悪役の覚悟
「会長。お言葉ですが、私は今更会長に指導して頂くようなことはないと思うんですが。」
真宵は、心外だというような表情でそう言う。
「私が指導するのは、生徒会に関することじゃなくて君の恋愛に関することだよ。君の恋愛偏差値があまりにも低いと分かったからね。」
「むっ!私のどこが恋愛偏差値低いんですか。失礼にも程があります。」
「自分の犯した間違いに気付いていないという所がだよ。それとも、気づかないふりをしているのかな?」
かなりキツイ言い方に聞こえるが、これが神童陽凪の真骨頂でもある。
「いずれにせよ、君がこのまま間違いに気づかずに手遅れになってしまえば、貴重な生徒会長候補を失いかねない。」
「それだけは、私立翔星高校生徒会長として阻止しなければならないからね。」
陽凪のモモちゃんを撫でる手に少し力がこもる。
「そこまで言うなら・・、聞きます・・。」
真宵は、不満を全面に押し出しながらも渋々承諾する。
「真宵の間違いのきっかけははっきり分かっている。間違いなく、源之助くんが後輩の女生徒と親しくしている所を目撃してしまったことだろう。」
「その時から君の中の不安がより大きくなり、源之助くんを失う恐怖へと変わった。嫉妬と恐怖が入り混じった君の感情は大きく膨れ上がり、その行動をも歪ませてしまったんだ。」
陽凪の鋭い視線が、真宵を射通す。
「はぁ?私があのメスに嫉妬?あり得ません。」
「それだよ、真宵。」
「はい?」
「君は不安に思っていれば思っているほど、虚勢を張って自分を鼓舞するきらいがある。」
「君はいつも自信過剰に振る舞っている反面、誰よりも自分に自信がない。だから、そうやって虚勢を張る癖がついているんだ。」
「まぁ君の場合、普段はそれがプラスに働いているようだがね。君の不安は杞憂であることが多いし、実際優秀だしね。だが、恋愛方面においてそれはマイナスになってしまったようだ。」
「虚勢?いいえ、会長。これは私の経験に基づく事実です。実際源之助は私を選んでくれましたし、私が彼女に嫉妬する必要なんてないんですもの。」
「ああ、だからそう言っている。彼の気持ちの確認なんて、する必要が無かったんだよ。しかし、君はその不安や嫉妬に勝てなかった。そして、結果彼を傷つけた。」
「ッ!・・・・・・。」
真宵は、ハッとしような顔をして押し黙る。
「この際、はっきり言おう。君がしたことは、「愛の試練」だなんてそんなロマンティックなものじゃない。ただ自分勝手に彼を傷つけただけの行為だ。」
「それは・・・。」
陽凪はまるで犯人を追い詰める探偵のように、真宵を言葉だけで追い詰めていく。
「本当は真宵だって気付いているんだろう?自分が犯した間違いに。」
「そして彼が今、君をどう思っているのかも。だから、君は「源之助は私を愛している」だなんて虚勢を張って気づかないふりをしている。」
「違います・・・。源之助は私を。」
「ではなぜ、彼は卒業してから一度も君に会いに来なかった?なぜ、敬語で君と話す?それは君を・・・。」
「分かっていますッ!そんなことッ!」
陽凪の言葉を遮るように、真宵が声を荒げる。
真宵は自分から出た声に一瞬驚いたような表情をして、すぐに顔を陰らせた。
「自分の行動が間違っていたことも、彼が私を避けていることも全部分かってます。」
「でも今更、どうしろと言うんですか?私は彼を自分勝手に傷つけました。彼が女性に対して敬語で話すようになったのはきっと・・・。」
真宵は悲痛な表情を浮かべる。
「真宵にこっ酷く振られた上、関係のない女子に散々攻撃された。しかも、それが真宵自身の指示によるものだと知ってしまっていたとしたら・・・。」
「今までの君のお願いも利用されていただけなのだと思うかもしれないな。女性そのものにトラウマを持っていたとしてもなんらおかしくはない。」
陽凪は表情を変えることなく、淡々と事実だけを述べていく。
「何度も諦めようとはしました。でもダメなんです。」
「私には彼が必要です。誰にどんな誹りを受けようとも、彼を愛し続けると決めたんです!」
「そんな最低な私に彼を愛する資格はないでしょうか?」
「ここまでしておいて、まだ源之助の隣に居たいと願う私を会長は軽蔑しますか?」
真宵は、真っ直ぐに陽凪を見つめる。
「残酷だとは思う、源之助くんにとってはね。だが、真宵を軽蔑はしない。」
陽凪の貫くよな視線が少し柔らかくなる。
「私は君がどのような人間かよく知っているからね。決して、悪意を持って人を傷つけようとするような人間じゃない。大切な人なら尚更だ。」
