眠り姫と双子の姉と・4
お待ちかね(?)ティアナVSシェフィーリア&ネイサン。さて結果は如何に。
その後、わたくしはまず学園でお姉様を捕まえようとしたけれど、何故か上手くいかなかった。
双子ということでクラス自体がまず違い、休み時間にしか接触が図れないのが原因としては大きい。でも、以前なら簡単に合流できた昼休みにも会えないのはどういうことなのか。
──まさか、お姉様に避けられてる?
そう疑いたくなるほどだった。
結局お姉様には会えないまま冬休みに入ったが、彼女は年末年始も実家には顔を出すことなく、目的を果たせぬまま日々は過ぎていく。相変わらず精霊たちは、お姉様やネイサン様絡みでは頼りにならないままだ。
新学期を迎えた日、午前で授業を終えた放課後に、急いで生徒会室へ向かう。いつもなら授業が終われば眠くて仕方ないのだけれど、午前授業の日であれば、放課後でも普通通りに活動できる時間帯だ。
階段を登りながら先を見ると、目的地の扉から、見間違いようのない人影が二つ出てくるのが見えた。
──ネイサン様と、お姉様……!
「では、我々はこれで失礼するよ。……帰ろうか、フィリア」
「はい。……あら、ティアナ」
わたくしの姿を認めたお姉様は、警戒するように身構え、婚約者を迎えにきたのだろうネイサン様は、無表情ながら絶対零度の視線を向けてくる。
立ち止まったお二人の前、階段を上りきったわたくしは、ややたどたどしくも淑女の礼をとる。
「……お久しぶりです、ネイサン様、お姉様」
「ええ、本当に久しぶりね、ティアナ。今日は、家からの迎えはまだなの? 休んでいなくて大丈夫?」
「はい。平気です」
「そう? もしも眠くてつらいようなら、医務室で休ませてもらうといいわ。もし良ければそこまで付き添いましょうか」
と、お姉様は実に姉らしく、手を差し伸べてきた。
……ばしっ!
わたくしに力一杯はね除けられて、白い繊手が赤みを帯びる。
「痛っ……!」
「フィリア!……ティアナ嬢、何を──」
「今更、ぬけぬけと姉みたいに振る舞わないでください! 裏切り者のくせに!──わたくしからネイサン様を奪った上に、そのことをご自分の口から、直接教えようともしてくださらなかった卑怯者! そんな人、もうわたくしのお姉様じゃありません!」
溜まりに溜まった不満を吐き出せば、お姉様は腹が立つほど素直に頭を下げてきた。
「……そうね。ネイサン様を奪ったつもりはないけれど、直接伝えなかったことだけは謝るわ。ごめんなさい」
「奪ったことすら認めないなら、謝罪なんかいりません! そんなことより、内緒にしていた理由をちゃんと教えてください! お姉様の口から聞かされていたら、わたくしは──」
そこまで言って、言葉が途切れる。
──もしも本当に、お姉様から直に、ネイサン様との婚約を明かされたとしたら。わたくしは果たして、どうしていただろう……?
困惑しつつ自問するわたくしに、お姉様は酷く冷静な顔で訊ねてきた。
「……わたくしが直接話せば、信じてくれた? いえ、きっと貴女のことだから、冗談と思って笑い飛ばした後にこう言うでしょうね。『ネイサン様にはわたくしこそが相応しい。彼とお姉様の婚約なんて有り得ないし、あっていいはずがない。だってネイサン様は『愛娘』たるわたくしの『運命の伴侶』なのだから』と」
「…………」
全くその通りなので、反論できず黙り込むしかない。
「別に、その言葉が真実ならわたくしは構わないのよ。姉として、妹である貴女が『伴侶』とめぐり合い、幸せになることを望んでもいるわ。ネイサン様が心からティアナを愛していらっしゃるのなら、気持ちの上ではつらくとも、喜んで祝福したでしょう。……でも実際には、ネイサン様は他ならぬわたくしを愛してくださっているのだから、貴女の『伴侶』になるなどということが絶対に有り得ないのは分かるわね?」
「嘘です!『精霊の愛娘』が愛する男性が、『運命の伴侶』ではないなんてそんなこと──!」
「それならば何故、私は君ではなく、フィリアに──シェフィーリアに結婚を申し込んだのかな? それも、国内の有力貴族が揃い踏みのあの場で。筆頭貴族たるティルフォードの名を背負う私がそこまでしたことが、単なる気の迷いか何かの間違いだとでも言うのかい?」
「それはっ……!」
言葉に詰まるが、はたと気づいた。お二人が言っていることは、お姉様からわたくしに直接報告がなかった理由にはなっていない。
