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眠り姫の出会いとその後〜依頼と襲撃・2

最初は引き続きイリーゼVSラエラ。

その後は状況が変化します。

『っ……! じゃ、じゃあ、今ここで土下座でもすればいいの!?『どうかお願いします、ここから僕を連れ出してください』って!』

『そんなことをされてもただ気分が悪いだけです。大体、私は最初に伺ったはずですよ? 報酬はいかほどですか、と。その額が依頼内容に見合うと心から納得できたなら、依頼は責任を持ってお引き受けすると断言しましょう』


 こともなげに言い切るイリーゼには、泣き落としも何もかもが一切効果がないとようやく理解したラエラは、堰を切ったように聞くに堪えない罵詈雑言を繰り出し始めた。

 その内容も大概ではあるが、何より度が過ぎるキンキン声が脳に突き刺さる勢いでやかましいので、イリーゼはこっそり周囲の空気を操り、耳に届くボリュームを大幅に下げておく。

 隣室ではシルヴィが中継音量を最小レベルに絞ったものの、玉座の肘掛けがミシミシと不吉な音を立てるのは防ぎようがなかった。まあ、防ぐべき理由がそもそもないのだが。


 十分ほどの後、ようやく言葉が尽きた……と言うより単に息が切れたらしく、真っ赤な顔のまま大きく肩で息をするラエラに、イリーゼはどこまでも冷静に声をかける。


『気が済みました?』

『……そ、なわけっ、ないでしょっ……!! まだっ、言ってやりたっ、ことは、たくさんっ……!』

『それはそれは。顔に反して心が醜いだの人でなしだの金の亡者だの、あれだけ好き勝手に言ってもまだ足りないって凄いですね』

『だって、事実じゃないっ! 困ってる人のためになる力があるのに、求められてもすがられても全然助けてくれないなんて、人としておかしいでしょ!?』

『なら、もしも今のあなたと私の立場が逆で、私が涙ながらに助けを求めたとしたら、あなたは迷わず私を助けてくれると?』

『まさか! 僕の師匠のヴァイスを奪ってくような女なんて、何があったって絶対に助けたりなんか、しな……い……』


 見え見えのはずのカウンターが正面から直撃し、自分が掘った落とし穴に見事に落ちていくラエラであった。


『つまりは殿下も人でなしだということでよろしいですね? 結論が出たところで、謁見室に戻りましょうか』

『え!? ま、待ってよ! ねえ、本当に助けてくれないつもり!? そう、お金ならきっと、ベルトラン商会のお父さんが用意してくれるから!』


 甘ったれにもほどがある台詞の終わりに、音もなく詰め所のドアが空いて、イリーゼの声が謁見室に直接響くようになる。


「育ての家族まで破滅に追い込む気ですか? 依頼料を負担したのが元の父親と知られれば、皇女への加害や誘拐の首謀者と見なされて、支店どころかベルトラン商会自体がお取り潰しになりかねないのに。ヴァイスへの長期間のストーキングといい、どこまで家族に迷惑をかけるつもりなんです?」

「だったら、僕個人に金貨五千枚を払えってわけ!? そんなの無理に決まってるじゃない!」


 元の場に戻りたくないのだろう、ラエラの足が詰め所から動かないので、声だけが筒抜け状態になっていた。どうやら彼女は、その状況にも気づいていないらしい。

 イリーゼの方は分かった上でドア付近に佇み、筒抜けを完全に放置しているが。


「でしょうね。自覚なさっているなら、おかしなことは企まない方が身のためですよ。

 明らかに無理のありすぎる計画を立てることより、正面から陛下にお願いして、皇籍離脱を受け入れていただけるような理由や表現を考える方が現実的だと思いますけど」

「お願いならもう何回もしてるんだってば! 陛下が全然聞き入れてくれないだけ!『ヴァイスをこの国にちゃんと繋ぎ止めておくためには、皇女の私と結婚させればいい』っていう、当たり前の提案にも頷いてくれないし!」

「……そんなことまで考えてやがったのか、あいつ」


 苦虫を四桁ほど噛み潰したような顔のヴァイスへ、皇帝がからかい気味に補足を入れる。


「本当に繋ぎ止めておけるのなら、提案に乗るのもやぶさかではなかったのだがな。むしろあれが皇女になった理由の半分以上が、そなたとの結婚を夢見たゆえであろうよ」

「勘弁してください。冒険者について『単なる』なんて評価しかしない相手を結婚相手にするくらいなら、ドラゴンの群れの前に丸腰で立ちはだかる方がマシだ」

《……それ、比較する意味がないんじゃないかしら〜? ヴァイスならその状況でも、上位種がいない限りは普通に生還できそうよ〜。せいぜい、守護がなくて相手が極端に多ければ、指の数本か、最悪片腕がダメになるくらい〜?》

