ヒーローは遅れて来る
翔蓮寺さんに女性への苦手意識克服の協力をしてもらえるように約束した次の日、俺はいつもより清々しい気持ちで学校生活を過ごしていた。
過去を翔蓮寺さんに話したことで少し楽になれたのと、翔蓮寺さんという心強い味方が出来たことで心に余裕が出来たのだと思う。
主に守皇さん関係で目下解決しなければならないことは幾らかあるが、それも何とかなるのではないかと思えてきた。
それほどまでに、昨日の翔蓮寺さんとの出来事は俺にとって大きなことだったのだ。
それに、昼休みはかなり重要な話も聞くことが出来た。
俺の中の気持ちの整理もきっちりとついているし、彼女とは近い将来きっちりと話をつけるつもりだ。
それはきっと、俺にとっても彼女にとっても大切なことだから・・・。
っとと、そんなことを考えている間に元ヤン先生の帰りのホームルームがいつの間にか終わってしまっていた。
元ヤン先生が教室を出て行ったのを皮切りにクラスメイト達も談笑をしながら帰り支度を始める。
そういえば昨日の別れ際、翔蓮寺さんが明日はさっそく女性克服の為の特訓をするから教室に残っているようにと言っていたな。
正直帰って筋トレをやりたい気持ちはあるが、せっかく翔蓮寺さんが協力してくれるというのにそれを無碍にするわけにはいかない。
何より、俺から翔蓮寺さんに協力を頼んだのだ。
自分から特訓を頼むくらいの気持ちで挑まなくてはならない。
それにしても、女性を克服する特訓とはどのようなことをするのだろうか?
俺はてっきり翔蓮寺さんが女生徒と話すきっかけを作ってくれたり、女友達を紹介してくれたりといった感じの協力を想像していたのだが、どうやら放課後に2人きりでやる特訓ということらしい。
うむ、全く検討がつかない。
まぁ、あの翔蓮寺さんのことだからとてつもない効果を生む特訓をしてくれるに違いないとは思うのだが。
ガラガラガラ
「ん?」
すると突然、教室の後方の扉が大きな音を立てて開け放たれた。
「お邪魔するわよ。」
聞き覚えのある凛とした声と同時に教室に流れ込む背筋を正されるようなピンッと張り詰めた空気。
俺はこの王者の気風とも言うべき空気を醸し出せる人物をこの学校で1人しか知らない。
思わず扉に目をやると、案の定そこに立っていたのは、綺麗なストレートロングの黒髪をたなびかせて仁王立ちする守皇真宵その人だった。
その上、今日は何故か長身の男子生徒を2人引き連れて来ている。
胸に金色のバッチを付けているところを見れば2人とも生徒会執行部のメンバーなのだろう。
近いうちに守皇さんとは話をつけなければとは思っていたが、まさかこんなに早くいらっしゃるとは・・・。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、我らが2年4組のクラスメイト達は颯爽と俺に歩み寄る守皇さんを羨望の眼差しで見つめている。
視界の端にチラリと写った翔蓮寺さんも、少し驚いたような表情で彼女を見つめていた。
「こんにちは、源之助。昨日ぶりね?」
守皇さんは俺の席までやってくると、座っている俺を見下ろすようにしてそう声をかけて来た。
「こ、こんちはっす。」
出来るだけ笑顔で返事はしてみたものの、緊張が出てしまったのかひきつった笑顔になってしまった。
しかし、俺の言葉に反応したのは何故か後ろで控えるように立っていた2人の男子生徒だった。
「こん・・?」
「ちはっす・・?」
2人とも眉間に深い皺を刻み、語気を強めた言い方でこちらを睨んでくる。
いや、怖ッ!!生徒会、怖ッ!?!
俺の挨拶の言い方が良くなかったのか?
2人ともすっごい形相でこっち睨んでるんだが・・!?
守皇さんは優しげに微笑んでいるのに、後ろの2人の顔が怖すぎて台無しなんですが!?
