ります!」
「ん?何のことかな?それに、負けを認めた君に文句を言う資格はないんじゃない?」
翔蓮寺さんは、意地の悪い笑顔で楽しそうにこちらを見ている。
「ぐぬぬ、分かりました。腕相撲、一戦だけなら受けて立ちます…。」
「へぇ〜、受けて立つねぇ〜?別に無理にやってくれなくても良いんだよ?結構、嫌がってたみたいだし。」
翔蓮寺さんは、俺の机に腰掛けて、ゆっくりと足を組みながらそう言った。
学校の指定よりかなり短くなったスカートから出る白く、細く、長い足を組み、両肘を抱えるようにして組んだ状態で座る翔蓮寺さんは、まるでどこかの女王様のような風格だ。
「俺が、翔蓮寺さんと腕相撲やりたいっす…。やらせて下さい!」
「ん、じゃあやろっか?」
一体いつの間に立場が逆転してしまったのか、やはり俺では翔蓮寺さんに逆らうことなど出来ないのだろうか?
いや、だがまだだ!
勝負には負けたが、試合に勝って、ダメージを最小限に抑える方法が俺にはある!
「でもその前に、俺に二つ勝利報酬をつけることを認めて欲しいっす。」
「勝利報酬?」
「はい。もし俺が腕相撲に勝ったあかつきには、腕相撲はこの一回限りで終わること、それと、俺と腕相撲をしたことを一切口外しないことを約束してほしいです。」
「なるほど…、いいよ?もし君が勝ったら、腕相撲は終わりにして帰らせてあげるし、一切口外もしない。」
よし!思ったよりあっさり承諾してくれたな。
もしかして、ほんとに腕相撲したかっただけなのか?
しかし、これで俺は腕相撲に勝ちさえすれば、帰って筋トレもできるし、学校に居られなくなることもなくなる。
翔蓮寺さんと手を握るリスクは負ってしまうが、仕方がない。ここまで来たら、腕相撲をするのは避けて通れない道だ。
「あざっす。でも、このままじゃ不公平なんで、翔蓮寺さんも好きな報酬つけてもらっていいすか?」
「ああ、そっか!じゃあ、私が勝ったらジュース一本奢って?」
「いいっすよ。それだけでいいんですか?」
「うん!ちょうど喉乾いてたんだよねぇ〜。」
もっと無理難題をつけられるかと思っていたが、そうでもなかったようだ。
まぁいい、こちらとしては好都合だ。
正直、腕相撲に負ける気はしないし、さっさと終わらせて帰宅させてもらうとしよう。
「よし!じゃあ、さっそくヤろっか?」
翔蓮寺さんは、椅子の背もたれを前にして跨るようにして座ると、おいでという風に手招きをする。
誤解を招くような言い方はやめて欲しいが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「手加減はしないっすよ?」
俺も自分の席に座り、真っ直ぐに彼女を見据える。
この勝負、絶対に勝って今日こそ翔蓮寺さんに逆らって見せる!
腕相撲の勝負の行方はどうなっていくのか…、
もうすでに、逆らえてないのでは?と思う方は評価・コメント等、して頂けると嬉しいです!