眠り姫と双子の姉と・3
延々と続くお花畑に、徐々に迫り来るざまぁ。
そして一部、肌色めいた場面があるのでご注意。
「お父様、お母様! これは一体どういうことです!? どうしてわたくしではなくて、お姉様がネイサン様と婚約なんてことになったんですか!!」
ティルフォード邸でわたくしに割り当てられた一室で、怒りと混乱のあまりに癇癪を起こして両親に食ってかかると、返ってきた答えは無情なものだった。
「決まっているだろう。ネイサン様が他の誰でもなくシェフィーリアをお望みで、シェフィーリアも以前からずっとネイサン様を愛しているから、何の支障もなく話がまとまっただけのことだよ」
「シェフィーリアは読書が趣味の一つでしょう? 何でも三年ほど前に、王宮図書館で初めてネイサン様とお会いして、お互いに一目惚れだったそうよ。あなた、わたくしたちの出会いを思い出さない? 懐かしいわ」
「そうだな。私たちも出会いは図書館だった。王宮ではなくて学園のだが。確か、図書委員だった君が脚立を使って本の整理をしていて、うっかり取り落とした本が、通りすがりの私の肩に直撃したんだったね」
「ええ。さほど重い本でもなかったから打撲で済んだのだけれど、やっぱり申し訳なくて、お詫びのためにあれこれと世話を焼くようになったのよ」
うふふ、ははは、と楽しげに笑う両親に思いきり神経を逆撫でされて、たまらず無粋な声を上げてしまう。
「お二人とも、思い出話を楽しむのは後にしてください! わたくしは、これからどうすればいいのか……!」
そこまで口にして、思い出した。今日、わたくしが何をするつもりだったのか。
──そう。ネイサン様と既成事実を作ること。
あの品行方正なお姉様のことだ。いくら婚約したとは言え、結婚前にネイサン様とベッドを共にしたりはしないだろう。
ならば当然、今夜のネイサン様は寝室にお一人でいるはず。
そこに忍び込んで朝まで留まり、適当な時間にネイサン様を起こして想いをお伝えすれば──
(いえ、いっそのことお姉様のふりをして、本当に既成事実を作ってしまえばいいかも!)
そうだ。それがいい。
お姉様は婚約破棄をされてしまうことになるけれど、仕方ない。わたくしの気持ちを承知していながら、『精霊の愛娘』であるわたくしから『運命の伴侶』を奪ったお姉様は、少しくらい報いを受けるべきだ。
ネイサン様だって、お姉様と同じフォルダム家の令嬢で同じ容姿のわたくしならば、最初は抵抗があっても、そのうちにすんなりと受け入れてくださるようになるだろう。
そうと決まれば──
「──ティアナ。言うまでもないとは思うが、今夜は疲れているだろうから大人しく休むように。意味は分かるね?」
いつも穏やかなお父様は、子供たちを叱る時も怒鳴ったりはしないが、だからこそ怒鳴られるより恐ろしい。
この時、お父様がわたくしを見る目は、間違いなく警告を発していた。
その隣のお母様もまた、厳しい雰囲気をまとっている。
「もしもこれ以上、貴女がティルフォード邸で騒ぎを起こせば、お父様もわたくしも勘当を辞さないと知っておきなさい」
「……は、はい」
ひとまず大人しくうなずいておく。
でも、両親は何のかんのと子供たちに優しいから、口だけで実行には移さないだろうと、わたくしは高を括っていた。
……両親はわたくしだけではなく、お姉様の親でもあるという当たり前の事実にさえ気づかないほどに、この時のわたくしはただ一つ、計画の手順の復習で頭がいっぱいになっていた。
「……ええと。確かこっちだったわよね……?」
《ねえ、ティアナ。本当に実行するの?》
わたくしの守護精霊のひとり、風の精霊の少女ニーフェが、おずおずとローブの袖を引く。
「当たり前でしょう? わたくしはお姉様に『伴侶』を盗られたんだから、早く取り返しに行かなければ!」
《……でも、ティアナの『伴侶』は彼じゃないのに》
嫌になるほど聞かされたその言葉は最早、自動的に耳を素通りしていく。
《それに、盗られたって言うけど、シェフィーリアの方がネイサンと先に会っていて、その時から両想いなんでしょう? だったら盗られたも何も……》
「もうっ、ニーフェもフォーンと同じくらい煩い! 文句があるならついてこないで!」
《……分かった。もう言わない》
