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眠り姫と双子の姉と・5

ざまぁ完了回。担当はフォーン+αです。基本人外なだけに、わりと容赦はありません。

 先ほどまでの不安は完全にかき消され、わたくしは顔を輝かせてそちらに駆け寄る。


「ネイサン様! ああ、まさか世界の境界を越えてまで、わたくしのもとへいらっしゃるだなんて! ネイサン様は、そんなにもわたくしを想ってくださっているのですね?──きゃあっ!?」


 ばしぃんっ!


 喜びのままネイサン様に抱きつこうとしたわたくしは、瞬時に現れた透明な壁──()()()()()に、無情なまでに容赦なく弾き飛ばされた。


《……呆れるくらい相変わらずだね、ティアナ。言っておくけど、この御方はネイサンじゃないから。と言うか、自分がシェフィーリアと間違えられるのは嫌がるくせに、いくら容姿が似てるからって、気配も魔力量も全然違う存在を『最愛の男性』とやらと見間違うのはどうなの?》

《……フォーンよ。この娘は、この状態が通常営業なのか?》


 障壁の向こう、いつも以上に呆れ返った様子のフォーンに、ネイサン様──にそっくりの男性が、半信半疑といった様子で尋ねる。


《はい、残念ながら。何と申しますか、『愛娘』たる事実により自身を酷く過信しているのと、『愛娘』と『伴侶』の在り方に夢を持ちすぎておりまして。その結果、一目惚れをした双子の姉の運命の相手を奪い取るため、一線を越えようとしたというわけです》

《ふむ……我が子孫もまた、実に面倒なものに目をつけられたのだな。まあ、この娘をここまで面倒極まる存在にしてしまったのは、我らの責が大きいのだろうが》

《その通りですね。調べてみたところ、ティアナは人間界で嫌なことがあると、精霊界(こちら)へ逃げ込む癖があったようですから。基本的にこちらにとどまる精霊はまだ幼い者が多く、ただ友人である『愛娘』を全面的に肯定し、楽しい時間のみを過ごすことしかしなかったのでしょう》

《……なるほど。これは、エイザール王家とティルフォードには、改めて詫びを入れねばならぬな。シェフィーリアを新たな『愛娘』とする案は、先ほど当人とネイサンに即答で断られたのだが》

《当代の『愛娘』による実害を最も多く(こうむ)っていた二人ですし、それは仕方がないかと。如何に精霊王様直々のご提案とは言え、受け入れるには抵抗があるというものでは?》

「……せ、精霊王様!? それに、ネイサン様が子孫って……ティルフォード家が精霊王様の直系の子孫というのは本当だったんですか!?」


 思わず声を上げると、似合わないことに畏まっていたフォーンが、わたくしを見て苦笑する。


《驚くところはそこなんだ……何故シェフィーリアじゃなく自分が精霊界にいるのかとか、ニーフェたちはどこだとか、ネイサンたちはどうしたのかとか、他に気になることはないの?》

「だって、フォーンに何か聞いても、わたくしが納得できる答えはくれないじゃない」

《君が納得できる答えって、『君にとってだけ都合のいい内容』ってことだよね。例え僕じゃなくでも、最初からどこにも存在しないものをあげられるわけないでしょ? 大体、『シェフィーリアがいなくなれば、君が彼女の後釜としてネイサンの婚約者になれる』なんて、どこをどうつつけば出てきた結論なのさ?》

「ネイサン様がお姉様と婚約したのは、お姉様に体で誘惑されたからだもの! お姉様さえネイサン様から離しておけば、そのうちネイサン様は目を覚まして、わたくしを愛してくださるようになるわ!」

