眠り姫と双子の姉と・1
『精霊の愛娘』にもお花畑の子はいるはず、と書き始めたら長くなりました……うっかり一人称にしたのが運の尽き?
──嘘。嘘だわ。こんなこと有り得ない!
「シェフィーリア・フォルダム嬢。初めてお会いした時から、貴女を心より愛しています。どうか私の、ネイサン・ティルフォードの妻となっていただけませんか?」
「……はい。喜んで」
わたくしの──わたくしたちの両親や、国内の貴族がほぼ一堂に介するこの場所で。
わたくしの愛するネイサン様……『運命の伴侶』であるはずの御方が、シェフィーリア……わたくしの双子のお姉様の前に跪いてプロポーズし、お姉様はわたくしと瓜二つの美貌を赤らめ、瞳を潤ませて承諾した。
──どうして!? ネイサン様がお姉様と婚約だなんてそんなこと、あっていいはずがないのに……!
《だから、俺たちは何度も言ったよな? ティアナの『伴侶』はネイサンじゃない、別の男だって》
《そうそう。ネイサンとシェフィーリアはずっと前から両想いで、お互いがお互い一筋なんだから、誰にも入る隙間はないのよ》
生まれた時からずっと側にいる精霊たちが、いつものように言い聞かせてくるけれど、その内容は絶対に信じたくないことだった。
「嘘! 嘘よ! だって、わたくしはこんなにもネイサン様を愛しているのに! それなのにどうして、ネイサン様が、わたくしの『伴侶』ではないなんてことが──」
渾身の力で叫んだはずのわたくしの声は、精霊たちが何かをしたのか、すぐ側にいる両親にも届いていない。
わたくしがただ呆然と見守る中、ネイサン様は慣れた様子でお姉様の肩を抱き、彼女と顔を見合わせてふっと優しく微笑んだ。
──それは、わたくしには一切向けられたことのない、これからも絶対に向けられはしないだろう、この上なく愛しげな笑みだった。
わたくしはティアナ・フォルダム、十六歳。フォルダム伯爵家の生まれで、双子のお姉様と、七歳離れた弟がいる。
自慢ではないけれど、わたくしとお姉様は幼い頃から美少女だと有名で、社交界デビューの遥か以前から、我が家には降るように縁談が持ち込まれていた。
フォルダム家は、エイザール国内の伯爵家の中でも中間よりやや下といった家格で、財産もさほどではない。これまで娘が縁付いた家と言えば、その爵位や血筋だけを重視した裕福な子爵以下の家がほとんどで、侯爵家以上の家に娘が娶られた前例は片手に足りないくらいだった。
でもわたくしたちには、そんな例などどこへやら、侯爵家どころか王族の皆様から、数えるのも疲れ果てるほどの求婚が寄せられている。取り分けわたくしは、他国の上層部からも数多くの熱視線を浴びせられているくらいなのだ。
双子だけあって、わたくしとお姉様の容姿は瓜二つだけれど、それでも初対面の方々以外には、すぐにどちらがどちらなのか分かってしまうらしい。何でも、仕草や雰囲気、立ち居振舞いですぐに区別できるそうなのだけれど……確かにわたくしは、大人しくて淑やかなお姉様に比べて、少しばかり子供っぽくて元気すぎるところがあるのは自覚している。
でも、そんなレディの鑑のようなお姉様ではなく、わたくしの方に求婚者が多い理由はただ一つ。わたくしが他でもない『精霊の愛娘』だから。
万物を司る精霊たちの加護と愛情を一身に受けているわたくしの夫──精霊に認められた『運命の伴侶』となることができれば、その加護を完全に共有する権利を得られる。求婚者の大半は、そのわたくしのおこぼれに与りたくて、こちらに群がってきていると言っても過言ではないと思う。
無論、精霊たちの目は節穴ではないから、そんな欲得だけが目当ての男性を『伴侶』と認めはしない。わたくしだって、ただ『精霊の愛娘』としてだけしか自分を見てくれない相手になど、最初から興味はない。
そもそもわたくしには既に、誰よりも愛する殿方がいる。エイザール王国の筆頭貴族、ティルフォード公爵家の嫡男ネイサン様だ。
ティルフォード家は建国から続く数少ない貴族の家系で、王家に並ぶ由緒正しさを誇る。その血筋はとても古く、精霊王様の直系だという話までもがあるくらいだ。
普通ならばあからさまに眉唾物の説も、代々の子孫がそれに相応しいほどの魔力(と美貌)を備えていれば、他者が嘘と言い切ることは難しい。当のティルフォード家は否定も肯定もしておらず、それほどに精霊との縁が深い割には、ティルフォード家に『精霊の愛娘』が生まれた例は、セドリック五世陛下の王妃クラウディア様が唯一なのだそうだけれど。
ちなみに、彼女と同じく『愛娘』たるわたくしとしては、如何に精霊王様と言えども、ネイサン様ほどに美しい男性が、人外とは言え他に存在するとは思えない。実際に精霊王様にお会いしたことはないが、高位の精霊たちの顔はそれなりに見たことがあるし、ネイサン様はそのうちの誰よりも間違いなく美麗で整った顔立ちをされていると、胸を張って言い切れるからだ。
