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眠り姫の出会いとその後〜依頼と襲撃・3

今回は、少し視点を変えてお送りします。

「お、おじちゃんっ! ドラゴンがっ、あのでかいのが、こわいかおでこっちをっ……!」

「だから、おじちゃんじゃねえって」


 そんな場合ではないと知りつつ、避難途中に転んで怪我をしていた子供を保護した彼──二十五歳のBランク冒険者オレグは、背中の少年へもう何度めになるかの突っ込みを入れた。

 隣で少年の妹を抱えた魔術師カトルは、目的地であるところの王宮からはやや逸れた方角を確認してから、中性的な細面の容姿に穏やかな笑みを浮かべ、少女へ優しくこう告げる。


「大丈夫。()()()()()だよ。みんなのことは、女神様たちが守ってくれるからね」

「めがみ、さま……?」


 少女がつぶらな瞳を瞬かせた、まさにその瞬間だった。

 ──遥か上空から、空全体を朱く染め上げるかのように、竜の吐息(ドラゴンブレス)が降り注いだのは。


「きゃあああああっ!!」

「ひぃっ……!」


 絹を裂くような少女の悲鳴が響き、目を見開いた少年は、恐怖のあまり声を失う。


 が──彼らの誰にも、無数に並ぶ建造物にさえ、ブレスが届くことはなかった。


「…………え…………?」

「あつく、ない。いたくもない……おじちゃんたちはっ!?」

「大丈夫、ってか何ともないぞー。ほら、あれが『女神様』のお力ってやつだ」


 オレグが指さした先のみならず、いつの間にか出現していた淡く温かな光の膜が、半球状の屋根と化して帝都全体を覆っていた。

 冒険者に限らず、一定年齢以上の帝国人なら誰でも知っている、聖光教会最大の奇跡にして帝都名物、『女神の護り』である。

 元来、帝都の周囲は魔法で超強化された堅固な防壁で守られており、巨人族であっても容易く破ることは叶わない。そのため、まともに攻撃をするなら空中戦ということになるが、そちらへの最大にして最高の対策が『女神の護り』であり、国教たる聖光教会がその要なのだった。


「流石は教会総本山を有する帝都。ドラゴンブレスの雨から、何らの被害なく街全体を守り切る結界とは……知ってはいたけれどやはり恐れ入るね」

「フル稼働は丸一日が限度とは言え、これだけの防御力と効果範囲が期待できるなら、そりゃあ国教にでも何にでもするってもんだよな。それを実行できる術者の力と数が、神殿に常駐してるってんなら尚更。

 おっと、それはともかく急がねーと。避難所にこいつらを送った後は、その上に直行しないと出遅れる」

「高さの問題で、結界に覆われていないのは皇宮の上部だけだからね。当然ドラゴンたちもそっちに集まるから、戦力は現場に行かなきゃ話にならない。しっかり掴まっててね」

「うっ、うんっ」

「舌噛むから黙ってろよー」

「うぎっ……!」


 がちん、と痛そうな音がしたあたり、忠告は遅かったらしい。後でカトルに治療してもらうことにする。


 ともあれ、子供という荷物を抱えているとは信じがたい速度で街を駆け抜け、二人は目的地である皇宮内の避難所へたどり着いたのだが、そこで明らかにおかしな光景を見てしまった。

 子供たちの両親に感謝されたのはいいとして、何故ここにいるのか理解しがたい人物──有り体に言えばヴァイスのストーカーだった少女が、どういうわけか子供たちに囲まれて、楽しそうににこにこ笑い合っているのである。

 彼女が帝国諜報員に「殿下」と呼ばれていたことを考えれば、この皇宮にいることそのものは何も不思議はないが……


「……見なかったことにするか」

「だね。別にトラブルが起きてるわけでもなさそうだし、子供たちも落ち着いてるようだし」


 事態の理解を放棄したオレグは、カトルとともに階上へ急ぐ。高ランクの冒険者パスのおかげで、無駄に行く先を遮られることはない。


 皇宮襲撃に際しての総司令部となる大会議室に顔を出せば、顔馴染みの騎士隊長が嬉しそうに近づいてきた。


「これは、オレグ殿にカトル殿! お早いお着きとご助力感謝いたします!」

「おう。状況は?」

「はい。発見と配備が早かったのと、『精霊の愛娘』イリーゼ殿の守護精霊たちの力もあり、現状の被害は物的にも人的にもほぼゼロです。

 ただ、どうにも敵の数が多く……三十余りの中位竜(ノーマルドラゴン)は、『帝国最強の冒険者』ヴァイス殿とイリーゼ殿が全面的に担当し、既に六割を倒してくださっていますが、およそ二倍の数の下位竜(レッサー)が……無論、我ら騎士団や宮廷魔術師も奮闘してはいますが、それでも倒せたのは一割程度で」

