雪解け
キーンコーンカーンコーン
昼休み終了のチャイムが鳴り、真宵は屋上からの階段を急ぐ様子もなく歩く。
このチャイムから授業開始まで5分は猶予があるし、真宵は今それどころではないのだ。
キスを迫った時のあの源之助の態度、動揺はしていたみたいだが、嫌がる素振りは見せなかった。
「最後までシて仕舞えば良かったかしら・・。」
やはり彼は、今でも私のことが好きなのだ。
一年会いに来なかったのだって、何故か敬語で話しているのだって、恥ずかしがっているだけ、だって彼は恥ずかしがり屋だもの。
彼は私のことが好き、そんなことは中学の頃から何度だって確認済みだ。
それでも彼を試さずにいられないのは、私の悪い癖だ。治さなければ。
本当なら私達はあの日もう既に・・・。
いや、終わったことを考えても意味はない。
それに、アレはやはり私にとって必要な確認だった。
だって、今日まで彼は変わらず私を好きでいてくれたではないか。
あれから今日に至るまで、彼と一緒に居られなかったのは耐え難い苦痛だったけれど、私はそれを乗り越え、今日という日を迎えられたのだ。
それにしても、相変わらず彼は優しいし、かっこいい。
あの頃より身長も伸びて男らしくなっているし、変わらないツーブロックの短髪もよく似合っている。
低い声も素敵だし、タレ目で鼻が高くて、表情筋が硬いところも可愛らしい・・・。
「ああ、ダメ。顔が緩んでいけないわ。」
真宵は思わず緩みかけた頬を手でさすると、気を引き締め直して、自らの教室へと向かう。
生徒会副会長として、デレデレに緩みきった顔を他の生徒に見られる訳には行かないのだ。
「あ、いたいた!おい、守皇!」
後ろからそう呼び止められ、真宵は声のする方へと振り返る。
「すまんな、呼び止めて。」
そこにいたのは、いつものラフなジャージに身を包んだ元ヤン先生こと、本谷先生だった。
「こんにちは、元ヤン先生。何か御用ですか?」
「な!?お前までその呼び名を・・・!むぅ、まぁ今はどうでもいいか。ちょっと伝言を預かっててな?」
「伝言ですか?」
「ああ、生徒会担当の先生が昼から出張に行くみたいでな?今日の放課後、やっといて欲しい資料整理があるんだと。詳しくは、会長の神童に教えてもらえ、だそうだ。」
「なるほど、分かりました。わざわざありがとうございます。」
「おう、じゃあ私は伝えたからな?」
そう言って、去ろうとする元ヤン先生の背中を見て、真宵はふとあることを思い出した。
「あの、先生!先生は確か、2年4組の担任でいらっしゃいましたよね?」
「ん?ああ、そうだが?」
「そちらのクラスの翔蓮寺朔夜さんと朝日源之助くんは、普段から仲がよろしいんですか?」
「え!?!な、なんでそんなことを・・・?」
元ヤン先生はギクリとした表情でそう返す。
「いえ、以前その2人が一緒にいた所を見かけたことがありまして。その、何というか・・・。タイプが違うように見えたので、少し心配になりまして。」
「心配?そ、そうか?」
元ヤン先生は何か誤魔化すようにそう言う。
「偏見かもしれませんが、翔蓮寺さんって少し見た目が派手でしょう?校則を破っているような所も見受けられますし、もしかしたらイジメなんてことも・・・。」
「イ、イジメ!?!いやいや、違う違う!あの2人はだな。その・・・。」
「その、なんです?生徒会副会長として、我が校にイジメなどということは。」
「ああ、もう!分かった!話すから、誰にも言ってくれるなよ?」
「はい、もちろん。」
元ヤン先生は観念したような態度でそう言うと、真宵にだけ聞こえる声で耳打ちしてきた。
「付き合ってるんだよ、アイツら。」
「は?」
「だから、交際だよ交際。絶対、誰にも言うなよ。生徒の勉強へのやる気を落とされたら敵わんからな。」
元ヤン先生はそれだけ言うと、背を向けて職員室へ帰って行った。
思いもよらなかった返答に、真宵は思わず固まってしまう。
「嘘よ・・・、そんなの。」
真宵は遠ざかっていく元ヤン先生の背中を睨みつけるようにしながら、強く拳を握りしめた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「という訳で、今日の授業はここで終わります。」
先生がそう締めくくると同時に、6時間目終了のチャイムが教室に鳴り響く。
「やってしまった・・・。」
俺は結局、今日一日をかけて全く授業に集中することが出来なかった。
昼前までは昨日の事や翔蓮寺さんのこと、そして、昼からはあの昼休みのこと、俺の中で色々とあり過ぎて、勉強どころでは無かったのだ。
それにしても、あの守皇真宵の目的は一体なんだ。
なぜ、今頃になってまた俺に関わろうとするのか。
それに、あの昼休みの出来事・・・。
あの綺麗な顔、柔らかそうな唇、そして愛の囁き、その1コマ1コマが頭にこびりついて離れてくれそうにない。
目を瞑れば、何度でもその光景が動画を再生するように思い浮かぶ。それに、めちゃくちゃいい匂いだったなぁ〜、、、
じゃない!!!!!!
