4話 すれ違いとおねしょ
「いらっしゃいませー」
入店と同時に男の店員さんの声が聞こえてくる。
「凛さん、何を買いに来たんですか…?」
「ん~、葵ちゃんに必要なもの、かな…?」
なんだろ、私が必要なもの…… 私は先ほどまでの会話を思い返した。
あっ、アイスだ。
「凛さんはどんなのが好きですか??」
「ん~、物心ついてから見たこともないんだよね。だからどんなのがあるか店員さんに聞いてみないと……」
えっ、アイスを物心ついてから食べたことがない人なんているんだ。思ったよりアイスってマイナーな食べ物だったのだろうか。
「えっ、そんな人いるんですね……」
「い、いやそんな人の方がたぶん多いと思うんだけどなぁ。ってことは葵ちゃんやっぱり……」
やっぱり何なのだろうか。なぜ凛さんが言葉を止めたかはすぐに分かった。
「あっ、店員さん! ちょっといいですか??」
「はーい、何をお探しですか??」
女性の店員さんがこちらにかけてくる。なんでこの人なんだろ。さっきまでにも数人店員さんとすれ違ったのにあえてこの人を選んでいたような気がする。
すると急に凛さんの手が両肩に乗る感覚が伝わる。
「えっと、この子にあうおむつってありますか? 昼間に我慢できないみたいで……」
!!!!
おむつ!?
ピンときた。凛さんが私に必要なものといったこと、妙にアイスの会話が成り立たないこと、女性の店員さんを探していたこと、凛さんは初めから私におむつをはかせる気で……
「私、今日だけ、今日だけおもらししちゃっただけ……です……」
羞恥心ランキング更新かもしれない。凛さんはともかく、なぜ店員さんの前で堂々とおもらしの告白をしなければならないのだろうか。
「葵ちゃん嘘ついてる。私知ってるよ? おとといもその前も帰り道におもらししてたでしょ」
見られてた、あの視線、ただの気にしすぎじゃなくて凛さんのだったんだ……
「大丈夫、大丈夫。そういう子もいるから気にしなくていいんだよ。葵ちゃん? の個性だからね。華奢な方だし中学1年生くらいならこのおむつなんてどうでしょうか?」
店員さんにこう言われてしまうと無理に反論できなかった。だって私高校生なんですっていっても余計に恥ずかしくなるだけだろう。今だけ私は中学生だ。店員さんは私、というよりは凛さんにおむつを紹介し終えるとどこかへ行ってしまった。
「私たち、姉妹に見られてたみたいだね!」
「凛さん、すとーかーですか? なんで私が前にもおもらししてたのしってるんですか??」
淡々とした口調で聞いた。でも内心はひやひやしている。もしわざとおもらししようとおしっこを我慢していただなんて知られた時には見せる顔もない。まぁ、凛さんのことだからこういう話を誰かに広めたりなんてことはしないのだろうが。
「ごめんごめん。でもほんと家の近くで葵ちゃん見かけたから様子が変で、ちょっとついて行ってみたら…… で、でも仕方ないよ、うちの学校トイレ少ないうえに教室から遠いもんね」
何も言えなかった。恥ずかしさというよりは凛さんの純粋さに驚いてだった。普通こんな短期間でおしっこをなんども漏らすことなんてないだろう。それに一度失敗したなら今度は変える前に並んででもトイレに行くはずだ。それなのに……
「葵ちゃん、私、店員さんから勧められた中だとこれが葵ちゃんに似合うと思うんだけど……」
「えっ、でも、その、もう明日からはおもらししないように頑張れます……」
「だめだめ! 説得力ないよ?? このまえにおとといに今日、そしてお風呂場でも我慢できずにおもらししちゃったじゃん!!」
たしかに、事実だから何も言い返せなかった。と、いうか周りにお客さんもいるのに凛さんが少し大きい声で言うため、周りのお客さんがあらあらと私たちの方を見てにやにやするのも恥ずかしい。
「わ、わかりました…… で、でもお金が……」
「私が買ってあげる!」