と言ったきり黙ったものの、何かを言いたげな気配はひしひしと伝わってくる。
正直なところかなり鬱陶しいけれど、途中で誰かに出くわして騒ぎになるのは不味いので、ごまかしてくれるニーフェがいるのはありがたい。お姉様とは違って、わたくし個人の魔法の腕は、魔力量に比べると話にならないほどに低いのだ。これまでは精霊に頼めば大抵のことはしてもらえたが、自分の魔法の技術向上はきちんと取り組むべきかもしれない。ただ、これからは公爵夫人となるための教育で忙しくなるだろうから、そんな暇はなくなる可能性は高いけれど。
そんな風に考えていると、公爵家の家族が暮らす棟へと差し掛かった。
ニーフェに姿と気配を消してもらい、彼女の後をついてネイサン様のお部屋へ向かう。
当然鍵は掛かっているけど、扉をすり抜けたニーフェが中から開けてくれる。
そして、踏み込んだ先には──
「……いない? ネイサン様、どちらに──あら?」
空っぽの寝室を見回せば、隣室に繋がっているらしいドアが少し開いていて、そちらから微かな明かりが見えた。
足を踏み出せば、ニーフェが焦って立ちはだかる。
《ティアナは行かない方がいい! ね、もう戻ろうよ》
「……つまり、ネイサン様は隣にいるのね? だったら戻れるわけがないわ。どいて」
《…………》
説得が無理と悟ったのだろう。素直に引き下がったニーフェを置いて、わたくしはそっと隣室へ向かう。
──本来なら、この時までに気づくべきだった。男性の部屋と繋がる隣室を使うのは、一体どんな立場の者なのかということを。
──ぁ……っ。
「……?」
うめき声だろうか。
よく知っているような声なのに、聞き慣れない調子のせいで確信が持てない。
明かりの漏れる部屋のドアにそっと近づき、隙間から中を覗き込むと。
「……ン、様……わたくし、もう駄目です……っ」
「ああ。これからの時間はただ、朝まで私に身を任せていればいいよ。愛しいフィリア……」
「そんな、朝までなんて、わたくし……ん……」
「……大丈夫。今夜はもう激しくしないから、ね?」
「……もう。約束ですよ……?」
ベッドの中、わたくしの双子の姉と最愛の男性が、酷く幸せそうにシーツの下で抱き合い、微笑みと口づけを交わしていた。
──心身ともに完全に結ばれた二人の様子を目の当たりにして、わたくしの膝からは完全に力が抜け、ぺたりとその場に座り込むしかできない。
渦巻く感情のまま叫びたいのに、口を開いても声そのものが出てこなかった。
《……だから、行かない方がいいって言ったのに》
ニーフェの声は、同情よりも呆れが色濃くにじんでいる。
いつもなら間違いなく叱責していたけれど、今のわたくしにはそんな気力もなく、ただただ呆然とするしかなかった。
……そのまま眠ってしまい、ニーフェが運んでくれたのだろう。気づけばティルフォード邸の客室で、朝の光に満たされたベッドルームに横たわっていた。
「もう朝なのね……」
何気ないつぶやきが、不意に昨夜の光景を思い起こさせた。
──朝まで私に身を任せていればいいよ。愛しいフィリア……
情熱的なささやきが蘇り、自分が言われたのでもないのに、全身が沸騰したかのように熱くなる。
が、それはすぐに冷えきって、双子の姉への嫉妬と憎悪がじわじわと湧き出してきた。
「……ずるい。お姉様はどうして、わたくしの邪魔ばかりするの……!?」
わたくしのネイサン様と、わたくしよりも先に出会って。わたくしが『伴侶』と定めた相手の婚約者の座をまんまと射止めて。何とか取り返そうとしたわたくしを嘲笑うように、ネイサン様と既成事実まで作ってしまったお姉様。
──酷すぎる。許せない。どうしてやろうか。
まずは、何が何でも文句を言ってやりたい。帰りの馬車の中ならお姉様にも逃げ場はないし、お父様やお母様が口を挟むかもしれないけれど、そんなのは知ったことじゃない。わたくしには、言わせてもらうだけの正当な理由があるのだから。
固く決心したわたくしはしかし、またもや出鼻をくじかれてしまうことになった。出発までにお姉様が家族の前に現れることはなく、我が家の馬車はそのまま帰途についてしまったのだ。
「お、お父様。お姉様は一体……!?」
「ああ、言っていなかったね。シェフィーリアはこれから、ティルフォード家に馴染むためにあちらで暮らすことになったんだよ」
