5話 ありがと…… 凛ちゃん……
はっと目が覚めた。変な夢だった。凛さんのことを凛お姉ちゃんだなんて……
あれ、でもこの感覚夢の中とおな……
ばっと私はあおむけから体を起こし、真下を見た。眼下にはぷくりと膨れたおむつ。おむつはすでにたぷたぷで温かった。なんとなく興味本位で伸ばした人差し指でつんつんと押してみたりもした。ぐにゅと変形するおむつ。新手のスクイーズみたいで少し気持ちよかった。
って、あれ、もしかして私、大ピンチなのではないだろうか。おむつ履いて登校しないと凛さんを悲しませてしまうのにもかかわらず、もらったたった一枚のおむつをおねしょで汚してしまうなんて。それも大変だけど、私、実際におねしょしちゃったの!? それに昨日おむつ履いてすぐ寝たから下はおむつ丸出しだし誰かに見られていたら少しやばかったかも…… なんだかいろんな状況に陥りすぎていてどこから整理すればいいかよくわからなかった。そうこうしている間にリビングで私を呼ぶ声がした。私はさっと落ちていたパジャマを拾って履いてリビングへ向かった。
あいにくばれることはなく朝食を済ませた私はどうしようかどうしようかと考えつつとりあえず制服に着替え、いつもより早く家を出ることにした。凛さんのことだからたぶん早めに学校にいるだろう。私は今日は少し用事があることにして家を飛び出した。たぷたぷにふくれたおむつが股下にあるせいかとても歩きにくかった。
ようやく教室につくと少しの話声。おそるおそる窓からのぞき込むと凛さんと一部のクラスメートが話しているようだった。
な、なんで凛さん以外にもいるの…… どうやっておむつのこと伝えれば……
しかし教室の前でうろちょろしているのもただの不審者だ。私は意を決して、なるようになれと教室へ足を進めた。
私は知らず知らずのうちに凛さんの方を見てしまっていたのかもしれない。私が入ったことに気が付いた凛さんと目が合った。朝おねしょしてしまったことが恥ずかしくて思わず目をそらしてしまう。
「葵ちゃん、おはよ!」
「凛さん、おはようございます……」
凛さんはクラスメートとの会話を中断してまで私に声をかけてきてくれた。
「凛~、凛って誰とでも仲良くなるよね~」
う、きっとあの人、私みたいな人とはかかわらない方がいいよ、何考えているかわからないしって凛さんに伝えようとしてるんじゃ……
「まずは話してみないと! でも昨日一緒に帰ったんだけど」
えっ、うそでしょ、私のおもらしの話しちゃうの……?
「本当にいい子で、かわいくって、かわいくって妹みたいなんだよ~。人見知りなだけだから双葉も話しかけてあげてよ! 葵ちゃん、この人は双葉。ちょっとちゃらちゃらしてるけど根はいい子だし、会話もリードしてくれるから仲良くなれると思うよ!」
よかった、さすが凛さん。心配する必要はなかったみたい。
「ちゃらちゃらしてるは余計なお世話だ! 確かにうちの妹と同じぐらいの背丈だ~、かわいい!! よろしくね、山下双葉だよ~葵ちゃん!」
「あまの……あおい…で…す…… よろしく…お願いし…ます…」
どうしてしどろもどろになっているのだろうか私は……
それよりも一大事なのは私のスカートの中だった。私はちらりと凛さんの方を見ると凛さんはウィンクを返した。
「ね、葵ちゃん、ちょっとだけ私についてきてくれない?」
「う、うん……」
「私もついてく~」
山下双葉さんが右手を中途半端に上げながらそういった。どうしよう、このままじゃ凛さんから新しいおむつをもらうことができない……
「だめだって。双葉どうせ今日の数学の課題終わらせてないんでしょ?? 戻ってきたら教えてあげるからそれまではちゃんと考えること!」
「うっ、なぜそれを!? しかたないな~」
私たち二人は山下双葉さんに手を振り教室を出た。向かう先は多目的トイレだった。
二人でトイレに入った瞬間、私たちの間に会話が生まれた。
「葵ちゃん、おむつ履いてきた?? でもさっきの様子、何かあった??」