《つまり、あの皇女と結婚するくらいなら、指や腕をダメにした方がよっぽどマシってことだね。実際、イリーゼなら三日あればどっちも完治させられるし。泣きながらの説教はついてくるだろうけどさ》

「そういう問題じゃないっての。ま、結論については何も間違ってないけどな」

「ひ、酷いっ……!! そんな言い方をするほど、ヴァイスは僕が嫌いなの……!?」


 向こうの声が直接的に聞こえるのなら、こちらの声も向こうに聞こえるのは当然である。

 年季の入ったお花畑も、ここまで言われれば多少なりとも影響があるらしく、愕然たる表情の中、いまにも涙をこぼしそうな目が、食い入るように恋する男に救いを求めていた。

 だがその男は、そんな期待に応えてやるほど甘くも優しくもない。


「むしろ、俺に自分が好かれてると思う要素がどこにあるんだ? そんな態度を見せた覚えは、俺の方はどこを探しても全くないぞ」

「そ、れはっ……でもっ! ヴァイスに初めて会った時に、分かったんだもの! ヴァイスは僕の定められた恋人で生涯の伴侶で、僕を優しく導いてくれる師匠でもあるんだって!」

「意味が分からん。分かりたくもないが」

《だねー。要は彼女がヴァイスに一目惚れしたってことなんだろうけど、そんなのは彼女が最初でも最後でもないしね。それだけで勝手に恋人認定されるなら、ヴァイスの恋人やら伴侶やらは一体何桁いるのかって話だよ》

《それはイリーゼにも言える話よね〜。ヴァイスよりは数は少ないでしょうけど〜》


 と、実際に顔を合わせる前から、ヴァイスをイリーゼの『運命の伴侶』と認めていた精霊たちが、しみじみ言ったりうなずいていたりする。当人たちはそこに文句はないため、あえて何も言うことはないが、当事者ではないラエラは盛大な文句を発してきた。


「他の人たちなんてどうでもいいでしょ!? 問題は僕とヴァイスのことなんだから! 多分あんたたちは精霊なんだろうけど、関係ないところに口を挟んでこないで、黙って大好きな『愛娘』を守ってなさいよ!!」

「その当人の俺が全力で拒絶してるのは無視かよ」


 据わった目付きでヴァイスが突っ込む。なおその背後、玉座の辺りから実に物騒な空気が漂ってきていたりもするが、触らぬ神に何とやら、である。


 イリーゼも戻ってきたことだし、後は皇帝と精霊たちに任せて退散しようかと、彼が考えていた時だった。


「──失礼いたします! 急ぎ陛下のお耳に入れるべき事態が──!!」


 勢いよく謁見室の扉が開き、焦りと緊張と、何より恐怖をたたえた兵士が、素早くラエラの傍らに膝をつく。

 彼の意識は完全に皇帝のみに向けられており、皇女でありながら完全に無視された形のラエラは不満げに顔を歪めるが、皇宮内は最早そんな場合ではないようだった。


「ほう。何事だ?」

「南東の方角より、多数の竜族が飛来しております! 先頭は恐らく、上位竜(エルダードラゴン)! 加えて、少なくとも三十頭の中位竜(ノーマル)と倍の下位竜(レッサー)を確認いたしました! 方角と速度から、都──いえ、この皇宮が目的地かと!」


 ────!


 大陸屈指の歴史を誇る帝国においても、建国以来有数の深刻な事態に、室内の空気が瞬時に引き締まる。


 ──おもむろに皇帝が席を立つのと、ヴァイスが玉座を振り向いたタイミング、一体どちらが先だったか。


「ヴァイスよ。期せずして、先ほどそなたが口にした例えが現実となったな」

「あくまでも仮定のつもりでしたがね。……つまり、ろくでもないことを言ってその事態を招いた責任を取れ、と?」

「いくら余でも、そこまで理不尽なことは言わぬ。だが、この帝都、ひいては帝国そのものを守るため、『帝国最強』の刃を振るうことに異存はあるまい?

