思い出③
それから私は、お願いとご褒美を通してより彼の好意を確認するようになった。
どのようなお願いでも彼が私を想ってくれているのならば、きっと断らないはず。
彼が私を想ってくれているという確信が欲しかった。
安心が欲しかったのだ。
実際に彼は、私のお願いを嫌な顔一つせずきいてくれた。
男友達との談笑の途中でも、お願いによって部活に遅れることになっても、私がご褒美をあげると嬉しそうに笑ってくれた。
その度に私は、ホッと胸を撫で下ろす。
大丈夫。
彼はありのままの私を受け入れてくれる人。
彼が私から離れて行くことはない。
しかし、少し時間が経つとあの後輩の女の子との仲睦まじい様子を思い出して、すぐに不安になる。
そしてまた、彼にお願いをする。
そんなことを何度も何度も繰り返し続けた。
「〜を手伝って。」
「〜を買ってきて。」
「私を一番に優先して。」
「クラスの女の子と仲良くしないで。」
源之助はそのすべてを受け入れてくれた。
この頃にはもう、彼の気持ちを不安に思うことはなくなっていた。
だって彼は、私のことを愛している。
私のどんなお願いだって彼は聞いてくれる。
それは私を愛しているから。
当然だ、愛してる人の為ならなんだってできる。
私だってそうだ。源之助の為なら何でもできる。
でもなぜだろう。
今でもあの子と源之助が笑いあう姿が頭から離れないのは。
どれだけ彼にお願いをして、どれだけ笑いかけてもらおうとも、その光景がどうしても頭によぎってしまうのだ。
気に入らない。
彼の隣を歩くあの子が、太陽みたいに笑うまぶしいあの子が気に入らない。
そうだ。彼にお願いをしよう。
もうすぐ2年生も終わりを迎えて、3年に上がるころだ。
どうせうちの剣道部では、県大会に進むのがいいところ。
その程度の部活なら、さっさと辞めて3年からは生徒会に入った方が源之助にとっても良いはずだ。
源之助が剣道部をやめれば、あの子と関わることもなくなるかもしれない。
決めた。彼への次のお願いは、部活を辞めて生徒会に入ってもらうことだ。
「ごめん、守皇。そのお願いは聞けない。」
予想もしていなかった彼の答えに目の前が真っ暗になって、動揺するのを必死に抑えて源之助との会話を終えた。
なんで?どうして?
そんなにあの子と一緒にいたいの?
愛する私の言うことが聞けないの?
ダメ。そんなことは許さない。
彼は私のもの。
彼は私を愛している、それを証明するのだ。
そして私は、以前にもましてお願いの頻度を増やしていった。
より厳しく、難しいお願いを。
ほら、見たことか。
やはり、彼は私を愛している。
今もこうして、彼は私に笑顔を向けてくれているではないか。
でもまだ足りない。
もっともっと彼の愛が欲しい。
そして3年生になった春、遂に私はあの日を迎えることになる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日私は、源之助に体育館裏へと呼び出された。
体育館裏はこれまで幾度となく呼び出されてきた場所、どんな用事なのかは考えなくとも分かる。
今日は人生で一番幸せな日になるだろう。
朝に源之助と放課後の約束をしてから、私はウキウキで1日を過ごしていた。
結局、源之助が選んだのは私。
あの子ではなく、私なのだ。
しかしそんな幸せな日に、水をさす不届き者が現れる。
もう名前など忘れてしまったが、その日の昼休みその男子生徒は私のもとにやってきて、あろうことか放課後に屋上に来て欲しいとのたまった。
自信満々の表情で、源之助とは正反対な特徴を持つ男子生徒。
最初は怒りこそ覚えたものの、その男子生徒と話しているうちに私はふとあることを思いついた。
源之助の想いを確かめる最後の行程。
未だに頭によぎるあの光景を払拭するために必要なこと。
結局、源之助は最後まで部活だけは辞めてくれなかった。
それだけが気がかりだったのだ。
それに彼は私を愛している。
いくら私に酷い振られ方をしようと傷つくことはあれど、私を諦めることはないだろう。
せっかくだ。他の男から私を奪い取るくらいの気概は見せて欲しいものだ。
この勘違い男から引き剥がすように私の手を引く源之助を想像する。
はぁああ〜。なんて凛々しいの?