「今日も一日お疲れ様。元気そうで何よりだわ。」
しかしそんな状況でも、守皇さんは構わず会話を続ける。
後ろの2人が気になってしょうがない俺は、守皇さんとの会話に集中することが出来ない。
「あ、はい。あざっ・・」
「「あ"ぁあ?」」
今度は食い気味に、般若のような表情で凄んでくる。
その恐ろしい表情には、守皇副会長と馴れ馴れしく喋ってんじゃねぇ!という無言の圧が込められていた。
むぅ・・・、この2人のせいで喋りづらすぎる。
何か失言でもしようものなら殺されそうな勢いだ。
生徒会ってこんな怖い人達の集まりなのだろうか・・・。
まぁ、でもそれ程までに守皇さんは生徒会のメンバーに慕われているということか。
「貴方達・・・。」
2人を気にしている俺に守皇さんもようやく気づいたのか、後ろで付き従うように立っている2人に振り返る。
「源之助との会話を邪魔しないでくれるかしら?次、何かしたら・・・、分かってるわね?」
「「はい・・、申し訳ありません!」」
守皇さんのその凍えるような冷たい声に、2人は冷や汗をかきながら頭を下げた。
あんな怖い2人組を一瞬で黙らせるとは、流石は生徒会副会長といったところか。
これで幾らか話しやすくなった、まだ2人ともうっすら睨んでるような気もするが、ああいう顔の人達なのだと思うことにしよう。
「ごめんなさい、源之助。この2人は後で躾けておくから気を悪くしないでね?」
「いえいえ、俺は大丈夫・・です。」
正直、この2人を一瞬で黙らせた守皇さん方が怖いとは口が裂けても言えない。
「あの、ところで今日は一体何の用で?」
「今日は個人的な用事ではなくて、生徒会の仕事としてあなたに会いに来たの。」
「生徒会の仕事・・、ですか?」
生徒会の仕事・・・、てっきりあの告白?関係の話だろうと思っていたのだが違うのだろうか。
「ええ、あなたに生徒会監査の聞き取りを行いたいの。一緒に来てくれるかしら?」
生徒会監査?よく分からないが、何かしらの問題がないかの監査をされるということだろうか。
いやいや、なんでだ!?!
俺は生徒会に目を付けられるような事は何もしていない筈だ!
「俺、なんかしましたかね・・?生徒会に監査されるような事をした覚えはないっつうか・・。」
「監査される理由を知りたいんすけど・・。」
俺が恐る恐るそう質問すると、守皇さんは少し周り見渡してそっと俺に顔を近づけてきた。
「ここで言っても構わないのだけど、あなたに不純異性交遊の疑いがあるだなんてこんなにクラスメイトがいる中で言っても大丈夫なのかしら?」
守皇さんは俺の耳元で囁くようにそう言った。
「ふ、不純異性交遊!?!」
「お、俺はそんなことは一度も・・・!」
そんなことは俺には一切心当たりがない。
そもそも、女性に苦手意識があるせいで女性には縁がない生活を送っている俺にそんなことをできる訳が・・・。
「あら、そうかしら?」
守皇さんはそこまで言うと、今度は元の体勢に戻ってクラス全体に届かせるような声で、
「最近、立ち入り禁止のはずの屋上で風紀を乱すような行為をしていた男女がいたという噂があるの。それを君が目撃している可能性があるわ。ぜひ、情報提供をお願いしたいの。」
守皇さんは、俺にだけ見えるようにそっとウインクをする。
「そ、それは・・・。」
守皇さんの言葉に、クラスメイト達はザワザワと騒ぎだす。
俺たちは、高校生活にも慣れが出てきた高校2年生だ。恋愛云々には一番関心がある年頃なのだ。
嬉々として騒ぎ始めたクラスメイト達とは対照的に、俺は昨日の昼休みを思い出し、額に冷や汗を浮かべていた。
間違いなく彼女が言っているのは、あの日の昼休みの俺と守皇さん自身のことだ。
やはり彼女がやってきた目的は、あの日の告白?のことについてだったらしい。
しかし、なぜわざわざ生徒会メンバーまで連れてきて、こんなクラス中に注目されるような方法をとるのか。
何よりも、屋上にいた男女というのが俺と守皇さんであることを他の生徒たちに知られることが一番やばい!