 イリーゼ、そなたにも伏して頼む。人間以上の知能を有するエルダードラゴンゆえ、恐らくは皇帝たる余に交渉を持ちかけて来よう。が、あえて多数の眷属を引き連れてきたとなれば、受け入れがたき内容であることは想像に難くなく、決裂の目は極めて高い。──もしも武力衝突となった際は、何よりも我が民のために。『精霊の愛娘』たるその力、是非とも我らに貸し与えてもらえまいか。

 無論、そなたにもヴァイスにも、望むままの報酬は払おう」

「おと、陛下!? こんな時にまでお金の話なんて──」

「その戯れ言しか出せぬ口を閉じよ、ラエラ。このような時なればこそ、何より優先すべきものを弁えずして、皇族たる資格はない」

「っ……!! ぼ、僕だって。今はもう、好きで皇女なんかでいるわけじゃ……!」


 そんな泣き言を聞く余裕のある()()など、とうにこの場にはいない。

 騎士や兵士は既に緊急対応のため部屋を出ており、一礼して了承したヴァイスとイリーゼは、皇帝とともに皇宮の屋上──上位竜との交渉場であり、事態の中心点となる場所へ向かった。

 残ったのはラエラともうひとり、人ならぬ存在の妖艶な美女。


《現状に不満を抱くのは勝手だけれど。いい機会だから、あなたの『生涯の恋人』とやらが()()()()()()()()()()のか、直に見てみたらいかが? とりあえず今日に限っては、あなたが安全圏から事態を見られるように、特別サービスで守ってあげましょう》


 明らかに精霊──忌々しい『愛娘』の味方と判る存在の言葉など、本来なら絶対に聞きたくなどないラエラだけれど。

 今までは、いつもいつもヴァイスに撒かれて──もしくはさりげなくオルファに誘導されて、彼が依頼を果たす場に居合わせることはできなかった。

 それをようやく、実際に目の当たりにできると言うのなら──本来ならば、正式な彼の弟子として伴侶として、当然に見ていたはずの場に臨めるというならば、今回だけは提案に乗ってやってもいい。


「……本当に、しっかり守ってくれるんだよね? あの女の恋敵だからって、皇女である僕をドラゴンの攻撃に晒したりしたら大変なことになるんだからね」

《あら、逆よ。いくら色んな意味で厄介で面倒な存在でも、命の危機に晒されかねないところに置いておいたりしたら、イリーゼもヴァイスも皇帝陛下も、気になって集中すべきことに集中できなくなるでしょう? 特に皇帝陛下に万が一があったら、影響が大変なことになるのよ。いくら皇太子殿下が優れた後継者であってもね。

 そういうわけだから、自分のせいで帝国を揺るがす羽目になりたくなければ、素直におとなしく守られていてちょうだい》

「っ……! みんな、どれだけ僕を役立たずだと思ってるわけ!? 確かに、ドラゴン相手にできることはないかもしれないけど……!」

《なら、できることを教えてくれれば、そのための場所に安全に連れていってあげるわ。後方支援? 伝令? 偵察や監視は、皇女殿下に任せるのは周囲が止めるわね。皇宮の一階と神殿に避難所があるから、そこの運営や手伝いもありかしら。こんな状況だと、子供を落ち着かせて面倒を見るとかも大事よ。後は、あちこちから怪我人が運ばれてくるだろうから、医療機関が猫の手も借りたい状態になるのと──》

「…………」


 つらつらと淀みなく並べ立てる火の精霊とは見事なほど対照的に、答える(すべ)もなく無言になるラエラだった。

 たった今、人間ですらない精霊が列挙したことの何一つとして、ラエラは自分では思い付かなかったから。──いや、正確には、少し考えれば簡単に思い付くものもあっただろうに、自分が考えること自体を完全に放棄していた事実を、否応なく気づかされてしまったのだ。

 役立たず扱いされることに憤りながら、自分がどこで役立てるかさえ判らない以前に、それについて思考することそのものを最初から放棄していたなんて……いや、そもそも。


(……僕、冒険者になってから──ううん。冒険者になるって決めてから、ヴァイスを追いかける以外のことで、努力や鍛練をしたことがあったっけ……?)