《……君、本当に双子の姉を愛しても信頼してもいないんだね。知ってたけど。まあそれはそれとして、質問。ネイサンの婚約者になるってことは、いずれティルフォード公爵夫人になることを指すのは分かってるよね? そうすると君、王太子妃や次期オルテンシア侯爵夫人、ローレンス伯爵夫人といった、シェフィーリアの友人たちと末永く仲良く付き合っていかなきゃならないんだけど、できる自信は? ちなみに彼女たちにとっての君は、『友人(シェフィーリア)を拉致監禁してその婚約者を略奪した、泥棒猫にして犯罪者』でしかないのが現実だよ。勿論、君が『精霊の愛娘』だってことは何の有利にも働かない》


 痛いところを何の容赦もなく突かれ、とっさの反論ができない。


「……そ、それは……皆様には、きちんと説明すればいいだけよ! ネイサン様はわたくしの『運命の伴侶』で、お姉様との婚約はただの間違いだったと!」

《それで納得してもらえると思う? 心底からそう思ってるんだ? ふーん。筆頭貴族であるティルフォード家が、そんなとんでもない間違いをやらかしたって認めるんだね。うわあ、公爵家どころか、貴族の面目丸つぶれだよ。ネイサンの評判も最悪になるよね。いくら双子でそっくりだからって、結婚を申し込む相手を間違うとか有り得ないし》

「う……! だ、だって事実だもの。仕方ないわ!」

《事実がそうだとしても、君が双子の姉を拉致監禁していい理由にはならないんじゃないの? シェフィーリアが社交界に元気な顔を見せられないなら、君の犯罪者扱いは永遠のものになるよね。当然ティルフォード家としては、犯罪者の疑いが晴れない令嬢を、嫡男の婚約者になんかしておけないわけだけど》

「馬鹿なこと言わないで! わたくしがお姉様を拉致したなんて証拠がどこにあるの!?」

《証拠なんてなくとも噂にはなるよ。人間界にいる精霊たちだって、守護する者たちに聞かれれば答えるだろうしね。教えない理由がないもの。それに、君が引き起こした学園での発光現象については、ありのままの事実がもうネイサンの口から広まってるし》

「……それなら何故、お姉様は精霊界(ここ)にいないの!? わたくしはお姉様を人間界から連れ去ってほしいと、精霊たちに願ったのよ!」

《決まっていよう。そのような願い事を聞き届ける理由は、精霊たちには何もないからだ》


 ネイサン様そっくりの声が、この上なく平坦な響きをもって答える。

 そちらを見れば、何を見るでもない無関心を極めた目が、わたくしの方に向けられている。──よりにもよって、わたくしを愛する精霊たち全てを統べるはずの御方が、そんな目をするなんて。


《ただ自らの欲望を叶えるためだけに、何ら非のない者を排除せんとする願いなど、精霊(われら)が叶える筋合いはない。排除対象が、歴代でも最も精霊王(われ)に近しい存在であるネイサンの、最愛の相手ともなれば尚更のこと。──そなたにとって姉がどのような存在であれ、我が子孫ネイサンにとっては、シェフィーリアは唯一絶対の伴侶だ。失えばそれこそ、正気すら危うくなりかねぬほどの、な》

「……う、嘘っ……! そんなこと、わたくしは絶対に信じません!」

《そなたが信じようと信じなかろうと、真実は変わらぬよ。……そして、精霊の意に明確に反することを願った時点で、そなたには既に『精霊の愛娘』たる資格はない。当然、そのような者の願いを我らが叶える理由はなく、『愛娘』ではなくなった者を守護する必要もなくなり、呪いとも言うべき願いはそのまま、そなた自身に跳ね返ったというわけだ》


 淡々と、事実だけを述べているらしい精霊王様のお言葉はしかし、わたくしにはとっさに意味を掴めないものだった。


「え……『愛娘』ではなくなった、って。……わたくしが、ですの……?」

《他に誰がいるのだ?『精霊の愛娘』が、同時代に複数現れることなど有り得ぬぞ。そなたのように資格を失った者の後釜として、別の娘を新たな『愛娘』とすることはできぬではないが》