「いや、十分上出来だろ。ノーマルドラゴンなんぞを短時間でぽんぽん倒せる奴らが規格外なだけだから気にするな」

「相変わらず、ヴァイスはえげつないねえ……その相棒もだけど」


 苦笑気味に言う二人も、下位とは言え竜族を相手取ることにさほど脅威を感じていないのは明らかだが。目安で言えば、ノーマルドラゴンと一対一で渡り合えるのがBランクなので、レッサードラゴン程度は彼らにとって雑魚とは言わないまでも、そこそこ楽な相手と言って差し支えない。


「とりあえずレッサーどもは、俺らと、後からも来る冒険者(連中)が引き受ける。その間に、騎士団(そっち)は防衛線の補強や補充を優先してくれ。まず一番やばそうな場所に回るから、あとの連中は戦況次第で、それぞれ必要な場所に配置を頼む」

「もし可能なら、宮廷魔術師がたには、空を飛べない前衛たちに飛行か空中歩行の魔法をかけてもらえるようお願いします」

「分かりました。よろしくお願いいたします。その他、群れを率いる上位竜(エルダー)が一体、手負いの身ながら上空に退避している状態なので、くれぐれもご注意を」

「げ。……分かった」


 分かりやすく顔を歪ませつつ、オレグは相棒とともに廊下を駆けながら会話を交わす。


「まあ、これだけの群れがいるんだから、そりゃあ頭になるエルダーもいるか。けど、多分ヴァイスか誰かが傷を負わせたんだろうが、倒しきってないのは珍しいな。流石はエルダーってことか?」


 都市国家レベルなら、軽く両手の指を越える数を一日で殲滅させられるのがエルダードラゴンである。仮に討伐依頼があれば、問答無用でAランク以上の冒険者が緊急招集されるレベルだ。

 もしBランク冒険者だけで対抗しようとするなら、がちがちに対策を練って万全の準備をした上で、三十人以上の集団で挑めば、ぎりぎり何とか倒せなくもないだろう。無論、味方の被害も全滅覚悟なのは大前提として。

 そんな大災害級のモンスターに、一時的ではあれ退避するほどのダメージを与えられるあたりはまさに、『帝国最強の冒険者』を名乗るに相応しいと言える。もっとも、ヴァイス本人がその二つ名を自称したことは皆無に近いのが事実なのだが。


「なまじ仲間、と言うより部下や手下かな? とにかく連れてきた同族が奮闘している分、ひとりで逃げ出すわけにも行かないんだろうね。竜のプライドって天よりも高いし、エルダーなら尚更だと思うよ」

「なら、そいつが標的にするのは俺らじゃなく、傷をつけてきた奴が優先だろうな。ブレスにだけ注意しておけば遠慮なく暴れられる。──っと、この辺りだなっ」


 と、手近な窓から身を踊らせたオレグは、魔法のピアスの効果で自在に空を駆けながら、矢のような勢いで躊躇なく下位竜の一団に突っ込んでいった。

 同じアイテム所有のカトルは適当な位置に陣取り、〈水〉の攻撃で容赦なく竜たちに致命傷を負わせつつ、ざっと全体を観察する。


「オレグ! 右手の一体は〈風〉属性みたいだから気をつけて! それと、上で大技が来そうだから、余波が来るかも!」

「大技?」

《グアアアアッ!!》


 属性変更が可能な魔槍の、〈水〉の穂を素早く〈地〉属性に切り替えて心臓を貫いてから、急いでその場を離れて皇宮の壁際に身を寄せた。


 直後、上空から少女特有の凛とした声が響き渡る。


「〈氷結爆発(アイスバースト)〉!!」

《ッ────!》


 断末魔の叫びすら瞬時に凍りつかせるほどの凄絶な冷気が、全長十メートルの中位竜三体を包み込み、超巨大な氷塊を形成して──


 パァァァン!!

