2話 お節介すぎるよ
―――――二日後―――――
そういえば、昨日はおもらし遊びができなかった。だって雨じゃなかったから。しかし、さすがの私も毎日おもらし遊びをしたくなるほどの変態というわけでもない。ま、まぁもし昨日も雨だったらやっていたかもしれないが。あいにく、退屈な空気が漂っている教室の窓から見えるのは曇り空。いや、かすかにパラパラと雨が降っているようだ。これも計画通り、朝天気予報で見てきたとおりだった。傘はもちろん持ってきていない。だってどうせ濡れるのだから。
前回の経験で学んだ通り、5時間目が始まる頃に大量にお茶を飲んでそれからトイレに入ってない。これでたぶんおとといと同じタイミングでおもらしできるんじゃないだろうか。うっ、とはいっても今はもう6時間目の後半、少しおしっこがしたくなってくる。でもこれも想定内。
次第に授業は終盤へと向かいチャイムが鳴る。今日は掃除当番もないしあとは変えるだけ。終礼を終えた私は誰とも話さずさっと教室をでて昇降口へと歩く。一応折り畳み傘を探すふりをしてからうなだれるふりをして外に出る。ぽつりぽつりと雨が私の髪や肩や胸を濡らしていく。
「ちょっとまって! 天野さん! あまのあおいさーん!」
え、なに、私を呼ぶ声が聞こえる。だれ……
私はぱっと振り向いた。茶色がかったセミロングの女の子。確か同じクラスで席は前の方の……
「えっと、学級委員長の……」
「えぇっ!? 名前覚えられてないの!? あれだけ学級委員長の水上凛ですって前に出て話すたびに言ってたのに……」
彼女は少し拍子抜けな表情をした。
「えっと、なんですか?? 何かクラスで決めごとみたいなのありましたっけ…? あいにく私、今日は用事が……」
ドキドキしていた。これでもし決めごとなんかあったらどうしようかと。もしそんなことだったらクラスでおもらししてしまうのは避けられない気がする。そうなれば始まったばかりの私の高校生活はおしまいだ。
「ううん。違うの。天野さん……ううん、葵ちゃん傘を忘れちゃったみたいだから送って行ってあげようかなと思って。私も徒歩通学だし……」
遠慮しときます。なんて言えるような状況ではなかった。うちの学校には二種類の通学方法があって、電車通学と徒歩通学。多くの人は電車通学で正門からやってくることが多いが、徒歩通学の場合裏門から帰るということもできる。裏門の場合はしばらく一本道が続く。あいにく、私も彼女も裏門に近い方向へ行こうとしていたのだから、途中までは嫌でも一緒に帰るしかないだろう。そうなったときの気まずさを考えると傘に入れてもらうしかなかった。
もちろんここで、私電車通学なんですなんて嘘をついてもよかったが、そうなった場合電車通学の多くの生徒におもらしを見られてしまう可能性があることは否めない。だから私は彼女、えっと……… うん、学級委員長の人と変えることにしたのだ。
彼女は水色の傘をばっと広げた。その傘は二人で入っても余裕なくらい大きかった。
「傘、大きいですね」
「でしょ! だれか雨でぬれちゃう人の役に立つためにね。実は今日、折り畳み傘も持ってたんだけど、ほかの子に貸しちゃって……」
この学級委員長の人、私とは真反対だ…… 明るくて頼りがいがあって……
「ねぇ葵ちゃん! 好きな食べ物なに??」
「ん~、アイスクリーム! が好きです……」
そんな他愛もない話が続いた。
こうして誰かと一緒に下校するというのは中学生の時に起きた不審者騒動の日に集団下校した時以来だろうか。
「ねぇ、葵ちゃんって小柄でかわいいよね。妹がいるってこんな感じなのかな。クラスでも葵ちゃんと仲良くなりたい子いっぱいいるんじゃないかな」
「そうでしょうか。でも、私、人に話しかけるのが苦手で……」
あぅっ、また波が来た。これまでみたいに前押さえすることもできないし、これもしかしたら学級委員長の人とわかれるまで我慢できないんじゃ……
「じゃあ私がクラスの人紹介してあげよっか! 実は葵ちゃんも友達ほしいとおもってるんだよって」
「だ、大丈夫です……」
でもそれでも私は平然を装った。私がおしっこ我慢していると悟られないように。
「あはは、ごめんね…… お節介だったかな。でも遠慮しなくていいからね、私は葵ちゃんと友達になりたいし、お話しできてうれしいなって思うんだよ? それに、葵ちゃんはお話しする得意じゃないってだけで嫌いじゃないとは思うんだけど…どうかな??」
「私も……お話しできてうれしいです」
うっ、ほんとダメ。いつもは前押さえしたり、もじもじしてたから横断歩道まで耐えれてたけどさすがに……
ちょろ、ちょろ、と右足、左足を前に出すたびに少しずつおしっこがショーツに吸収されていく。やがて、ショーツの吸水力を超えて、太ももにしずくがこぼれる。これは間違いなく私のおしっこ…… だって、傘に入れてもらっちゃっているから。
「あれ、その間…… 私の名前また忘れてるでしょ葵ちゃん。凛、水上凛だから。おぼえてほしいんだけどなぁ。ほら、呼んでみて!」
「水上り…んさ………… みなぃ…で……」
「えっ?」
限界だった。彼女の驚きの声とともにおしっこが出た。