「で、でも……! そう、キャロライン・ファーロンと、セレスティーナ・オルテンシアの例がありますわ!」

《ああ、王国史ではそうなってるんだっけ。あれは、セレスティーナが本物の『愛娘』だよ。キャロラインは偽者。別にキャロライン自身が『愛娘』を騙っておかしなことをしたわけじゃないから、僕たちとしては訂正する必要もなくそのままにしてるけどね》


 エイザール王国史の大いなる謎の一つがあっさりと明かされ、わたくしはただ呆然とするしかない。


《驚くのもわかるけど、ティアナは別に、『愛娘』じゃなくなっても問題ないでしょ? いつも言ってたよね。『わたくしのことをただ『愛娘』としか見ないような殿方には興味ない。結婚するならわたくし自身を愛してくださる御方がいい』って。よかったね、これからはみんな、余分な装飾も何もない、ティアナ個人を見て判断してくれるようになるよ》

《それは幸いだな。そもそもネイサンも、そなたのことは基本的に『シェフィーリアの妹』としか見ていなかったようだし、仮にそなたが『愛娘』のままであっても、ネイサンは『伴侶』が務まる男ではなかっただろう。ティアナよ、以後は遠慮なく一個人として、そなたが望み、そなた自身を望む男を探せばよい。何なら、その条件を満たすであろう男の近くへ送り届けてやってもよいぞ。恐らくは国外のどこかになるが》


 あまりにも信じがたい一言が、ほぼ止まっていた思考を切り替えてスイッチを入れてくれた。


「国外ですって!? そんな、何故ですか!『愛娘』ではなくなったとしても、わたくしはフォルダム伯爵令嬢です! ティルフォード家に嫁げなくなった身だとは言え、エイザールを出ていかなければならない理由などどこにもないはずですわ!」

《え、だって君、もうフォルダム家からは勘当されたんだよ? ネイサンの寝室に忍び込んだのが分かった時点で、スレインもレリアも堪忍袋の緒を切らしちゃったし……そこまでならまだ、あと二年は猶予があったけど、今回の騒ぎでもう即時勘当が決まったからね。どんなに頑張っても、君が伯爵令嬢として貴族に嫁げる望みはないんだよ》

《万に一つがあるとするなら、『次期ティルフォード公爵夫人の双子の妹』という立場に目をつける者がいれば、というところだが。ネイサンにせよシェフィーリアにせよ、身内だからと無条件で便宜を図る性格ではないから、無意味な仮定か》


 ──がらがら、と。

 精霊王様とフォーンが口を開くたびに、わたくしの足下が音を立てて崩れ去っていく。


 ──嘘だ。どうして。

 ただわたくしは、愛するネイサン様の妻になりたかった。『精霊の愛娘』の当然の権利として、最愛の『運命の伴侶』と二人、幸せな人生を送りたかった。ただそれだけだったのに──


 ……ぺたん、と。わたくしは床に両膝をつき、頭を抱えて絶望のつぶやきを洩らすしかなかった。


「……わ、わたくし、は……何の守りもない頼りない身で、祖国たるエイザールから、追い出されてしまうの……? ただ、愛する御方と結ばれることを願っただけなのに。それがそんなに、いけないことだったの……!?」

《本当に願っただけで、おかしなことを何もしていなかったなら、何の問題もなかったよ。せめて最低限、ティルフォード家とネイサンを敵に回すような振る舞いさえなければ、国内に留まることもできただろうね。自分は『愛娘』だからと思い上がらず、普通にネイサンに告白をして、きっぱり振られてもその結果を素直に受け入れていれば、君の本当の『伴侶』はいずれ君の前に現れたと思うよ》