くそ、何度も頭に浮かんでくるせいで変な気分になったではないか。
一刻も早く、この光景を頭から追い出さなくては、このままでは何も手につかなくなってしまう。
そんなことをぐるぐる考えていると、元ヤン先生が教室に入ってきて、帰りのホームルームが始まる。
ん?一瞬、こちらを見て気まずそうな顔をしたのは気のせいだろうか。
まぁ、何事もなくホームルームを始めているし俺の気のせいだろう。
こうして、帰りのホームルームもつつがなく終わり、クラスメイト達が各々に散らばって教室を出て行く。
む、そう言えば、俺には翔蓮寺さんに昨日のことを謝るという大事な用事があるんだった。
そう思って、翔蓮寺さんの席の方を見やると、ちょうどこちらを向いていた翔蓮寺さんと目があった。
笑顔で俺にジェスチャーを送っている。
どうやら、こちらまできてくれるようだ。
「今日、ずっと何か考え事してたでしょ?大丈夫?」
翔蓮寺さんは、俺の席に着くなり、開口一番そう言った。
「え!そんな分かりやすかったですか?ヤバい、先生にもバレてたかな・・・。」
「いや、多分気づいてたの私だけだと思うよ?君、表情筋硬いし!」
「ちょっと!それ気にしてるんですよ!」
「そうなの?ごめんごめん!」
分かって言ったくせに・・・、翔蓮寺さんは、楽しそうに笑っている。
しかし、翔蓮寺さんの笑顔を見てると癒されるな・・・・。
笑顔だけでこんなに癒されるなら、翔蓮寺さんの発揮する癒しは、人類に絶大な効果をもたらすのでは!?
これは一家に一台、翔蓮寺さんを・・、ってそんな事は今どうでも良かった!
とりあえず、昨日の失礼な態度を謝らなければ。
「あの、翔蓮寺さん。昨日は本当にすんませんでした!なんか俺、すごい動揺しちゃって・・・。カラオケとか誘ってくれてたのに、勝手に帰って・・・、すごい失礼でしたよね?」
俺の言葉に、翔蓮寺さんはううんと首を振る。
「謝らなくてもいいよ。私も、君がすごい動揺してたの分かってたし。君にも、なんか事情があったんでしょ?だから、許す!」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「その代わり、今度絶対埋め合わせしてもらうからね?」
「は、はい!それは、もちろん。」
「ふふッ!やった。」
少し怒られるかと覚悟していたが、翔蓮寺さんは快く許してくれた。
あんな、ドタキャンみたいなことをしてしまったというのに・・・、やはり、翔蓮寺さんはとても優しくて、かっこいい人だ。
「でも、実は・・・、その・・・、私も源之助くんに謝らないといけないことがあるんだよね・・・。」
翔蓮寺さんは頭をかきながら、言い出しにくそうにそう切り出す。
翔蓮寺さんが俺に謝ること?
一体、何のことだろうか?