「えっ、でもそれはさすがに気が引けます……」
「ん~じゃあ、私が一時に買っておくからもしおもらししちゃったら私に言ってよ! 新しいおむつわた…… 換えてあげるから! で、全部使いきったら私に払ってくれればいいよ。別に払わなくてもいいけど……」
どうしても私におむつをさせたいという圧がすごかった。でも凛さんのことだ、きっと興味本位などではなく、ただ単純に私が学校でおもらしして嘲笑の対象として扱われることがないようにとかまっとうな理由があるんだろう。全くこの学級委員長の人は…… どこまでお節介なんだか。
結局凛さんはピンク色のパッケージのおむつを手に持ちレジへと向かった。確かに、このおむつかわいいし、私もはけそうな感じだけど……
私はおむつを持ってレジに並ぶ凛さんの少し斜め後ろでついていくまるで妹みたいなポジションにいた。周りからも、レジ担当している店員さんからもきっと私が凛さんの妹で、まだおねしょかおもらしが治っていないんだと思われていると思うとすこしこそばゆい。
凛さんの家に着くと私はきれいになったスカートと靴下とショーツ、そして1枚のおむつを手渡された。
「もちろん、明日の帰り道ようだけど、何かいろいろあってそれ以外の時におもらししちゃってもいいように替えのおむつ持って行っておくから、その時は声かけてね!」
「う、うん。ありがとうございます…… で、でもたぶん大丈夫……」
「そっか…… で、でもそういうのなくても全然話しかけてきてね! 私も葵ちゃんと仲良くなりたいし……」
「私も……」
表面上ではクールにすましているけど内面ではうれしかったのかもしれない。
私の学生生活は順風満帆というわけではなかったから。いままでほとんど友達もいなかったから。だから私はこんなに斜に構えた性格になって脳内でぶつぶつとつぶやくだけの女子高生になってしまっていたのだから。
「恥ずかしいかもしれないけど明日は絶対おむつ履いて登校するんだよ?? もし葵ちゃんが約束破ったら私ちょっと悲しいもん……」
少し寂しそうな顔をした凛さん。こんな凛さんの顔を見るのは初めてだった。まだ夏も始まっていないというのにひまわりはもう咲き終わってしまうのだろうか。私がもし履いてこなければ凛さんを本当に悲しませてしまうという謎の使命感が生まれてしまった。
「わ、わかりました。絶対履いてきます……」
家に帰り、何事もなかったように家族と話し、ご飯を食べて、お風呂に入りさて今からは自分だけの時間。でもうとうとと思考がまとまらない。きっと今日はいろいろとあったから、いろいろとあったせいで疲れちゃったのかもしれない。そうだ、初めてのおむつ、一度これを履いてみてから寝よう。
私はカバンから1枚のおむつを取り出した。手にこすれかさかさという音が部屋に鳴る。「うわぁ、もこもこだ……」
恐る恐る足を通し引き上げる。するりとお尻まで包み込むそれは何とも言えぬ安心感を私に与えるのだった。
おむつか……
うん、ふかふかしててちょっと厚手すぎるパンツみたいな?
でもこれがあるということはどこでもおもらし遊びができるというわけではないのだろうか……
う、でももし漏らしちゃったら凛さんに言わなきゃならないのか……それはそれで恥ずかしい…… そんなことを考えている間に私は眠りについていた。
「凛お姉ちゃん、もう……」
「葵、大丈夫だよ、葵はおむつしてるんだから、おもらししてるわけじゃないんだよ。おむつにおしっこしてるだけだからね。ねっ?」
「う、うん…… あっ、でる……」
しゅぅぅぅぅぅ……
ショーツでおもらしするときにはあまり感じられないおしっこがおむつを濡らしその濡れた部分にまたおしっこが当たるくぐもった音。太ももに温かさが伝播することはなくおむつの中だけがじわっと温かくなる。おしっこのでるところ、お尻、前とどんどん暖かい場所が広がっていく。
「凛お姉ちゃん…わたし……」