 

 原型を留めず粉々に砕けた氷の粒が、陽光を弾いてきらきらと輝き、季節外れのダイヤモンドダストとなって軽やかに舞い踊る。


 完全に無害の物質と化した氷の結晶は、『女神の護り』に遮られることなく落ちていき、たどり着いた避難所の庭先を優しい煌めきで彩った。


「うわあっ……! 見て見てラエラお姉ちゃん、すっごくキレイだよ!」

「本当だねー。まだ十月なのに、雪が降るなんてびっくりだけど……もしかして、女神様がプレゼントしてくれたのかな?」

「わーい、女神様からのプレゼントだー!」

「めがみさま、ありがとー!」




「──っくしゅん!」


 遥か上空では、女神などでは全くない『精霊の愛娘』がくしゃみをしていた。


《イリーゼ、風邪? 久々の大技で冷やしすぎちゃったかな。ごめん》

「大丈夫、フォーンのせいじゃないわ。それより……あら? 何だか合図されてる」

《あー、前に会ったヴァイスの友達だね。二人とも残りの下位竜そっちのけだけど……あ、倒したか》


 背後から襲ってきた一体に、オレグが振り向きもせずに槍を突き刺すのと、最期の一撃を繰り出してきた瀕死の二体の頭を、カトルが魔法で吹き飛ばしたのがほぼ同時。

 あえなくやられたレッサー三体は、『女神の護り』に触れるや否や、速やかに浄化されて光の粒となり散ってゆく。


 幻想的ではあるものの、後腐れがなさすぎて何とも言えない光景を見下ろしつつ、イリーゼは彼らの前に下りていったが、二人には何と言うかあからさまに驚いた顔をされてしまった。


「……えーと。『愛娘』のお嬢ちゃん、だよな?」

「そうですけど。……あ。こうすれば分かります?」


 無造作にフードを被り直して顔を隠せば、オレグは見開いていた目をようやく落ち着かせ、カトルは納得しつつも苦笑いを見せる。


「なるほどねえ。そうかぁ、いつも顔を見せないでいたのは、厄介事を減らすためだったんだ。うん、納得」

「確かに、これだけの美人であの実力なら、ヴァイスが惚れるのも分かるわ。そりゃーあいつも、他の男どもに顔を見せたがらなくなるわけだわな」

「ええと……ありがとうございます?」

「疑問形なの? まあ、気持ちは分かるけど」

「だって、カトルさんも美人なのに普通に顔を出してますよね。でもオレグさんは、特にそこは気にしてないみたいですから」


 ごく当然のように言われ、つい顔を見合わせてしまう年上の男女。


「……そんなにあからさまか? 俺たち」

「少なくともそのピアスはあからさまですよ。分かりやすく対のデザインで、片方ずつをそれぞれが身につけていて、しかも集中すればお互いの位置が分かる効果つきでしょう? 他にも飛行とか通話とか、あれこれと便利な機能が詰め込まれてるみたいですけど」

《かなりの逸品だよね。ヴァイスが知ったら欲しがりそうだなあ。いや、流石にまだそこまでじゃないか。イリーゼはピアス穴は開けてないし》

「? そこが問題なら、イヤリング版を作ってみる? 機能全部を再現するのは難しいけど、一部だけなら数日あれば試作できそう」

《いや、そういう意味じゃなくて……まあいいか。別に、必要ないなら作らなくていいんだからね?》

「それはそうね。うん、ヴァイスに頼まれたら作ることにする」

「……これは、放っといても大丈夫なのかな?」

「別にいいんじゃねえの? むしろこれくらい天然の方が、あいつが変に拗らせることも、っとぉぉぉ!? やべえ、散開!!」


 おかしな声の原因は、どこからか降ってきた長く巨大な物体だった。遠目でも、下敷きになれば命の危機にもなりかねない重量感である。

 三人と精霊がさっと飛び退いたところで、その赤い物体は結界にぶつかり、何度かバウンドした後で落ち着き、静かになった。

 何ともシュールな光景を見届けてから慎重にカトルが近づいてみると、サイズはともかく形はそれなりに見覚えのあるものだった。


「……これ、尻尾だね? あんまり大きいから、すぐには理解できなかったけど」

《まあ、ドラゴンの、それもエルダーの尾だから仕方ないと思うよ。皇宮にぶつかってたら大惨事になってたかもね。ヴァイスのことだから、その辺は考えた上できっちり落下場所を逸らしたんだとは思うけど、もう少し配慮は……難しいか。光の結界に浄化されないってことはまだ本体は生きてるし、エルダーを相手取った状況でわざわざ尻尾を(こま)切れにするなんて離れ業は、いくらヴァイスでも一人じゃ不可能だろうから》

「あ、ヴァイスの奴、もうエルダーに取りかかってるのか。つまりノーマルは全滅したんだな?」

「さっきの三体で最後です。上から見た限り、レッサーはまだ半分くらいは残ってましたけど、他の冒険者の皆さんがそっちに駆けつけていたので、多分心配はないと思います。シルヴィもつけてますし……あ、お帰りなさい、シルヴィ。どうだった?」

《問題なさそうだから任せてきたわ〜。もうちょっと戦況を見ててもよかったけど、彼らには『何だ、アルヴィナさんじゃねーのか。残念、改めてスカウトしたかったのに』とか文句を言われちゃったし》