「ええっ!? そんな……学園はどうするんです!?」
「勿論、卒業まではきちんと通うことになっている。でも寮からではなくて、ティルフォード邸から通わせていただく形になるそうだ」
「そ、そうですか……」
それなら、学園でお姉様を捕まえれば済む話だ。学園なら二人きりになるのは簡単だから、両親の前よりも本音を存分にぶつけることができる。
そう考えて、内心にんまりしていた時だった。
「ところでティアナ。貴女、昨夜は何故か、ティルフォード卿の寝室に入り込んでいたようね」
「!? な、何のことですか……?」
「とぼけるものではないよ。真夜中にノックで起こされたかと思えば、ティルフォード卿の側仕えが、『下のご令嬢が主のお部屋の床で熟睡中なので、どうかお引き取りをお願いいたします』などと言ったものでね。驚いて駆けつければ、まさに言葉通りの状況だ。幸い騒ぎになることもなく、部屋まで運ぶことはできたが……さあティアナ、一体どういうことなのか、怒らないから説明してくれるね?」
「う……お父様、もう怒っていますよね?」
「当たり前でしょう。まさかデビュタントを終えたレディが、よりにもよって公爵家嫡男のお部屋に忍び込むだなんて。怒らない親がいるのなら是非とも顔を見てみたいものだわ」
お父様もお母様も、口元は笑っているけれど目は全然笑っていない。
「……ご、ごめんなさい! その、お姉様とネイサン様の婚約のことで、頭に血が上っていて……お姉様に一言でも文句が言いたくて、精霊たちに協力してもらったんです……でも、お部屋を間違えてしまったみたいで」
全くの嘘ではない言い訳をして、しおらしく頭を下げる。
「理由や目的はそれだけなのかい? まさかとは思うが、ティルフォード卿との既成事実を作り上げて、姉から彼を奪おうとしたのではないだろうね」
「まさか、そんなことはしません!……その、お二人はもう既に、深い関係のようですし……」
奪ったのはお姉様の方だと、声を大にして主張したいところを必死に耐え、優等生であるお姉様の不品行をさりげなく告げ口してみた。加えて、刺激の強い場面を目の当たりにしたわたくしへの同情も買うことができる。
婚儀の前に一線を越えるだなんて、シェフィーリアったら──という、お母様の渋い顔を思い浮かべていると。
「ああ、やはりか。ティルフォード卿のあの溺愛ぶりからすれば、予想はできたことだな。ティアナとしては、想う男性と他の女性とのそんな場面を目撃したことは災難だったろうが……」
「どちらかと言うと、迂闊な行動に出たティアナの方が非は大きいでしょう。これに懲りて、以後は突飛なことはしないようになさいね」
「……はい……」
──どうして!? 何故わたくしばかりが責められるの!?
内心の叫びは、いらない存在の耳に入ってしまったらしい。
《そりゃまあ、婚約者同士の婚前交渉は罪じゃないけど、不法侵入は明確な犯罪だからね》
「フォーンは出てこないでちょうだい!」
「……ティアナ。露骨に感情を表したり、大声を出すのははしたなくてよ? 家族だけの前だからまだいいけれどね。フォーンも、あまりこの子を刺激しないでくれると嬉しいわ」
結局、お母様に冷たく咎められてしまった。本来そうされるべきはお姉様なのに……
やがて伯爵邸に到着し、部屋に戻ろうとするわたくしを、お母様が呼び止めてこう言った。
「ティアナ。昨夜言ったことは覚えているわね? 学園を卒業したなら、貴女はどうなろうと伯爵家を出ることになるから、その心構えと準備を忘れずにしておきなさい」
「?……はい」
何故そんな当たり前のことを言われるのか疑問に思ったものの、わたくしは素直に頷いた。
卒業後にわたくしが家を出るのは当然だ。ネイサン様の妻となり、やがてはティルフォード公爵夫人となるのだから。
そもそもお姉様は、婚約のことを正々堂々と、直接伝えることすらせずにわたくしを騙し討ちにした、臆病で卑怯な人間だ。そんな人が栄えあるティルフォード家に嫁ぐことなど、許されていいことではない。
『昨夜言ったこと』というのが、わたくしを勘当する話を指していたのだと気づくこともなく、わたくしはお姉様を糾弾する計画を、着々と練り上げていくのだった。
どこまでも根強いティアナのお花畑。
刈り取り作業は次話、除草剤の出番はその次となります。