「ごまかさないでください! そのことと、お姉様がきちんと話をしてくださらなかったことは無関係でしょう!?」
「いいえ? わたくしは貴女の、ネイサン様の御意思を完全に無視した身勝手極まりない言動が、心底から不快で、そして悲しくてたまらないの。それを目の当たりにしたくないというのは、立派な動機ではないかしら?」
「……え……!? 誤解です、わたくしはそんなことはしていません! ネイサン様の御意思を無視したことなんて、一度たりともありませんわ!」
「……本気で言っているの? 愛していると言う言葉を免罪符に、その相手の行動や意思を確認も何もせず、ネイサン様こそが『運命の伴侶』だと学園全体に言いふらすことが、本当にネイサン様ご本人の意にかなった振る舞いだと言うのね?」
「っ────!」
その通りだと言いたかった。いつものように胸を張り堂々と、今は違っても、いずれネイサン様はわたくしを愛するようになり、『運命の伴侶』となってくださるのだと。
けれど、お姉様の隣に佇むネイサン様の、わたくしへの冷たい侮蔑の視線が、そうすることを許してくれない。
そんなわたくしに、お姉様はいっそ優しい声音で話を続ける。
「逆の立場ならどうかしら? 貴女に一方的に想いを寄せる殿方が、一切の許可を得ることもなく、『自分こそが他ならぬ『運命の伴侶』だ』と、国中に声高らかに宣言したとしたらどう思うの?」
言われた状況を想像しただけで、軽く頭に血が上った。
「冗談じゃありません! そんなことがあったらわたくし、その殿方を、社会的にも物理的にも破滅させてやりますわ!」
「流石に過激だね、ティアナ嬢。──ちなみに私も一体何度、貴女に対してそうしようと思ったか、数える気にもなれないくらいだよ? 精霊たちを敵に回したくはないし、伯爵ご夫妻がもう何度も、我が家に監督不行き届きをお詫びにいらっしゃるし──如何に『愛娘』の言葉とは言え、所詮は夢見る乙女の戯れ言など、貴族たる者が信ずるに足るものではないから、詫びる必要はないのだけれどね──何よりフィリアを悲しませたくはないから、実行に移していないだけのことで」
──ぞくっ、と。
背筋と心臓を絶対零度の刃で刺し貫かれたような錯覚に、上った血が即座に引いて、逆に顔が真っ青になったと分かる。
──ネイサン様は、わたくしのことを愛するどころか、心の底から疎んでいるのだ。
誤解の余地もなく突きつけられた真実に、信じたくないと叫ぶ頭とは裏腹、体を支える力が抜けて、ぺたんとその場に座り込む。
「……嘘。嘘だわ……それに、もしもネイサン様が『伴侶』でないのなら、わたくしが結ばれるべき相手は一体どこにいるの……?」
「それは、精霊ならぬ身では答えようがないな。『運命の伴侶』の判別や認定は、精霊たちが行うのだろう? 多分ティアナ嬢はまだ、その男性とはめぐり合っていないだけだと思うけれどね」
「……でも、わたくしは。他の男性なんて……」
じわじわと伝わる冷たい床の感触が、目の前のお二人が睦み合う様子を目撃した時のことを、半強制的に想起させてくる。
「ティアナ、立てる? そのままでいては体が冷えてしまうわ」
──わたくしもお姉様のように、全身全霊でネイサン様に愛されたい。そうなればきっと、精霊たちもネイサン様を、わたくしの『運命の伴侶』と認めてくれるのに。
目の前に再び差し出された華奢な手に、ぼんやりと視線を走らせる。
制服に包まれた腕をたどって見上げれば、そこにあるのはわたくしと同じ、精霊の祝福を受けた美しい顔で。
「……ティアナ?」
──わたくしはお姉様と同じ顔で、同じ伯爵令嬢なのに。
しかも『精霊の愛娘』という、世に並ぶものなき存在でありながら、お姉様がいるせいで、最愛の男性と結ばれることもできないのだ。
ならば──
「──お姉様。わたくし、一生のお願いがあるの」
「……何かしら? 言うまでもないけれど、ネイサン様の婚約者の座は譲れるものではないわよ」
「違います。もっと簡単で単純なことですわ」
言いながら、わたくしは差し出されたままの手を、逃げられないように渾身の力で握りしめた。
「──わたくしの前から、消えてくださいな」
そう。目障りな存在など、消してしまえばいい。
命までは取りはしない。ただ、この世の誰にも──ネイサン様にも手の届かないところに行ってくれさえすればいいのだ。そうすればわたくしは、晴れてネイサン様のお隣に立つことができる。
全ての意思と魔力を総動員して、精霊たちに願いを告げる。
(精霊たちよ! どうかお姉様を、精霊界へ連れ去って!)