 流石は風の精霊と言うべきか、無駄に声色まで完璧に再現している。


「そりゃあ、あいつらの言い方が悪いな。確かに氷結ダンジョンでかなり世話になったって話だったけど、そもそも『愛娘』の守護精霊をスカウトしたいって時点で無謀だろ。

 まあそれはともかく、俺たちじゃエルダー相手の加勢はきついよな。いくら尻尾が切り落とされてて、他にも結構な傷を負ってるからって」


 口調は相変わらず軽いが、判断自体は実に冷静なオレグだった。そうでなければ高ランク冒険者などやっていられないのも事実だが。


《一応、ヴァイスが左腕を切り飛ばしてたり、その前に皇帝陛下が右の鉤爪をまとめてぶった切ったりしてるからね〜。手数や攻撃力は半分くらいになってるわよ〜。ブレスやらパンチやらは、ヴァイスは余裕で全部かわしきってるし〜。今のところは、だけど》

「あの陛下も相変わらずの化け物だな……ん? よく考えたら、ヴァイスは『運命の伴侶』だとかいう代物なんだろ? だったらわざわざ()けなくたって、ダメージは負わないんじゃねえの?」

《流石に上位竜クラスのパワーになると、ダメージ自体はゼロにできても、それに伴う衝撃まで完全に防げるわけじゃないんだ。直撃すれば多かれ少なかれバランスは崩れて、体勢を整え直さなきゃいけない。ブレスに関しては、衝撃はさほどじゃなくても視界に影響するから、手数の豊富な相手は色々と面倒なのさ》


 なかなかに衝撃の事実だが、万物を司る存在とは言え精霊も万能ではない。冒険者ならばとうに周知のことでもあるので、オレグとカトルはあっさり納得した。


「なるほど了解。ヴァイス(あいつ)も、守護に頼りっきりになって勘が鈍るのをよしとする性格じゃねえもんな。

 さてと、俺らはレッサー掃討に加勢するから、『愛娘』のお嬢ちゃんはヴァイスを頼む」

「イリーゼちゃんも気を付けるんだよー」

「えっ、は、はいっ!」

《……どうしたの、イリーゼ? 反応が変だよ》

「う、うん。孤児院を出てから、名前にちゃん付けで呼ばれたなんて初めてだから……その孤児院でも、そこまで親しげにされたことはほとんどなかったし」


 慣れないことに照れたということらしい。

 守護精霊でもなかなか見ないその様子に、思いっきり悩殺された者が約一名。


「やだもー! 何なのこの子、すっごい可愛い! ヴァイスになんかやらずに私が嫁にしちゃいたいわ! 何なら今すぐお嫁に、って何で止めるのオレグーっ!」


 予定調和のごとくがっちり羽交い締めをされ、じたばたもがくカトルだが、軽戦士とは言え前衛タイプの力に魔術師が敵うはずもなく。


「落ち着けっての。それを本気で実行したら、お前も俺も物理的に首が飛びかねねえからな? それと、いくら可愛いものに弱いからって、今は乙女モードを発動してる場合じゃねえから! ほらお嬢ちゃん、精霊たちもさっさと上に行ってくれ!」

「あ、はい。失礼します……」

《ええと、頑張ってねオレグ……》

《思わぬ面を見ちゃったわね〜。さてヴァイスは、と》


 のんびりとシルヴィが注意を向けた先では、様々な意味で桁違いな光景が展開されていた。



別サイドとして、他の冒険者たちの活躍話でした。珍しくヴァイスがいません。


オレグとカトルは書いてて楽しかった二人。人前ではフランクで軽めな関係性に見えますが、実際はがっつり重たいと言うか絆が強そうなカップル。既に結婚していたとしても誰も驚かない感じです。将来的にもし子供が生まれて母親似だったら、男女問わずカトルの趣味が炸裂しそうなのが難点ですけど。オレグは美形じゃないけど、ワイルド系のいい男という設定なので、娘が似たらちょっぴり大変かもしれない。


「むしろイリーゼちゃんに子供ができたら会いたいなあ。どっちの性別でも可愛いだろうし。いいよねヴァイス?」

「却下に決まってるだろ」

「えー何でさ!?いいじゃない、別に減るもんじゃないでしょ」

「減る。主に俺の忍耐力が」

「怖!『帝国最強』が言うと洒落にならないから勘弁してよ!」

「つーか、父親はヴァイスで確定なのかよ。いいのかお嬢ちゃん?」

「……え、えっと……」(赤面)


こんなやりとりが無限に書けそうな四人です。

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