思い出②
「それが真宵と朝日くんの出会いという訳だ?」
「ええ、私は彼の一言で救われました。」
「それから私は、他人の顔色を伺って行動するのをやめたんです。家でも、学校でも。」
「なるほど、君が朝日くんに執着する訳が分かったよ。自分を偽って生活していた君の苦しみを、唯一彼だけが気づき、当時の君が一番欲しかった言葉を彼はくれた訳だ。」
陽凪は納得したように頷くと、隣に座らせているモモちゃんを愛おしそうに撫でる。
「それからです。私が源之助と共に時間を過ごすようになったのは・・・。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日を境に、私は他人の顔を伺うこともやめたし、他人の望む自分を演じることもやめた。
とは言っても、寂しい気持ちがあったからと言って両親に甘えるようになった訳ではない。
今更両親に甘えたいという様な気持ちも無かったし、ただ両親に気を使わなくなったとういうだけだ。
しかし、学校での生活にはかなり変化が起きた。
変えていた口調を元に戻し、他人に合わせて都合の良い人間を演じることをやめた。
私の陰口を言っていた3人とは縁を切り、本来の私を受け入れてくれる友人だけと親しくするようにした。
毎回、丁寧に断っていた男子からの告白も面倒なのでやめた。
そんな新しい生活は、いつもどこか息苦しさを覚えていた私にとって、とても清々しいものだった。
そして何よりも、源之助くんと共に過ごす時間が幸せだった。
彼と一緒にいると安心して、心がぽかぽかと暖かくなる。
気が付けば彼の事ばかり考えていて、彼のことを考えると自然と元気が湧いてきた。
きっと私は、彼に救われたあの日から彼に恋に落ちていたのだろうと今になって思う。
「源之助くん、シャーペンを貸してくれないかしら。」
「いや、筆箱ありますよね・・・。さっき机に出してたじゃないですか。」
彼はジト目でそう返してくる。
「ペンだけ全て家に置いてきてしまったの。よくあることでしょう?」
「いや、ありませんよ!どんだけ、おっちょこちょいですか!」
「安心して。私はシャーペンについてる消しゴムは使わないタイプよ。」
「別にそこ心配してませんよ!いますけど、他人のシャーペンの消しゴムすり減らすタイプの人。」
「困ったわね。源之助くんが貸してくれないと、私授業が受けられなくなるわ。」
精一杯困った顔で言ってみる。
「クスッ!もう、分かりましたよ。なんでそんなに俺の使いたいんですか。」
彼は可笑しそうに笑って、ペンを貸してくれる。
「ありがとう。お礼にこれ。今日はマドレーヌを焼いてきたわ。」
「ええ!いつもいつも、お礼が大き過ぎますよ。俺、大したことしてないのに。」
「いいのよ。じゃ、また後でね。」
毎回何かと理由をつけては彼にお願いをして、お返しに自分の作ったお菓子を渡す。
多少強引かも知れないが、そうでもしないと彼は自分から声をかけてくれないから。
そうやって毎日のように繰り返していると、いつの間にか彼も私に心を開いてくれて、気負わずに話をしてくれるようになった。
そうなってからは、毎日がもっともっと楽しくなった。
自分を偽って、今の生活が順風満帆などと思い込んでいた時よりも、遥かに充実した日々だった。
そうやって中学2年でも同じクラスになると、私達はより仲が深まった。
「お願いとお返し」も、いつしか「お願いとご褒美」に変わり、少し上から目線かもとは思ったけど、こっちの方が彼との距離が深まっているような気がして私は気に入っていた。
この頃にはもう、私は彼への気持ちを自覚していて、お願いとご褒美は彼と私の関係を確認する手段にもなっていた。
ずっと自分を偽って生活していた反動か、ありのままの私でいることに時々不安になってしまうのだ。
「源之助、体操服の上着を貸して欲しいの。家に忘れて来てしまって。」
「え、俺の上着?」
「今日は雨で、男子は中で保健体育になるんでしょう?ダメかしら?」
「いや、ダメというか・・・。」
源之助は私に上着を貸すべきか、百面相しながら考えこんでいる。
きっと、私に体操着を貸すのが恥ずかしいとかそんなことを考えているのだろう。
「ご褒美に今度、私の体操着の上着も貸してあげるから、お願い。」
「どういうご褒美だよ、それは。」
「さぁ?私にはどう使うのか分からないけれど・・。男の子には男の子の事情ってものがあるでしょう?」
「なッ!?」
源之助はみるみる顔を赤くしていく。
「お、俺は、そんなことには!」
「あら、何を想像したのかしら?はしたない。」
「い、いや!想像なんて・・、そんな!」
源之助の顔は真っ赤になり過ぎて、今にも爆発してしまいそうだ。