『ああ、貴女がフォルダム家の下のご令嬢だね? 確か、ティアナ嬢だったかな』
『は、はい! ティアナ・フォルダムと申します!』
今年の春、デビュタントで初めて会った時の、ネイサン様の輝くような笑顔と優しい声は一生忘れない。レディらしからぬ落ち着きのなさを披露してしまい、お姉様には苦笑されてしまったけれど。
王宮で行われるデビュタントのファーストダンスは、王族男子の皆様が順に受け持ってくださり、わたくしは第二王子殿下と、お姉様は王弟殿下と踊った。
次のダンスもと引き留める殿下から、順番待ちの令嬢がいるのを理由に何とか離れたが、ひっきりなしに他の男性──それも高位の方々からの誘いがあり、全部を断ることなどできなくて、なかなかダンスホールを離れられなかった。
途中、両親やお姉様に助けを求められないかと探したものの、両親の姿は見つけられず、お姉様は王弟殿下とのダンスを終えた後、背の高い金髪の男性ととても息の合ったワルツを披露していた。
名残惜しげなその男性との二曲目を何とか断ったお姉様は、けれどそのまま彼にエスコートされ、高位貴族の皆様のいる場所へと連れ去られてしまった。
いつもは落ち着いているお姉様も、予想外のことに動揺していたようで、ようやく両親のもとで合流できた時にも、恥じらいながらも困りきった様子で、驚くほどに美しい金髪の男性にエスコートのお礼を口にしていた。
その男性こそがネイサン様だった。
『お久しぶりです、フォルダム伯爵、夫人。ご令嬢方の噂はたびたび耳にしておりましたが、やはり一見に勝るものはありませんね。姉妹そろって実に可憐で美しい』
『まあ……光栄ですわ』
褒め言葉はこの日、聞きあきるほどに何度も浴びていたけれど、会場内でも随一の美貌を誇る男性にそんなことを言われては、演技などする必要もなく頬が熱くなる。
同じく顔の赤いお姉様は、居心地悪そうに身じろぐだけで何も言わない。……こういう場合には『ありがとうございます』くらいは言うべきだと、当のお姉様に叩き込まれたのに、どうしたのかしら。ネイサン様に変な姉を持つ令嬢と思われたら恥ずかしいわ。
《……ねえ。ネイサンって、いつまでシェフィーリアを捕まえてるつもりだと思う?》
《うーん……ティルフォードの人間は、運命の相手は絶対に逃がさないからね。いくら何でも、この場で求婚はしないだろうけど……》
という精霊たちの声や、ネイサン様の右手がこの時どこにあったかなんて、一目で恋に落ちた相手の笑顔に魅入られていたわたくしの意識には、かすめることすらもなかった。
だからわたくしは、帰りの馬車の中で、両親とお姉様に対してこう宣言してしまったのだ。
『わたくしの『運命の伴侶』はネイサン様だわ! 今日初めてお会いしてすぐに分かったの。だからお父様、お母様。わたくしが良き公爵夫人になれるように、まずはマナーの基礎の基礎から学び直させていただきたいのだけれど』
『……それは構わないが。本当にあの御方が『伴侶』なのかい、フォーン?』
お父様が目をぱちくりさせて自分の守護精霊を呼べば、少年の姿をした水の精霊がぱしゃりと音を立てて姿を現し、腹が立つほどきっぱりと否定した。
《違うに決まってるじゃないか。あのね、ティアナ。『運命の伴侶』は、『愛娘』と心から愛し合える男性というのが第一条件なんだ。つまり、君が一方的に好いているだけの相手では、どう足掻いても『伴侶』にはなり得ないってことだよ》
『確かに今は、ネイサン様はわたくしのことを何とも思っていないかもしれないけど、いずれは愛してくださるようになるわ! わたくしが頑張ればきっと──』
握りこぶしの力説に、お母様が容赦なく冷水を注ぐ。
『落ち着きなさい、ティアナ。精霊がここまで断言するのは、ティルフォード卿には既に別の想い人がいるという意味よ。それこそ、一生の伴侶とすると心に決めた相手がね。そう思わないかしら、シェフィーリア?』
『えっ!?……さ、さあ。わたくしにはそこまでのことは……』
『あら、そうなの。わたくしの目も曇ったかしらね。とにかくティアナ、すぐに諦めるのは無理でしょうけれど、せめてティルフォード卿の不興を買いかねないことはおよしなさい。貴女はどうにも、直接的な行動しか取れないから不安だわ』
『でも! わたくしはネイサン様を愛しているのに……!』
『愛していることが全ての免罪符になると思っているの? そんな心構えでは、もしも万が一、いえ億が一ティルフォード公爵夫人になれたとしても、すぐに失格の烙印を押されてしまうわよ』
『そんな……! でも、まだネイサン様はどなたとも結婚も婚約もしていらっしゃらないのだし、わたくしにもチャンスはあるはずです!』
