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1話 雨の日は擬態できるから

 学校に行きたくないような5月病の憂鬱が薄れてきたこの季節。ずっとじめじめしたような空気、でもそれはペトリコールを伴っていて案外嫌いじゃない。梅雨は憂鬱だろうか。洗濯物は乾かない、ずっと傘をささなければならない。


私はそうは思わない。梅雨はどちらかといえば…いやこんな回りくどい言い方はしなくてもいいか。梅雨はもちろん大好きだ。自然動物が擬態のできる場所を好むように私も梅雨が好きなのだろう。


 え、つまり私は雨みたいな見た目なのかって?いやそれはちょっとストレートに言葉を受け入れすぎなのでは… 私の見た目はごくごく普通のさえない女子高生だろう。スポーツをやっているわけでもないし、別に派手な髪飾りをつけているわけでもなく黒髪ストレートのただの女子高生。でも、ちびだし、女子中学生に見られてたりするのかもしれないけど。えっとそうじゃなくて、私が梅雨を好むのは……


 学校帰りの昼下がり、今はペトリコールを感じない。だって雨が降っているから。しとしとと降る梅雨の雨が私の制服を濡らしていく。たぶん私は周りからこう思われている。「梅雨なのに傘を持ってこないだなんて」と。確かに変かもしれない。今は梅雨なんだし、朝も雨が降っていたのに帰り道は手ぶら。かといって今雨が降っているんだから学校に傘を忘れているわけでもない。意図的にこうしているのだ。


――ブルッー-

体が少し震えた。別に何か怖いわけでもない。ただ体温が下がったから体温を上げるために筋肉を震わせた反射的行為だ。まあ一つの理由にすぎないが。

「意外とちょうどよかったかも」

私はぽつりとそう呟いた。私が独り言を言うなんて珍しい。脳内は騒がしく論述している私だが、ふとたまに議論が外に出ることがある。


――ブルッー-

 また体が少し震えた。また反射的行為だ。でも別にもう寒くない、むしろ冷えすぎたせいか恒常性により逆に体が熱くなった気がする。そんな習ったばかりの言葉を思い返しながら議論は進む。私の手が一瞬スカートに触れる。というよりもずっとその内側を圧迫するように。これもある種の反射なのだろうか。

「ほんと5時間目で正解だった。4時間目だったらどうなっていたことやら」

また声が外に出た。変なの、私。


 私は濡れたまま足を家へと進める。思いのほか歩くスピードが速くなる。

「んっ、おしっこ……」

もうそろそろ限界だった。思わずまるで子供みたいにそんな言葉を発してしまう。ここまでくると私の脳は冷静さを失っていく。思わず周りの目を気にせずふとももをすり合わせて、手を押し当てる。まるでこんなのはたから見れば今私はおしっこを我慢していますと明言しているようなものだろう。


――ちょろっ――

あっ、だめ、だめ、ちょっと出ちゃった……

まだ、まだここじゃダメもう少し先の横断歩道まで待たないと……

普段の私の脳内は論理的な言葉で満たされているがこういう非常事態は少しその議会も崩壊する。で、でもまだ少しショーツが染みただけ。


――しゅいぃ……――

えっ、いま結構出ちゃったかも……

雨なのか、汗なのかはたまたおしっこなのかはわからないが私の太ももを2つの水滴が滑り落ちる。妙に生暖かいしこそばゆい。私はかるく太ももの濡れている部分をさっと拭った。

で、でもまだおもらしじゃないし……?


―― ピー、ピー ――

 あっ、横断歩道が鳴ってる。あれを渡ればもう少しで私の家……

私は歩くペースを速めようとした。けれど思うように早く歩くことができない。あまり走るように足を広げてしまうとおしっこが我慢できなくなってしまう気がする。


―― ピー、ピー…… ――

 対して早くなかったかもしれないが、私はその早歩きをやめてまた股をぎゅっと閉じるように歩いた。なんでもうちょっと待ってくれないのこの横断歩道……

別に車もまばらだから渡ればいいっていうかもしれないけど、私にはできなかった。ルールは守るためにあるというのが私のポリシーだから。もじもじと太ももをこすり合わせる。

うぅ、もうだめ、だめ、だめ……


「でちゃ……」

最後の一文字まで待てなかった。それはこれからの未来を描いた言葉が過去の言葉となったからだ。しゅいぃぃぃと音を立てながらおしっこがショーツの中で一瞬待機する。そしてすぐにおしっこは私の太ももを伝って流れていく。私はあえて太ももをピタリと閉じていた。たぶんこういう時は足を肩幅に開いて靴下や靴に被害がいかないようにするのがベストなのだろうが、私は違った。その理由はそんなことをすればこんな雨の中でも私今おしっこしてますよと明言するかのようだからだ。


 おしっこが排出される音が鳴るだけであとは私の太ももを伝うだけ。地面にぴちゃぴちゃとなっているのはたぶん梅雨の雨の音。地面に広がる水たまりも雨がすぐにかき消す。私のおもらしは梅雨に擬態した。

「くすぐったい……それにあったかい……」

36度5分のぬくもりが少し肌寒い梅雨にさらされた私の太ももをくすぐっていた。


 あれ、誰か私のおもらしを近くで見てるの?

依然として私の足をおしっこがくすぐる中私はあたりをきょろきょろ見渡した。けど誰もいない。おもらしを誰かに見られてしまうのではないかと警戒しすぎたのかもしれない。こういうことはままある。バクバクと心臓がまだうるさい中徐々に私のおしっこは収まった。

――ぶるっ――

これはきっとおしっこが出て熱が失われたことによる反射だろう。


―― ピー、ピー ――

 私はここからほんの少し歩いたところにある家へと向かって何事もなかったかのようにまた歩みを進めた。ぐじゅっとさっきよりもずっと靴が音を立てている気がする。でもこれを含めてのおもらし。私とすれ違う通行人の誰もが私がついさっきおもらしをしたとは思わないだろう。だってただ傘を忘れてずぶ濡れの女子高生なんだから。そう、これが梅雨を好きである理由。だって梅雨の時期はたくさんおもらしができるから。


 もちろん、誰かにあの子は高校生にもなっておもらししちゃっているかわいそうな子、背丈だけ伸びていまだにおもらしが治ってない子と思われたいという気持ちもある。だから誰かに見られたいという気持ちもある。けど怖くてそんな勇気は出ないのだ。だから私はこうして雨の日におもらし遊びを決行する。

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