俺には全くと言っていいほど心当たりがない。
「私、昼休みにね?その・・・、見ちゃったんだよね。」
「見た・・・?」
昼休みというワードに、俺は嫌な予感を感じる。
「その、君と守皇さんが・・・、キス?してるとこ・・・。」
「な!?!み、見てたんですか?あれを!!」
少し顔を赤らめて言う翔蓮寺さんに、俺は思わず身を乗り出してしまう。
「ごめん!見るつもりはなかったんだけど、君と守皇さんが屋上に向かうのが見えたから、昨日のこともあったし・・・、気になっちゃって!」
そんな・・・、翔蓮寺さんにアレを見られていたとは・・・。
しかも、なんか勘違いされてないか!?
「いや、でもあれだよ?その、する瞬間は見てないから!なんか、私も動揺しちゃって!」
「ちょ、ちょっと待ってください!俺、最後まではしてないですから!」
「え!?そうなの!私てっきり、その後濃厚な感じのやつをして、行くとこまで行っちゃったのかと・・・。」
「行くとこまで行っちゃうってなんですか!?!する訳ないでしょ、そんなこと!あの時、ドアの方から物音がして・・・、ってもしかして、」
そこまで言ってしまって、俺は一つの可能性に思い至る。
「もしかして、あの時の物音って、翔蓮寺さんですか?」
「あ〜、そうかも?あの時、話の内容とかその他諸々で動揺しちゃって、ドアに足ぶつけちゃったんだよね。」
「なるほど、それで・・・。って話もちゃっかり聞いてるじゃないですか、、、。」
「ホントごめん!許して!」
翔蓮寺さんは、顔の前で手を合わせるようにして、申し訳無さそうな顔をしている。
まぁ、翔蓮寺さんもワザとじゃなかったみたいだし、彼女のおかげで危機を回避できた側面もあるし、ここは許す以外の選択肢はないだろう。
「分かりました・・・、ワザとじゃなかったみたいですし、許します。それに、翔蓮寺さんが物音を出してくれなかったら、本当に危なかったですから。」
「良かった〜、ありがとう!」
翔蓮寺さんはそう言って、俺の手を握りぶんぶん振ってくる。
痛い!とても痛いが、翔蓮寺さんのホッとしたような顔を見ると、それもどうでも良くなってしまった。
そして、翔蓮寺さんは俺の腕をあらかた振り終わると、俺の前の席に座って、真剣な顔でこちらを向いた。
「ごめんね、さっき謝っといてなんなんだけど。私やっぱり、気になるから聞くね?」
「は、はい。」
翔蓮寺さんの真剣な顔に、俺も思わず姿勢を正す。
「昨日の君の反応とか、今日の昼休みのこととか、私には、君が守皇さんに怯えているように見えたの。」
翔蓮寺さんが一つ一つの言葉を慎重に選びながら話しているのが、彼女の表情からよく見てとれる。
「だから・・・、違ったらごめんなんだけど、中学の時、守皇さんと何かあった?」
翔蓮寺さんの核心的な質問に、俺はゴクリと息を呑む。
再び、あの頃の記憶が甦りそうになり、体が硬直してしまう。
「言いたくないなら、それでもいい。でももし、君の中に吐き出したい何かがあるなら、私はそれを受け止めてあげたい。」
翔蓮寺さんは、真っ直ぐに俺の目を見つめてくる。
「余計なお世話かもしれないけど、友達として、苦しそうな君を見て見ぬふりする自分じゃ嫌だったから。」
「だから君は、他人に頼ることを覚えてもいいんだよ?」
「翔蓮寺さん・・・。」
そこには、普段のからかうような表情や楽しそうな笑顔とは違う、優しくて、真剣で、かっこいい、翔蓮寺さんがいた。
そんな彼女の表情を見ていると、いつの間にか体が固まるような感覚が無くなり、どこか心が温かくなるような、そんな感覚がした。
俺の固まっていた表情が溶け、自然に笑顔が浮かび上がる。
そっか、俺は無意識にこの嫌な感覚を自分に溜め込んでしまっていたのか。
もしかしたら、俺は心のどこかで誰かに話を聞いて欲しかったのかも知れない。
「翔蓮寺さん、お言葉に甘えて、俺の話聞いてもらってもいいですか?」
「うん、もちろん。」
翔蓮寺さんは、そう優しい笑顔で笑った。
次回からは、源之助の中学時代を描こうと思います!お楽しみに!
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