「それに君のその厄介な性質は、幼少期から自分を偽って生活をし続けた結果、形作られたものだ。」
「君の奥底に眠る拭いきれない卑屈さは、君の家庭環境とその人生による弊害。ある意味で、君は被害者でもあるんだよ。」
真宵の偽り続けた人生は、奥底に眠る卑屈さとそれを拭おうとする偽りの自信という相反する感情が併存するという歪な性質を真宵の中に色濃く残してしまった。
そして同時に、誰もが享受するであろう両親からの愛を知らぬが故に、愛し方、愛され方が真宵には分からなかった。
それを鑑みても、真宵は家庭環境の、愛情の被害者でもあると陽凪は考えていた。
「それに、もう誰が止めたって君は止まらないんだろう?君の中でもうすでに「彼を愛することをやめない。」と決めてしまっている。」
陽凪の言葉に、真宵はうんと力強く頷く。
「だが、覚悟はするべきだ。君の大切な源之助くんに嫌われる覚悟をね。」
「それ程に過酷な道を君は歩もうとしているんだ。君がこの道を選んだ結果、互いに傷つけ合って終わる可能性だってある。」
「ここで君が彼を諦めるよりも、もっと辛い結果が待ってるかもしれないんだ。君が彼を愛し続けるということは、そういうことだ。」
真宵は陽凪の言葉を聞き終えると、黙って陽凪に背を向け、立ち上がった。
「まったく、ほんとうに会長は意地悪ですね?」
再び真宵が振り返った時、その顔に浮かべられていたのは綺麗なえくぼをたたえた笑顔だった。
「でも私、もう決めましたから。どのような結果になったとしても、私は源之助を愛することを諦めません。」
「例え悪者になったとしても、私が彼を愛した結果そうなったのなら本望ですから。」
「それに私、ダークヒロインにお似合いじゃありません?」
「ふふっ!確かに君にお似合いかもだ。」
真宵の言葉に、陽凪は思わず笑みをこぼす。
「でも、これだけは誓います。二度とやり方は間違いません。」
それは、真宵の信念と覚悟がこもった言葉だった。
「そうか。真宵がそこまで覚悟が出来ているのなら、私からはもう何も言うことはないよ。」
「会長、お話を聞いていただきありがとうございました。お陰で私、今度は間違えずに済みそうです。」
「悪役には違いありませんけど、悪役には悪役の戦い方ってものがありますから。」
真宵は陽凪に軽く頭を下げると、生徒会室を出ようと陽凪に背を向ける。
「ちょっと待った。茨の道を行く君に、一つ耳寄りな情報をあげよう。」
真宵は、出ていこうとする足を止めて振り返る。
「朝日源之助と翔蓮寺朔夜の間に恋愛関係はないよ。元ヤン先生はきっと何か勘違いをしているんだろう。」
真宵の表情が一気に驚きの表情に変わる。
「そ、それは本当ですか!」
「ああ、本当だよ。」
思わず詰め寄る真宵に、陽凪は涼しい顔で答える。
「でも、なぜそんなことを会長が知っているんですか?」
「おや、君ならもう知ってる筈だろ?私がこの翔星高校に在籍する全ての生徒の顔と名前、ひいてはその交友関係に至るまで全て把握しているということを。」
「あ・・、ああ〜。確かにそうでした・・・。ほんとに恐ろしい人・・・。」
普通ならあり得ないと思うような話だが、この神童陽凪の場合それが事実なのだから恐ろしい。
真宵は、一体この人はこの翔星高校の生徒のどこまでを把握しているのだろうかと少し考えかけて、やはり知りたくないなと思考を停止した。
「知ってたのなら、早く教えて欲しかったのですけど・・・。まぁ、どうせ私に過去を話させる為にワザと言わなかったんでしょうけど・・。」
「はて、何のことだろうか?」
「はぁ、もういいです。じゃあ、お先に失礼します、会長。」
「ああ、気を付けてね。」
真宵は再び陽凪に背を向けると、そのまま生徒会室を出て行った。
真宵が出ていき、一人きりになった生徒会室で、陽凪はふぅーと椅子の背もたれに背中を預ける。
「あの子の決意は固かったか。朝日源之助くん、君には少し面倒をかけるかもしれないな・・。」
陽凪はこれから起こるであろうことを想像して、あの無愛想な男子生徒を少し気の毒に思う。
「でも少しは大目に見てあげて欲しいな、だって真宵がああなったのには、少なからず君にも責任はあるのだから。」
「それに、たまには悪役令嬢が勝つ物語だって悪くはないだろう?」
陽凪は天井に向かってそう呟くと、1人静かに微笑んだ。
ダークヒロインって危険な魅力がありますよね!
嫌いじゃありません。
新生 守皇真宵誕生。次回をお楽しみに・・・。
ダークヒロイン?嫌いじゃない・・。と思った方は評価・コメント・ブックマーク等ぜひよろしくお願いします!