《そんなものはないってば。ネイサンと彼女は、何だかんだと両想いだもの》
『~~~~っ! フォーン! 煩いから少し黙ってて!』
これがわたくしの守護精霊たちなら素直に聞いてくれるのに、お父様個人を守る彼はそっけなく撥ね付けるだけだ。
《やだよ。君がうっかり暴走してネイサンの逆鱗にでも触れたら、フォルダム家が大変なことになりかねないんだから。相手はこの国の筆頭貴族様でしょ? 伯爵の中でも下の方にある家なんて、彼がその気になればほんの数日で潰せるんだよ》
『あの、フォーン。確かに能力的にも立場的にも可能でしょうけれど、ネイサン様はそこまでのことはなさらないと思うわ』
『そうよ、お姉様の仰る通りだわ! わたくしの『伴侶』たる御方が、わたくしの実家に酷いことなんてなさるはずがないもの!』
《だから……うん、もういいや。スレイン、レリア。君たち、下の娘を甘やかしすぎたんじゃない?》
『う、うむ……少なくとも、姉妹は同じように育てたつもりなのだが……』
『むしろ、貴方がた精霊がちやほやしすぎたのが大きいのではなくて? 『愛娘』なのだからと、家族以外の者がティアナを見る目が恐ろしく甘くなっているのは事実よ』
《ええ? けど、歴代の『愛娘』でこんな風に面倒な子は、片手にも足りないくらいだよ? そのうちの一人はアイヴィーだけど》
『……ああ。アルベルト一世陛下の二人目の正妃となられた御方のことね。つまりティアナは彼女と同レベルということ……?』
『お、お母様……』
『レリア……』
みるみるうちに疲れきった様子になったお母様を、お姉様とお父様が気遣う。
アルベルト一世陛下とアイヴィー妃と言えば、エイザール王家の男系長子の系譜が途切れた時の国王と正妃だ。アイヴィー妃は平民出身の『精霊の愛娘』で、『運命の伴侶』たるアルベルト陛下に嫁いだものの、僅か一年余りでこの世を去り、その夫も後を追うように息を引き取ったとか。
アルベルト陛下に子はなく、彼の叔父で、先代国王の年の離れた同母弟が次期王として即位し、その血が現在まで脈々と続いている。
『アイヴィー妃のことはよく知らないけれど、元々平民に過ぎなかった彼女と、伯爵令嬢のわたくしを一緒にしないでほしいわ』
《別に身分とか立場とかが似てるわけじゃないけどね。ただ二人ともが面倒な性格だってだけだよ。意味合いは違うけど》
『どういう意味よ?』
《さあね》
と、それだけ言って、フォーンは再び元のように姿を消した。
それからわたくしは、王立学園に入学し、勉学に励む傍ら、何とかネイサン様とその想い人の情報を集めようと頑張ったが、ちっとも上手くいかなかった。
そもそもわたくしには友人が少ない。数少ないお友達と言える人は、わたくしよりもお姉様と距離が近く、表面上は仲良くしてくれているけれど、お姉様のいないところで声をかけると、適当な理由をつけてそそくさと去って行ってしまうのだ。
いつもなら精霊に頼めば、簡単な人間関係の情報くらいはすぐに手に入るのに、何故かこの件については誰も協力してくれない。泣いても喚いても、力の限りに甘えても一向に変わらず、わたくしはすっかりふてくされていた。
でもある時、発想の転換を思い付いた。──想い人が分からないのなら、彼女にネイサン様から遠ざかってもらえばいい。
そう考えたわたくしは次の日から、「ネイサン様は『精霊の愛娘』であるわたくしの『運命の伴侶』だ」と、学園の各所で宣言するようにした。その想い人が誰であれ、『愛娘』と『伴侶』の間に割り込もうという気にはならないと思ったから。彼女が学外の人間でも、話が広まればいずれ耳に入るに違いない。
その日のうちに話を聞いたお姉様が、難しい顔でどういうつもりなのかと問いただしてきたが、わたくしは何も悪いことはしていない。ネイサン様がわたくしの『伴侶』なのは紛れもない事実なのだし。
それからしばらく、お姉様は『公爵家から働きかけも何もない段階で、迂闊な発言をすべきではないわ』と何度も窘めてきたけれど、余計なお世話である。わたくしがネイサン様の妻になれれば、フォルダム家には箔がつき、何よりネイサン様とわたくしは『愛娘』と『伴侶』として幸せになれる。お姉様や弟にだって、より良い縁談が持ち込まれるはずだ。これ以上いい結果はないのだと、聡明なお姉様が分からないわけがないのに、何故そんな風に言うのかが不思議で仕方ない。
そうやって余分なことを気にするところが、わたくしと同じ美少女なのに、即決に値しない程度の縁談しか持ち込まれない理由だと思う。できればお姉様には、未来のティルフォード公爵夫人の姉に相応しく、最低でも同格以上の家の男性と結婚してほしいのに。
セドリック五世とクラウディア・ティルフォードのエピソードは、「眠り姫の婚約破棄」となります。