 今更に気づいて愕然とした。

 誰より大好きで愛するヴァイスに弟子入りして、仲良く一緒に冒険したい──そんな強い希望から、十五歳の誕生日当日に、ギルドに足を踏み入れたというのに。それからの一年、一体自分は何をしていたのだろう──

 何も、思い付かない。思い出せない。曲がりなりにも冒険者の肩書を背負っておいて、肝心の依頼を全く受けることなく、陰から護衛(オルファ)に守られて、一切の危険に遭遇しなかったことに何ら疑問も抱かず──それなのに、「自分はれっきとした『帝国最強(ヴァイス)』の弟子であり、一人前の冒険者だ」と自負して憚らなかった。

 そんな存在を、あまりにも愚かで間抜けという以外の、何と言えばいいのだろう。


 ──知ってる? それ、『弟子』じゃなくて『単なるお荷物』って言うんだけど。


「────!!」


 かつて容赦なくぶつけられた、恋敵からの的確すぎる言葉が、耳と脳裏に鮮明に(よみがえ)って、改めて深々と突き刺さった。


(……そうだ……いくらヴァイスが強くたって、今みたいな……ドラゴンが集団で襲ってきてる状況で、何もできない他人を守る余裕なんかあるわけないのに)


 ──RランクでSランクの依頼を一緒にって……死にたいの? 色んな意味で。

 ──そんなわけないでしょ! 大事な弟子である僕のことは、ヴァイスが何があっても絶対に守ってくれるし!


 直前のやりとりまでもが思い出され、思わず頭を抱えてうずくまってしまう。


「うわ……っ! 僕、何て馬鹿な思い込みを抱いたり言ったりしてたんだろう……!!」


 完全なる黒歴史と化した記憶に、顔から火が出る思いだった。


《……あの、皇女殿下? 大丈夫?》

「う、うん。何とか……」


 自分でも頼りないと思う足取りで立ち上がった時だった。──実の父親であり、この国の頂点に立つ存在の言葉がふと(よぎ)ったのは。


 ──このような時なればこそ、何より優先すべきものを弁えずして、皇族たる資格はない──


「……そう、だよね。ううん、皇族じゃなくたって、こんな時は……!」


 ぐっ、と拳を握りしめたところで、手配されてやってきらしい侍女が、しずしずと近づき声をかけてきた。


「こちらにいらしたのですね、ラエラ殿下。さあ、安全なところへ避難なさいませ。僭越ながらわたくしがご案内いたしますので──」

「ごめんなさい! 僕、いえ私は、避難所でやることがあるから! 何ならあなたもついてきて! 悪いけど火の精霊さん、案内をお願い!」

《……あらまあ、驚きね。分かったわ、こっちよ》


 きらきらと、見たことがないほど生気を宿して目を輝かせたラエラの様子に、アルヴィナは目を丸くしながらも楽しげに微笑み、目的地へと皇女を先導していった。


「えっ、あの、ラエラ殿下っ!? どうかお待ちをー!!」


 どこか間の抜けた声を上げつつ追いかけてくる侍女を、ぎりぎり振り切らないようにしながら。




 その頃、屋上では。

 皇帝と皇子たちが暇を見て稽古や手合わせをしたり、一角には皇后のくつろぎの場となる小振りの温室やガゼボ(あずまや)がある、皇族お気に入りの場所は今、全長十五メートルに達する赤竜の巨体により、大きな影に覆われていた。


 精鋭揃いの近衛騎士隊と防衛隊に加え、大陸最高峰の冒険者二人を従える形で、皇帝は愛剣を腰に()き、堂々たる態度を崩すことなく赤竜に対峙する。


《ほう……貴様が此の国の王か》

「うむ。本来ならばここで名乗るのが礼儀であろうが、そなたたちの来訪により都中が混乱に陥っている。早急にそれを収めねばならぬので、余計な手間と時間はかけずにおきたいのだが、構わぬか?」

《良かろう。人間共の礼儀等、我等竜族の知る(ところ)では無く、元より知る意味も無い。我等が貴様等人間に望む事は(ただ)一つ。──此の地、我等が住処(すみか)に接する場所よりの、可及的(かきゅうてき)速やかなる退去である》

「──ほう?」


 皇帝の片眉が意味深に跳ね上がった。


 実際のところ、その気になれば帝都どころか、帝国全体の半分ほどを焦土にすることも可能な戦力を動員していながら、要求する内容が「此の地よりの退去」だというのは、意外と言えば意外である。

 が、その前に「可及的速やか」という条件が付随するとなると……


「生憎と、そなたら竜族と我ら人間とは、時間感覚や距離、範囲の概念が(いちじる)しく解離していると思われるのだが。『住処に接する場』がどの範囲を指すか、『可及的速やか』とはどれほどの期間なのかを、具体的に説明してもらえぬだろうか。それによって、我らの手段が変わることも大いに有り得るゆえ」