「えっと、その……おねしょ……」
凛さんが少し驚いたような表情を見せ、突然私のスカートをめくる。もちろんそこに映るのは今朝のたぷたぷになったおむつ。
「なんだ、おねしょ癖あったなら言ってくれればよかったのに~ 今替えてあげるね」
「ち、ちがっ…… 今日だけだから……」
私は昨日の夜、興味本位でおむつを履いてそのまま寝落ちしてしまったことも含めて凛さんに話した。その間も凛さんは私のおむつを替える準備をしている。おしりふきや新しいおむつが凛さんのもっていた少し大きめのポーチというかケースから取り出されていく。
「そのポーチ?いつも肌身離さず持ってますよね……」
「あっ、委員長ポーチのこと? 私が勝手にそう呼んでるだけだけど…… ノートとかペンとかほかにもいろいろ必要なものがはいってるからね!」
ぺりぺりとおむつのサイドが破られ、おねしょしてからある程度の時間を経たおむつがあらわとなった。直立している私ですらおむつにしたおしっこのむわっとしたにおいが感ぜられるのに、近くでおむつを持っている凛さんにはどれだけおしっこのにおいをかがれているのだろうかと考えると恥ずかしくてたまらなかった。ずっしりと重くなっているはずのおむつが近くの台に置かれた。黄色に染まったおむつがぐでんとその場にたたずむのを眺めていると、私はこれだけおねしょしちゃったんだとまたまた恥ずかしかった。
「お尻かぶれちゃだめだから、ちょっと拭くね」
自分でできる。そう返そうと思ったけどやっぱり私はあきらめた。どうせ意味がないとわかっているというのもあるが、少し心地が良かったから。ひんやりとしたシートが私のお尻や股に触れる。
「さて、新しいおむつに履き替えよっか。あっ、その前にちっちのこってない?」
ちっちという言葉に違和感を持った私だったが、何も言い返せない。だって本当にまだおしっこがしたかったら。急いで家を出てきてしまったため朝のおしっこを済ませていないままだった。それにもしおむつにしてしまえばおむつからあふれてしまう恐怖があったため我慢していた。
「ちょっとしたいかもです……」
凛さんが目の前でいる中でトイレにおしっこ。普通ならありえない状況だし、恥ずかしすぎるのだが、すでに恥ずかしさの極みに達していたためそこまでためらいはない。
ぴちゃぴちゃと放尿音が響く。カムフラージュのための音は流さなかった。だって見られている以上これより恥ずかしいということはないから。
「全部出たかな、じゃあ拭いて、おむつ履かせるね」
そういうと凛さんは私の目の前にあるトイレットペーパーをぐるぐると上側を内にするように巻き取った。あ、凛さん、上側を内に巻き取るタイプなんだ…… 私はたたむタイプだなぁなんていらないことを考えている間に凛さんは新しいおむつを持って私が足を上げるのを待っていた。
私は片足ずつおむつを足に通してもらいおむつを引き上げてもらう。私、凛さんに依存しすぎなのではないだろうか。まさか高校生になってから同級生におむつを替えられるとは。凛さんはくるくるとおむつを丸め、テープのびびびという音がトイレ内に鳴り響く。そして凛さんはそのおむつを多目的トイレの中だけにあるおむつ専用ゴミ箱に捨てた。
「うちの学校、こんなごみ箱があってよかったね。葵ちゃんもおむつが必要な子だから……」
「ち、ちがいます。今日は偶然で……」
それから始業の時間。やっぱりつまらない授業が続くだけ。そうこうしている間に3時間目が終わった。さすがにそろそろおしっこがしたくなってくる。私はいつも通り個室のトイレに向かう。やっぱりこの時間のトイレは混む。しかし早めについた私はすぐに入ることができた。しかしおむつを下ろそうとした瞬間気が付く。このカサカサという音、誰かにばれてしまうのではないだろうか。もちろんそれほど気にすることではないのはわかっていた。わかっていたけれども勇気が出なかった。結局私はトイレのレバーをひねるだけでトイレを後にした。