守皇さんはうちの高校でも翔蓮寺さんと肩を並べるほどの人気がある人だ。
それが、こんな4軍陰キャモブ男と何やらしていたとあらば大騒ぎになるに違いない。
「噂では、女生徒の方はきれいなストレートロングの黒髪で、男子生徒の方は短髪で背が高いのが特徴だそうよ。」
守皇さんが出した新しい情報にクラスメイト達はより一層騒ぎ出す。
「ストレートロングって副会長も当てはまってないか?」
「バカ、そうなら自分で言うわけないでしょ?副会長の彼氏なんて相当の男じゃないと無理よ。」
そんな会話も耳に入り、いよいよ感のいい生徒たちは気づいてしまいそうな勢いだ。
うぐぐ・・・、ここは誰にも勘づかれる前に、素直に従って教室を後にした方がよさそうだ。
「あ、ああ~。そ、そういえば、俺確かに見たかもしれないっす。俺でよければ全然話しますよ?」
精一杯の自然な演技をして、これ以上守皇さんが何か言う前に話を遮った。
「そう。情報提供感謝するわ。それじゃあ、行きましょうか?」
守皇さんは自然な笑顔でそう言うと、後ろで控えていた二人に目配せをする。
すると二人は、俺の両脇を抱えるようにして俺を抱え上げた。
「え?」
「ふふ、気にしないで。万が一の為よ。」
「ええぇぇぇー-----。」
こうして俺は、まるで捕えられた宇宙人のように生徒会に連行されることになったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺が引きずられるようにして連れてこられたのは、校舎の端の方にある空き教室だった。
てっきり生徒会室にでも連れて行かれると思っていたのだが、何故こんな何もない教室に連れて来られたのだろうか。
空き教室は普段使われていない為か、机や椅子が後ろの方に積み上げられており、一つの机と向かい合わせにした二つの椅子だけが真ん中に置かれていた。
「さて、もう良いわよ。外してくれる?」
「「はい!」」
俺を椅子に座らせたのを見届けると、守皇さんは強面2人組に席を外させた。
そしてそのまま、俺の向かいの席にゆっくりと腰を下ろす。
「あ、あの・・、なんでこんな空き教室に?」
聞きたい事はたくさんあるが、とりあえず目下の疑問をぶつけてみることにする。
「ん〜、そうね。特に理由はないけれど、強いて言うならば人通りがなくて見つけにくいからかしら?」
彼女の怪しげな笑みに俺は思わずゴクリと唾を飲み込む。
人通りがなくて見つけにくい?なんでそんな教室を選ぶ必要があるんだ?
「これ、本当に生徒会監査なんすよね?」
「・・・・・・・。」
守皇さんはこれには答えずにゆっくりと脚を組み、ふぅと一息ついた。
「あら、今日は結構冴えてるじゃない。あの頃は超が付くほどの鈍感君だったのに。」
「ってことは、やっぱり・・。」
「ええ、生徒会監査なんて嘘よ。あなたには不純異性交遊の疑いなんてないし、さっきの彼らには個人的に付き合ってもらっただけ。」
やはりと言うかなんと言うか、生徒会監査というのは俺をここまで連れてくる為の嘘だったようだ。
生徒会監査が嘘なのならば俺を生徒会室に連れて行くわけには行かなかっただろうし、こんな空き教室に連れて来られたのも納得がいく。
「まぁ、あれだけ大袈裟にやって見せたのだから気付いて貰わなくちゃ困るのだけど・・・。」
「もう要件は分かっているわね?私の要件は、昨日の昼休みの続きよ。」
彼女の本当の要件を知り、俺の体に緊張が走る。
遂に、彼女としっかり話をつける時が来たのだ。
正直、まだ彼女と面と向かって話をできる自信はないが、これも弱い自分を変える為に必要なことだ。
覚悟を決めろ!俺!
