難題
「主人様、お帰りなさいです。」
帰りも忠道は急ぎ足の籠に揺られて奉行所に戻った。ちなみに普段から急ぎ足なのは単に忙しいだけで無く、緊急時のみ急ぎ足だと町人に「何かあった」と悟られてしまうのを避ける為である。
「あぁ...ただいま...ハァ。」
「溜息なんてついてどうかしましたか?」
「いや老中からまーた難題がな...」
「今月は上秋様が月番でしたね。例の窃盗ですか?」
「そう。とりあえず担当同心に被害が出た商家とその周りでの聞き込みを手配ね。」
「はーい。」
同心というのはまぁ色々あるが、今回の場合は奉行所に配属された部下である。そのうちの警察担当にとりあえず聞き込み任務を与えたのだった。
「で....これ今日だけで処理しろと?」
「あ、まだ他にも幕府からの御命令文が山ほど。」
彼の執務室には机とその机一杯に積まれた書状の数々がある。それらは行政に関しての決裁や地裁としての機能...具体的に言えば刑事・民事を問わず奉行の裁量で判決が出せる事件に関しての訴状である。これを一つ一つ精査して的確な判決を出すのも彼の仕事だ。
今風に言えば、裁判官が1日に数十件の裁判を1人で全て精査して判決出すようなものである。さらに加えて、都知事の仕事。そして先程、老中から来た窃盗犯の捕縛を入る。
お気づきかもしれないがこの江戸町奉行。相当な社畜じゃなければ耐えきれないのだ。
「うっはwwクソ社畜じゃん。」
「黙ってさっさと仕事しやがれください。」
「お前って一応秘書だよね?ねぇ、秘書なんだよね?なんでそんなに罵倒すんの?」
「主人様だからです。」
「はぁ...やるか。っと、なんじゃこれ。」
「あぁ。それは昨日商人から出されたやつです。」
「なになに...『嫁に浮気の疑い....金遣い荒く...』。浮気かよ!冒頭から重いな〜」
「どうしますか?」
一見民事告訴に見える浮気であるが、江戸時代には立派な刑事事件となっている。御定書の中には「密通いたし候妻、死罪」とあり、「密通の男」(不倫相手)も死刑とされている。過去には『市中引き回しの上死罪』という判例も存在するほどである。もちろん男が浮気しても同罪となる。
しかし江戸は7割が男という社会。逆ハーレムである女性の方が浮気はあったのも事実なのだ。
北は別として南の方針としてそう言った案件は夫婦間でどうにか話し合う。それでも無理なら奉行所仲介。死刑というのは最終手段という形になっている。
これは忠道の考えが色濃く反映されているからであるが、今回に関したは浮気の上『家の金使い』という文言がある。つまるところ、家のために使うべきお金を主人の許可なく勝手に持ち出し散財したということだ。極めて悪質である。
「うーむ....その商人をすぐに呼び出し。今日は市場徴収をする。優奈は緊急の決裁が必要じゃないのと必要なもので分けておいて。これから俺は"人の命に関わる"話しをする。」
「はい」
そう。不倫は死罪。死罪には老中の決裁が必要。だがそのお伺いや伝え方などは他でもない江戸町奉行である忠道の仕事である。彼の一声で人が死罪になる可能性があるのだ。
次回もよろしくお願いします