4時間目が始まった。おしっこが我慢できなくなるのは一目瞭然だった。おむつがあればどこでもおもらし遊びができると考えていた昨日の私は何なのだろうか。おむつがなければ悲惨なことになってしまうの間違いじゃないか。
「天野さん、それじゃあここ前に書きに来てくれる??」
最悪のタイミングというべきか、最高のシチュエーションというべきか。確かにおもらし好きとしては最高のシチュエーションと言えるのかもしれないが、今の私はそれどころじゃなかった。
私は恐る恐る漏らさないように前に行く。周りの視線もいたい。私は震える手でチョークをとり、黒板に文字を書こうとした。しかし下腹部に意識が育成で思ったように力が入らない。
――ぽきっ――
チョークが折れる。
「あっ」
チョークが折れたことに対して出た声ではなかった。おもらしの始まりを告げる声だった。しゅいぃぃぃぃとみんなに聞こえているのではないかというくらいおしっこの音を感じた。
むわりと温かくなる私のおむつの中。あぁ、みんなの前でおむつにおもらししちゃって、私……わたし……がま…んでき…なかったんだ……
今にも泣きそうだった。おもらし好きとして本来なら楽しむべきではないのか? でもそんな余裕なかった。みじめさと恐怖と恥ずかしさ。すべての感情が入り混じる。
「川田先生! 葵ちゃん苦しそうなので私が保健室に連れていきます」
声が聞こえた、凛さんの。少し焦っているような凛さんの声。私のうるんだ眼でははっきりと確認できないが凛さんがこちらへと近づいてきていた。
「葵ちゃん、大丈夫? こっちこっち」
あの時みたいに凛さんはあたしの肩に手を当て廊下の方へと誘導してくれる。その間もおしっこは止まらないままおむつを湿らせていく。おもらししながら歩いているせいかぐじゅぐじゅした濡れた感触が余計感じられる。廊下に出てもなお止まらない。ためにためたおしっこはそう簡単には止まらなかった。
「おしっこ…とまらない……」
「葵ちゃん…… 大丈夫、大丈夫だから、おむつしてるんだから、おもらししてるわけじゃないんだよ。おむつにおしっこしてるだけだからね。ねっ?」
ぽた、ぽたと水音が足元から聞こえた。
「あっ、あっ」
とうとうおしっこがおむつから漏れた。太ももをほんの少しだけだがおしっこが伝う。数的おしっこが地面に落ちたところで私のおもらしは止まった。
無言で背中をさすりながら凛さんはすすり泣く私のことを今朝と同じ多目的トイレまで案内してくれる。多目的トイレのカギを閉めた瞬間だった。こらえていたものが崩壊した。それは限界のおもらしのようだった。
「ほんとは、3時間目の終わりにトイレ行ってたのに……でも近くの人におむつの音聞かれちゃうとおもって……そうじゃなきゃおもらしなんてしなかったのに…… わたし凛ちゃんに迷惑ばっかりかけて……」
私はむせび泣いていた。その間凛ちゃんはずっと私の背中をさすりながら大丈夫、大丈夫とそうなだめてくれていた。
数分が立った。涙も引き心が落ち着いてきた。ぽろぽろと頬を伝った涙の後を拭う。
「大丈夫だよ葵ちゃん。ほら、おむつ替えよっか」
「うん……」
今朝みたいにおむつ替えが始まっていく。でも今朝みたいに羞恥心は感じなかった。たぶんそれ以上に悲しさの方が強かったのかもしれない。
「そういえば、さっき一度だけ凛ちゃんってちゃん付けしてくれたよね…… 葵ちゃん今までずっとさん付けで距離感があったから、うれしかったんだ。それに丁寧語じゃなくなってたのもうれしかったし」
「ありがと…… 凛ちゃん……」
私が返した言葉はそれだけだった。それが一番伝えたかったことだから。
それからその日はおむつをつけて帰ったのか、次の日もまたおねしょしたのか、それは私と凛ちゃんだけの秘密である。けどこれだけは言える。こないだ買ったあのおむつは梅雨が明け、雨があまり降らなくなるころにはとっくにすべてなくなっていたということだけだ。