《……成る程。流石は一国の王。中々に慎重()つ賢明であるな》


 ちっ、と舌打ちでもしそうな雰囲気の赤竜である。実際にそれが可能なのかは定かではないが。


《構造的にはできなくもないかもね〜》

《誰に言ってるのさ、シルヴィ》


 姿を消したまま虚空でやりとりをする精霊の眼下、巨頭会談は続く。

 が、赤竜の指定した範囲と時間と退去の定義──「国境から帝都全体、馬車で半日はかかる距離の一帯」を「二日以内」で「完全な無人状態にすること」は、明らかに実現不可能な代物だった。物理的には勿論のこと、心情的、政治的な意味でも。


「……ふむ。ちなみに、それらの条件に一つでも反した場合は?」

《無論、期限が来次第、我等総出で残る人間(ごと)全て焼き払う。以後は決して人間共が入り込めぬ様、此の地を実り無き砂漠と化して()れよう》


 無慈悲極まる言葉にはしかし、憎悪などの強烈な感情は宿っておらず、ごく当然の権利を主張するような淡々とした響きでしかない。

 例えるならば、現在進行形で行く手を遮る、目障りだがいつでも軽く踏み潰せる障害物を、ただその通りに排除するだけだと言うような。


 もっとも、そんな強者の言い分にあっさりと屈するくらいなら、この場にSランク冒険者などを同席させるはずもなく、そもそもの初めから帝国全てを背負い込む地位になど就くはずがないのである。


「そちらの言い分は理解した。──だが、何故そんなにも我らを排除したがるのか、理由くらいは聞かせてほしいものだな」

《大した理由では無い。貴様等で例えるならば害虫駆除と言う処か。──此の数年に渡り、我が住処に貴様等の仲間が、飽きもせず何度も侵入して来る。恐らく、我の財宝と卵の(いず)れか、()しくは何れもが目当てであろう。

 所詮は人間(ゆえ)、殺す事は容易いが、頻繁に対応せねばならぬのは少々鬱陶しい。行動を起こさぬ(まま)、今後も度々(たびたび)不快な思いをするより、幾らかの手間は掛かるが、不快の原因を根本から排除しようと考えただけの事》

「なるほどな。蟻が何かと家に入り込んでくるから、その巣に殺虫剤を流し込んで駆除するようなもんか」

「……例えとしては生々しすぎない?」


 ヴァイスの言葉でうっかり重ね合わせた想像をしたらしく、寒気に身を震わせるイリーゼだった。ちなみに顔はずっと出したままなので、庇護欲やその他諸々を刺激された何人かの若手騎士が、横目でちらりと彼女を見たりもしている。それでもすぐに皇帝たちに注意を戻すのは流石と言うべきか、集中を一切途切れさせない先輩たちを見習えと言うべきか。

 なお、若手騎士の一人は宰相の三男で、彼はむしろイリーゼの方に神経を集中させており、皇帝はほぼ眼中にない様子で、ぎろりとヴァイスに睨まれてやっと主君を見やる有り様だった。


(後で宰相にチクるか)

(此度のことで明確な手柄を立てられぬなら、職務怠慢として降格処分も視野に入れるとしよう)


 期せずして似たような思考を巡らすヴァイスと皇帝だった。


《さて、国王よ。返答は如何に?》

「問うまでもなかろう。あらゆる意味で不可能と分かりきったことを安請け合いするほど、余は姑息で不誠実な人間にはなれぬ」

《其の様であるな。──成れば、其の誠実さと潔さに敬意を払い、貴様は我が直々に手を下すとしよう》


 言い放つや否や、赤竜の右前(あし)が蠢き、かすめるだけで人体を両断しそうな長く鋭い爪が容赦なく皇帝に迫る。


 ──ざんっっっ!!