なりふり構っていられなかった。恥ずかしすぎていつもは足を閉じて直立でのおもらしだったが今日はそうはいかなかった。何とか止めないと、早く止めないととじたばたしてスカートの上からぎゅっと前を抑える。
しかしおしっこは止まらない。しゅいぃぃと音を立てながらショーツを突き抜けスカートも太ももも靴もぬらしていく。何より、いつものように伝う支柱がないためほとんどのおしっこは滝のように地面へとぱちゃぱちゃ音を立てながら落ちていく。しとしとと降るだけの今日の雨ではありえないような水音がその場に流れた。
「えっ」
学級委員長の人がまた驚きの声を上げた、今度は間違いなく私のおもらしに対しての声。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
なんで謝っているのかもわからないけど私はかすれた声で謝り続けた。
「葵ちゃん、こっちこっち」
学級委員長の人は私の肩に手を当て、一本道のわきにきれいに咲いたアジサイのそばへと誘導し、私をアジサイの陰にしゃがます。その間も私のおしっこは止まることなく、地面をたたき続けていた。しゃがんだ私の膀胱にはあと少しのおしっこしか残っていなかったけど、放心状態で止められなかった。
きっと学級委員長の人……ううん、水上凛さんからは私のショーツも見えちゃってるし、そこから濾しだされるおしっこも見えているだろう。しばらくしておしっこの勢いは弱まってぽたぽたとショーツから垂れるだけとなった。落ち着いて、水上凛さんの足元を見ると、かすかに靴下の足首のあたりが濡れているように見えた。あぁ、相合傘してるぐらい近かったんだからきっと地面に落ちた私のおしっこが跳ね返って。ってことは靴も……
「ごめんなさい、水上凛さん…… その、靴下とか、靴……」
「えっ、あっ、えっ、気にしないで葵ちゃん…… ほら、ただの雨だって!」
さすがの水上凛さんもあわてているようだった。そりゃそうだ、高校生にもなった子が隣でおもらしするだなんてめったにないことだろう。
「葵ちゃん、ちょっと立って、これ持っててくれる??」
私は言われるがままにアジサイの横に立ち水上凛さんの少し大きめの水色の傘を持った。外はいまだ雨が降る中で水上凛さんは私のスカートの中に入れショーツに手をかけた。突然のことで驚いて動けないままショーツは足首のところまで下げられた。
「ほら、右足からあげてね」
「えっ、大丈夫です…… ショーツおしっこでぬれちゃって汚いから……」
「気にしない、気にしないほら……」
私の足からショーツを引き取ると、水上凛さんはおもむろにカバンの中からビニール袋に入った靴下を取り出した。靴下を袋から出し、その袋に私のショーツを入れた。すると今度はポケットから真っ白なタオルハンカチを取り出して私の太ももを拭きだす。
なんで、なんでこんなに私のために……
「大丈夫です…… ハンカチ汚れちゃいますよ……」
「気にしない、気にしない… ちゃんと名前で呼んでくれたら止めてあげようかなっ」
そういうと、再び太ももを、今度は膝を拭き始める。
「水上凛さん……」
それでも止まらずハンカチはそろそろふくらはぎに差し掛かろうとしていた。
「水上凛さん、水上凛さん……… 凛さんもう大丈夫です……」
「あっ、やっと下の名前だけで呼んでくれた! っていうかなんでフルネーム呼びだったの」
水上凛さん、いや、凛さんはそう言いながら笑っていた。
「でも、あと足首だけだから……」
結局私の足は全部拭かれてしまった。さっきまで真っ白だったハンカチはもう薄いレモン色に染まってしまっていた。
「ごめんなさい、ハンカチそんなに汚しちゃって……」
「いいって、いいって。ねえ、代わりと言っては何だけど私の家にきてくれないかな?」
凛さんはそんな提案をしながら、私のおしっこで汚れてしまったハンカチをショーツを入れた袋にしまい、キュッと閉じてカバンにしまった。私のおしっこで汚れちゃってるんだから私が持つべきなのに。でもそんなことを言ってもまた拒否されると思うともう言えなかった。お節介というか、優しすぎるというか……
さすがに私は行きたくないとはいえず凛さんの家へ着いていくことにした。なんというか、罪悪感が果てしなかった。だってせっかく声をかけてくれて一緒に帰っていたのに、傘に入れてもらって一緒に帰っていたのに、はなから漏らすためにためていたおしっこで凛さんに迷惑をかけて、挙句の果てにおもらしの処理までしてもらうだなんて。それにどこか誰かに見られたと満足している私自体が嫌だった。
私はその罪悪感からか、凛さんが絶対に濡れないようにと傘をしっかりと両手で少し高めに掲げた。たしかに、凛さんは背が高いけど、頑張れば私の低い身長でも大丈夫。運動不足の細い腕には多少きつい重さだったがこんなこと造作もない。
「あっ、葵ちゃん、ごめんね。きつかったよね、ごめんね。私が傘持つよ!」
凛さんはこんな梅雨の中で夏をほうふつとさせるようなきらりと光る笑顔でそういった。
ううん、これくらいはさせてと言う暇もなく凛さんは私の手からするっと傘をとりまた前みたいになった。
凛さんは背も高く、きらりと輝いていて明るい。たしかに学級委員長として凛としている場面もあるけれど、どちらかと言えば夏のひまわりみたいな人と言える気がした。