「お、俺も、守皇さんと話したいと思ってました。」
「そう。あなたも私と同じ気持ちだったのね?嬉しいわ。」
うう・・・、やっぱり守皇さんに真っ直ぐ目を見つめられると、体が硬直してしまいそうになる。
女性苦手意識を克服する、守皇さんときっちり話をつける、そう覚悟を決めたのは良いものの、まだ俺自身は何も変わってはいないのだ。
女性と関わるのが怖い、敬語で自分を守らなければ話すら出来ない。そんな自分のままだ。
いや、ダメだ!弱気になるな!
自分を変えると決めたのは他でもない俺自身だろう!
こうなったら荒療治だ。
今この瞬間から弱い自分を変えればいい。
俺には翔蓮寺さんもついているんだ!
「守皇さん!昨日の告白の返事だけど、俺は君の気持ちには・・・。」
そこまで言いかけた時、俺の唇に守皇さんの人差し指が押し当てられた。
「んぐっ!・・・?」
「ダメ、そんなに焦って答えを出さなくても良いのよ?源之助。」
勢いで言い切ってしまうつもりが、思わぬ形で遮られてしまった。
守皇さんはそう言って俺の唇から指を離すと、椅子から立ち上がって俺の方に回ってくる。
「中学の頃から何度も言ってきたわよね?最後までお願いを聞いてくれたら、結婚してあげる。」
確かに、あの頃から何度も耳にしたセリフ。
過去の出来事が蘇り、体が少しずつ硬直していく。
「これが最後のお願いよ、源之助。これを聞いてくれたら、晴れて私たちは結婚。」
守皇さんは座っている俺の膝にそっと腰を下ろす。
まるでお姫様抱っこをしているような形だ。
「す、守皇さん!?」
彼女の甘い匂いが鼻腔をくすぐり、膝に柔らかな感触が伝わってくる。
「私の心も体も全てあなたのものになるわ。」
俺を上目遣いに見つめて、吐息まじりに囁く。
近いッ!甘いッ!柔らかいッ!
女の子ってこんなに凄いのかッ!
彼女に俺の想いを伝えなければならないのに、もう頭の中がぐちゃぐちゃで考えが纏まらない!
「私、きっといい妻になるわよ?源之助が望むなら何だってしてあげる。」
守皇さんの両腕がするりと俺の首に回される。
「そう、例えば。夜の事とか・・・。」
さっきから胸の動悸が止まらないし、顔も燃えるぐらい熱い。
彼女の綺麗な顔が数センチほどの距離にあって、その輝く瞳に吸い込まれそうだ。
「ふふっ!顔真っ赤にして、可愛いわ源之助。」
くそ、完全に守皇さんのペースに呑まれてしまっている。
どうにかしてこの状況を・・・、
「さて、じゃあそろそろあなたの答えを聞かせてもらいましょうか?」
「返答は昨日と同じ。私がキスをするまでに答えを聞かせて?」
そう言って守皇さんはそっと瞳を閉じる。
「ちょ、ちょっと待っ・!」
俺の静止を無視して、彼女の瑞々しい唇がゆっくりと近づいてくる。
今すぐにでも彼女を引き離さなければいけないと言うのに、硬直した体が全く言うことを聞いてくれない。
やっぱり、女性苦手意識が直っていない俺では彼女と話をつけることなど無理だったのだろうか。
彼女の唇が数ミリの所まで近づいている。
だ、誰か!翔蓮寺さんッ!!!
その瞬間、俺の頭に真っ先に浮かんだのは笑顔を向ける翔蓮寺さんの姿だった。
ガララララッ!!!
「ちょっと待ったぁッ!!!!」
激しく開け放たれた扉と共に、そんな声が俺と守皇さんと2人きりだった教室に響き渡る。
「翔蓮寺さんッ!!!」
「あら、ようやくご登場ね。」
そこに現れたのは、激しく息を切らした様子で佇む、翔蓮寺朔夜その人だった。
「助けに来たよ、源之助くん。」
次回、朔夜vs真宵、直接対決!
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