「で、上着は貸してくれるの?くれないの?」
「もう、好きにしてくれ・・・。」
彼は疲れ切った顔でそう了承してくれる。
「ふふッ!いつもありがとう。そうやって、これからも私のお願いを聞き続けてくれたら・・・。」
「いつかご褒美に、結婚してあげる。」
「結婚してあげる。」きっと彼は冗談だと思っているだろうが、私は本気だ。
顔を真っ赤にして固まっている源之助にウインクをして、彼の貸してくれた上着を羽織る。
柔軟剤の良い香り。
いつも彼からほのかに香る大好きな匂いだ。
彼に包まれているようで、とても幸せな気分になる。
ああ、彼への愛おしい気持ちが昂ってしまう。
私が何かお願いすると、彼はああだこうだと文句は言うものの、最後は必ず私のお願いを聞いてくれる。
それに私が彼に笑いかけた時のあの優しい顔、きっと彼も私のことを少なからず大事に思ってくれている。
この頃の私にはまだ、そう思えるだけの自信があった。
あの光景を見てしまうまでは・・・。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日、私は生徒会での仕事が遅くなり、普段なら帰っているであろう時間まで学校に居残っていた。
校庭を見ると野球部がグラウンドの整備をしており、ちょうど部活動が終わる時間帯であることが分かった。
(せっかくだし、剣道場を覗いてみようかしら。)
源之助は剣道部、私は生徒会に所属していることからお互い放課後は忙しいことが多く、仲は良くなったものの一緒に登下校などはしたことがなかった。
剣道場は体育館の中の一室にある。
今から向かえば、ちょうど部活終わりの源之助と会うことが出来るだろう。
そうだ、どうせなら体育館の入り口で待ち伏せして驚かしてやろう。
いるはずのない私がいきなり現れたら、彼はどんな反応をするだろうか。
驚くだろうか、喜んでくれるだろうか。
どちらにせよ、きっと彼はいつものように私を真っ直ぐに見つめてくれるのだろう。
私はウキウキとした気分で体育館へと向かった。
体育館に着くと、こちらは出入り口を確認することができ、尚且つ出入り口からは見えにくい位置に陣取り、源之助が部活を終えて出てくるのを待った。
しばらくすると、剣道部員らしき生徒達が楽しげに談笑しながらぞろぞろと体育館から出てきた。
確か剣道部はそこまで部員が多くなかった筈だし、すぐに源之助を見つけることが出来るだろう。
そんな事を考えていると、すぐに源之助を見つけることができた。
同級生よりも頭ひとつ抜けた身長と相変わらずの硬い表情、間違いなく源之助だ。
「げん・・・!」
源之助に駆け寄ろうとして、私は思わず踏みとどまった。
何故なら、源之助の隣には楽しげに彼に笑顔を向ける、後輩らしき女生徒の姿があったからだ。
はじけるような笑顔の可愛い女の子。
(あの子は一体・・・?)
そこまで考えて、ある事を思い出す。
そう言えば前に源之助が、剣道部に仲の良い幼馴染が入って来たと話していたことがあった。
確か、彼のお爺様の剣道場に一緒に通っていたとかなんとか・・・。
その時は、てっきり幼馴染の男の子が入部して来たのだろうと思っていた。
それがまさかあんな・・・・。
源之助と女の子が、楽しげに会話しながら目の前を通り過ぎて行く。
向こうからは死角になっている位置、私に気付く事なく2人は校門へと歩いていく。
源之助の私に見せるのとはまた違った優しげな表情。
(彼、あんな表情もするんだ・・・・。)
心に暗い影が覆っていくような感覚だった。
彼は毎日あの子と下校しているのだろうか。
私だって、まだ彼と登下校したことないのに。
ああやって毎日、私の知らない表情をあの子に見せているのだろうか。
彼は唯一本当の私を見つけてくれた人。
私の愛する人。
彼は私のなのに。
彼は少なからず私に好意を抱いてくれていると思っていた。
しかし、その自信が2人の仲睦まじい様子を見て揺らぎ始めた。
母の一言、友人の陰口。
嫌な思い出がフラッシュバックし、一気に不安が押し寄せてくる。
嫌だ!今回だけは、失敗したくない!
彼だけは・・・、彼だけは手放したくない!
不安と嫉妬が織り混ざり、心をいっぱいにしていく。
確認しなくては、彼の気持ちを。
彼が私に好意を持ってくれているのならば、私がどんなお願いをしても彼はそれを受け入れてくれる筈だ。
だって私は、彼の為ならなんだって出来るから。
お願い源之助。あなたのあの優しい笑顔で、私の不安を拭い去って。
綻び始めた歯車・・・。
彼女の偽り続けた人生が、彼女の心を歪ませて行くのです・・・。
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