「他の男性なんかいらない……! わたくしは、ネイサン様しか……!」

《そなたを『最愛の女性の妹』としか見ない、シェフィーリアしか目に入らぬ視野の狭い男でも、か? ティアナ、そなたは何故、そんなにもネイサンを愛しているのだ?》


 心底から不思議そうに問われ、馬鹿にされているような気がして、かっと血が逆流する。


「そんなの決まっています! ネイサン様は──」

《……ネイサンは?》


 先を促されるが、わたくしの口から声は出ず、ただぱくぱくと動くばかり。


 ──ネイサン様は、これまでに出会った誰よりも美しく、笑顔が素敵な男性で。わたくしのことを優しい言葉で誉めてくださって。ティルフォード公爵家という、貴族では並ぶものなき高貴かつ由緒ある家を継がれる御方で。

 だから。だから、わたくしは──


《……つまり、ティアナの方こそが、ネイサンの表面的な要素しか愛していなかったってことだね。きっと、ネイサンが子爵家あたりの人間だったら、いくら美形でも結婚したいなんて考えなかったんじゃない?》

「っ──それは、わたくしだけの話じゃないわ! お姉様だって、その条件ならきっと──」

《さて、そうかな?》


 意味ありげに微笑んだ精霊王様が、ぱちんと指を鳴らすと。

 虚空に大きく優美な鏡が現れ、どこか見覚えのある風景と、嫌になるくらい似合いの男女の姿を映し出した。

 女性──お姉様はデビュタントの時の真っ白なドレスを着ており、隣のネイサン様もあの日と同じ装いをしているので、場所は王宮のバルコニーらしい。


『……改めて、初めましてと申し上げるべきでしょうか? ティルフォード公爵家御嫡男、ネイサン様』

『怒らせてしまったようだね、シェフィーリア嬢。騙す形になったことは謝るよ、すまなかった。でも図書館ではお互い、詳しい素性は明かさないのが暗黙の了解だっただろう?』

『それはそうですけれど、わたくしはただ家名を名乗らなかっただけですわ。貴方様のように、実在する子爵家の子息を騙ったわけではありませんもの。確かにわたくし程度の者に、本名を軽々しく名乗れるお立場ではないのは理解できますが……』

『いや、そんな大げさな話ではないよ。ただ、本来の身分などを告げることで、君と過ごせる気楽で楽しい時間が台無しになるのを避けたかったんだ。現に今も君は、殊更に距離を置こうとしているだろう?』

『それが適切なことですので』

『適切、ね……子爵家の人間と思っていた時には、何度かキスだってさせてくれたのに? 結婚してくれるかと聞いたら、デビュタント後に父の許可があればと恥ずかしそうに頷いてくれたっけ』

『!……そのことは、お忘れくださいませ!』

『嫌だね。私は君のあらゆる表情を覚えているし、男として見ることを許される全ての表情を見たいと思っていて、実際に見ると決めてもいるんだよ』

『そんなことは──んんっ……!』

『……愛しているよ、シェフィーリア。君も同じ気持ちだと認めてくれるまで、私はキスを止めないから』

『や……ネイサン様、どうか……』

『……おや? どうやら話題の、キスで取れにくい口紅のようだね。これは好都合だ……』


「──止めてください! もう結構です!」


 目を固く瞑り、耳をふさいで首を振るわたくしの頬を、熱い涙が次々に流れ落ちていく。

 完全な失恋の痛みと、果てしない自己嫌悪。そしてこの上ない敗北感が、体全体にずしりとのし掛かる。


《別に、より高い爵位を有する男性との結婚を令嬢が望むこと自体は、悪でも何でもないことだが》

《そうですね。むしろシェフィーリアが無欲すぎるとも言えるし、実際にネイサンは、結婚相手としてはあらゆる意味で理想的だから、泣くほど自分を責める必要はないと思うよ、ティアナ》

「……お願い。どうか放っておいて……!」


 泣いて、泣いて。涙が流れ出すまま、心ゆくまで頬を濡らして。

 ──そうしていつの間にか、わたくしは再び眠りに落ちていた。

一応、精霊たちなりに責任を取る形でのざまぁとなりました。

文中にあったキャロライン&セレスティーナについては、「眠り姫と白薔薇姫」をご覧くださいませ。

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