──カッ! と。
その瞬間、白く目映い、あらゆる感覚を奪うほどに強い光が、王立学園全体を包み込んだ。
──精霊界とは、精霊王が統べる、この世ならぬ存在のみが住まう世界だ。全ての精霊が生を受け、そして死を迎えるための場所。一説には、祝福された人間の魂は死後そこへ招かれ、新たな精霊として生まれ変わることを許されるという。
時として、人が何の手がかりもなく失踪することを「神隠し」と呼ぶことがあるが、その何割かは彼らが生身のままで、精霊界へと連れ去られたケースである。『愛娘』でこそないものの、複数の精霊たちに殊更に気に入られた存在がそうなってしまうことが多い。基本的に精霊たちは好いた者の意思を最優先するので、隠された人間の方も年端の行かない子供だったり、人間界にしがらみや執着が何もない者であることがほとんどだ。前者の場合はそれなりの割合で、家族のもとに帰されることもあるが。
お姉様も、『愛娘』であるわたくしほどではなくとも多くの精霊に愛されているから、精霊界ではそれなり以上の厚遇を受けるに違いない。わたくしは別に、お姉様に迫害されてほしいわけでも、庶民以下の生活水準になってほしくもないのだ。
何にせよ、精霊界には普通の人間の意思で干渉することはできず、『愛娘』であったとしても、精霊たちの許可がなければ出入りも難しい。まあ、大抵の精霊は《いいよ~》と軽く請け負ってくれるけれど。
令嬢としての窮屈な教育から逃げるため、時々そこに逃げ込むことがあったわたくしは、精霊界の様子や空気をよく知っている。
……だから、目を覚ました時に分かってしまった。自分が今どこにいるのかを、本能的に。
「……? どうしてわたくしも精霊界にいるの? お姉様は?」
いつもながら、精霊界にいる時の目覚めはすっきり爽やかだが、状況が把握できないので、心情的にはその爽やかさも半分以下だ。
それに、精霊界では延々と纏わりついてくるはずの精霊たちの姿が皆無なのがまずおかしい。ニーフェたちまでもが側にいないなんて……何よりも、肝心のお姉様はどこにいるのだろう?
「……あれ? よく見たらここ、わたくしの部屋じゃないわ。どうして……」
いつもなら、精霊たちが自ら内装を手掛けた、わたくしの趣味にぴったりの可愛らしいお部屋で、大勢の友人たちが、楽しいお茶会の準備をしてくれているはずなのに。あまりにも殺風景に過ぎるこの部屋は勿論、その周囲にもそれらしき気配は全くない。
「ニーフェ? カレル? リオナも……みんな、いるんでしょう? わたくしはここよ……」
心もとなさに声が先細りになる。物心ついてからというもの、家族や使用人が側にいない時でも常に精霊たちがいてくれたから、厳密な意味で一人だけになった経験がわたくしにはなかった。
それなのに何故、よりによって精霊界で、こんなにも強い孤独感を味わわなければならないのだろう……?
のろのろとベッドから体を起こし、カーペットも何もない石の床に足をついて、慎重に一歩を踏み出した。
服装は、意識をなくす前と同じ制服のままだ。精霊界ではいつも、精霊の魔力でできた最上のドレスを着ているので、やはり違和感が酷い。
「誰もいないの……? おかしいわ、『精霊の愛娘』であるわたくしを、精霊界のみんなが一人にしておくなんて……」
《やれやれ、まだ気づかぬのか……自らの守護が完全に消えていることに》
「────!?」
どこからか聞こえた声は、日々焦がれていたものととてもよく似ていて。
慌ててあたりを見回すと、わたくしの最愛の男性が、見慣れた可愛げのない精霊と一緒に、扉も何もない入り口からゆったりと姿を現した。
無知や無自覚ほど怖いものはないなあ……と、書いていてしみじみ思いました。
次回も引き続き、ティアナは集中攻撃を食らいます。攻撃してくる面々は違いますが。