 いつの間に抜き放たれたものか。

 皇帝の両手に握られた、双剣エクスカイザーが目にも止まらぬ速さで閃き、自らの体躯ほどに太い竜の爪を数本ずつ、実に鮮やかに切り飛ばした。


 思わずヴァイスが口笛を吹き、イリーゼや精霊たちまでもが目を(みは)る。

 ただ、当の本人は若干不満げだが。


「……む。やはり年には勝てぬな。若い頃であれば如何に上位竜と言えど、腕や脚の一本は軽く両断していたものを」

「残念そうに仰らないでください、父上! さあ、ご無事の今のうちに早く奥へ! 近衛隊は陛下をお連れせよ! 防衛隊は前へ! 皇宮と皆を守るのだ!!」

「「「はっ!!」」」


 赤竜が怯んだ隙に、騎士団総長たる第三皇子の指示が飛び、騎士たちはそれぞれ迅速に陣形を整える。

 近衛隊は素早く皇帝の周囲を固め、警戒を怠ることなく階段の方へと向かい──


《逃がさぬ!! 蒸発せよ、人間共め!》


 瞳に明らかな殺意を宿し、皇帝たちを見据える赤竜の、巨大な口内に渦巻くは獄炎の吐息。

 まともに食らえば骨すら残らぬ超高温のそれを、脆弱な人間の身程度で防ぐことなど、何人束になろうと不可能。

 ましてや、小柄な魔術師程度がたった一人、立ちはだかったところで──


「イリーゼ殿っ!!」


 襲い来る炎の嵐に向かい、ゆったりと掴み取るように手のひらを伸ばしたイリーゼへ、近衛騎士の悲痛な声が飛ぶ。

 が、彼女は一切反応することなく、ただ炎を見つめたまま、ささやくように促すようにこうつぶやいた。


「──〈二重反転(デュアルリバース)〉」


 ──瞬間。周囲の空気が明らかに変調を(きた)した。

 イリーゼの手を中心に、渦巻く炎が急激にその温度を下げ、空気そのものを凍りつかせるがごとき超低温へと変貌してゆく。

 その冷気が、氷雪が。見る見るうちに彼女の手のひらへ収束し──直後解放されたそれは、炎として飛来した時と同じか、それ以上の速度をもって赤竜目掛けて襲いかかる。


《何──!?》


 赤竜の属性は、竜族でも多数を占める〈火〉。同属性の攻撃ならば欠片も傷はつかないが、対抗属性たる〈水〉での攻撃を受ければ、分厚い皮膚は容易く破れ、時には致命傷ともなり得る。

 しかもそれが、自らが渾身の力を込めた一撃と、全く同じだけの威力を宿した代物となればどうなるか。


 生まれて初めて生命の危機を感じた赤竜は、その鮮やかな肌から血の気が引く勢いで顔を引きつらせ、巨体は彼のプライドを傷つけかねないほど素早く、反射的に逃げに転じた。


 屋上の床を蹴り、羽を羽ばたかせて宙へ飛び立ったまさにその時、直前までいた場所を絶対零度の一撃が通り過ぎ──あらぬ方から恐ろしく研ぎ澄まされた殺気を感じて、またも本能的に体を(よじ)らせる。


 痛みはなかった。

 ただ不意に、体の左側が軽くなったことと、視野の隅を既視感のある何かがかすめ、地上へ向けて落下するのを漠然と意識する。

 ──どくん、と。()()()()()()から緑色の血が噴き出したことで、ようやく何が起きたのかを理解した。


「ち。外したか」


 飛行の魔法によるものか、切られた爪では届かぬ距離で、虚空に危なげなく立つ男。

 人間としては長身の、その背丈よりも長い漆黒の剣は、紛れもなくたった今、赤竜の腕を切り落としたのと同じもので──


《ば……馬鹿な。我が腕が、人間ごときの振るう剣等にっ……! 貴様、一体何者だ!?》

「何者も何も、俺はあんたの言う『人間ごとき』でしかないぜ? 一応、『帝国最強の冒険者』とかいう、ご大層な評価と二つ名は貰ってるけどな。

 ま、そういうわけだから」


 と、剣の腹で自分の肩をとんとん叩きながら、世界最強の種族と名高い竜に向けるにはあまりにも不遜で、どこまでも不敵な笑みを浮かべつつ、ヴァイスは赤竜へ挑戦状を叩きつける。


「──帝国(このくに)にわざわざ喧嘩を吹っ掛けてきたからには、是非とも『帝国最強(この俺)』のお相手をしていただこうか、エルダードラゴン殿?」

《貴、様ぁっ……! たかが、人間に過ぎぬ分際で……我等竜族を、舐めるなああああっ!!》


 込み上げる怒りと苦痛のままに上げた雄叫びは、人間の可聴域を超えて帝都の隅々にまで響き渡った。




 ──それが合図だったのだろう。

 思い思いに飛び回っていた、百に届く数の竜たちは、その巨体に紛れもない敵意をまとい──眼下に広がる街並みを燃やし尽くすべく、一斉に朱く輝く吐息を解き放ったのだった。

お花畑の用途が焼き畑農業(火の精霊だけに)に変わった感じですが、これでラエラが完全に許されるわけでは当然ないです。たくさんやらかしたことの責任はきっちり取らせる予定。描写できるかはともかく←

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