そんなことをされたらもう惚れ直すどころではない。
っといけない。もう少しでニヤけてしまうところだった。
とにかく一度は源之助をフッて、それでもめげずに彼が交際を申し込んでくれた時にその手をとろう。
そうすれば、二度と彼の気持ちを不安に思う事はなくなる。
彼はきっと傷つくことだろう。
でもそれは私も同じことだ。
私だって大好きな人を傷つけたくなんてない。
だから源之助。一緒にこの困難を乗り越えましょう。
愛してるわ、源之助。
そう心の中で呟いて、私は目の前の男子生徒に微笑んで見せる。
「分かったわ。放課後に屋上ね?」
そして、放課後の体育館裏。
源之助は案の定私に告白をしてきた。
この時の彼の言葉を私は一字一句忘れた事はない。
「だから、これは俺の最初で最後の「お願い」だ。守皇、俺と付き合って欲しい。これからはご褒美なんて要らないから、ずっと俺の横にいて欲しい。」
源之助の言葉があまりにも嬉しくて、涙が出てしまったことも覚えている。
手で自分の顔を覆っている間、どれだけ彼の手をとってしまおうかと考えたことか。
それでも私は確認する必要があったのだ。
今後の二人の為だと気持ちを押し殺し、どうにか笑う演技に切り替えた。
偽り続けた私の人生がこんな所で役に立つとは思わなかった。
「じゃあ、私行くわ。」
引き裂くような思いでそこまで言い切ると、私は一度も振り返ることなくその場を去った。
一度でも振り返って仕舞えば、彼の表情を見て仕舞えば、覚悟が揺らいでしまうと思ったからだ。
そしてその足で屋上へ向かうと、もう顔も覚えていない男子生徒の手をとった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日、学校中に見せつけるように仲睦まじい様子で男子生徒と登校した。
もちろんいっさい触れてはいないし、触らせもしなかった。
瞬く間に噂が周ると学校は大騒ぎになった。
当たり前だろう、今まで幾度となく男子をフってきた私に初めて彼氏が出来たのだから。
それに、それくらい騒いで貰わなければ困る。
源之助に伝わらなければ意味が無いのだから。
そして、私は最後の仕上げに取り掛かる。
一年の時に仲違いをした女子3人組を呼び出し、源之助に攻撃するように指示を出した。
この3人組が廊下で見かける度に、こちらをチラチラと見ていた事は気付いていたし、どうせなら利用して役に立ってもらおうと思ったのだ。
この3人組に友達としての情など一つも感じていないし、私の懐が痛むこともない。
これで源之助の心はズタズタになるだろう。
しかし、それでいい。
私にどんな振り方をされようと、周りに何と言われようと、彼はきっともう一度私に告白してくれる。
そうして、源之助は完全に私だけのものになるのだ。
同じ時間を過ごせない苦しさは私も同じ。
だから、源之助。どうか私と一緒にこの苦難を乗り越えて。
何の憂いもなく、いつか二人で笑い合えるように。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そうして、私は今の今まで源之助を待っていたんです。結局、待ちきれずに会いに行ってしまいましたけど・・・。」
「源之助は変わらず、私を愛してくれていました。だって、彼は私を拒まなかったんですもの。」
「以上が、私と彼の今までです。どれだけ、私達の愛が深いか分かってくださいました?」
澄ました顔で平然とそう言い切る真宵を見て、神童陽凪は思わずモモちゃんを撫でる手を止める。
「真宵、もしかしてそれで終わりかい?」
「ええ、何か?」
そう返す真宵の表情は至って真面目だ。
「参ったな。ツッコミ待ちでもないらしい・・・。」
「さっきから一体何をおっしゃってるんですか?」
「いや、いい。こっちの問題だ。」
「そうですか?」
「ああ、では一つ質問を。真宵が源之助くんを試す為に付き合った男子生徒とはどうなったのかな?」
「ああ、一週間ほど引き延ばして捨てました。私の人生一番の汚点です。」
真宵は心底嫌そうな顔で吐き捨てるようにそう言った。
「ふむ、君たちの事情は大体理解した。率直に私の意見を言ってもいいかな?」
「はい。お願いします。」
真宵は少し姿勢を正すと、陽凪に向き直る。
「はっきり言って、よくもまぁこんなにも間違った選択を選び続けられたなと賞賛したいくらいだよ。こんなにも恋愛下手な人間は初めてだ。」
平然とした様子で言い放つ陽凪を、真宵は驚きの表情で見つめる。
「い、いま、何と・・?」
「よくもこれだけの愚行を犯し続けられたなと言ったんだ。君はそのコミュニケーション能力の低さ故に、盛大な勝ちフラグを急転直下へし折ったんだよ。」
「勝ちフラ・・?なんですか?」
「はぁ、教えることは何もないと思っていたけど、意外な所で真宵の弱点を見つけてしまったようだ。いいだろう、君は次期生徒会長候補であり、可愛い私の後輩だからね。」
「生徒会長を退く前に、最後の指導を授けるとしようか。」
次回、生徒会長 神童陽凪、愛の熱血授業!
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