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眠り姫の出会いとその後〜帝都へ・3

そろそろどこかに挿話を挟みたいなーと思いつつ、続きを更新。

ヴァイスの剣とかイリーゼの杖とか、特殊アイテムに関する冒険者たちのやりとりなんかを書きたいんですけどね……多分無理だけど←

「……いた! ヴァイスも! やっと見つけ、た──!?」

「何だ、遅かったなラエラ。あんまり遅いから、イリーゼは待ちくたびれて熟睡してるぞ」


 街の北口を出て、街道沿いにやや東に行ったところにある、少し開けた広場のような場所で。若草色の髪の少女──ラエラは、昼下がりにようやく目当ての人物たちを見つけた。

 再会したばかりの最愛の師匠(ヴァイス)に名前を呼んでもらえて、本来ならば大喜びしていたところだが。

 簡単な作りのベンチに腰かけたその師匠の膝の上、両腕にすっぽり包まれる形ですやすや寝息を立てるフードの魔術師の姿を目の当たりにし、浮上しかけた機嫌は逆噴射で悪化していった。


「ちょっと! 決闘相手を放って逃げた癖に、追い付いてみたらその相手の師匠に抱っこされて寝てるなんて、一体どういう神経してるわけ!? さっさと起きて離れてよ!」

「イリーゼが逃げたんなら、俺も一緒に逃げたってことになるけどな。それがつまりどういうことなのか、せめて五分は時間をかけて考えてみたらどうだ?……って言っても、どうせ聞かないか」

「聞いてほしいならまず、『愛娘』のお嬢ちゃんを離してからじゃなきゃ無理だっつの。宝物かってくらい大事そうに抱えやがって、あっちのお嬢ちゃんの神経を逆撫でしまくりじゃねーか」


 横から茶々を入れられたヴァイスは、イリーゼの顔が自分の方を向くように抱き直して反論する。


「だってこうしてなかったら、お前らはイリーゼの寝顔を見る気満々で寄ってくるだろうが」

「俺らを変態みたいに言うな! そもそも彼女が起きてた時に、顔を見せてくれないか頼もうとしたら、お前が露骨に邪魔したんだろ。歴代の『精霊の愛娘』は美人が多いって聞くし、見たいと思って何が悪いんだよ」

「そうだそうだー。過ぎた独占欲は嫌われるぞー」

「『愛娘』ちゃんの過度な独占反対ー」

「やかましい。大体、お前らなんぞに顔を見られたらイリーゼが減る」

「本気でベタ惚れてるなおい!」

「いや、お前らも悪ノリしすぎだって。無駄にヴァイスを刺激してどうすんだか……」


 高ランク冒険者たちとは思えないそんなやりとりを、シルヴィとアルヴィナが宙に並んでのんびり眺めている。


《何と言うか、新鮮な光景ね~。『愛娘』が男性に注目されてるのに、そのほとんどが色恋も打算も無関係だなんて、物凄く興味深いわ~》

《これはこれで、健全でいいんじゃないかしら。見ていて平和だものね》

《まあね~。そこのお嬢さんはちっとも平和じゃなさそうだけど~》


「だから、いい加減に起きてよ、この卑怯者! いつまでもそうされてちゃ勝負も何もできないし、何よりヴァイスにも迷惑でしょ!?」

「いや全然? むしろ役得」

「おいヴァイス。あの娘、本気で血管切らしそうだぞ? 気持ちはわからんでもないが、そろそろ彼女を起こしてやれよ」

「ち、しゃーねえか。イリーゼ、もう起きろ。ラエラが来たぞ」

「……や。まだ眠い……ねるの……」


 寝起きのせいで少しばかり舌足らずの口調で言うと、完全にまだ寝ぼけているイリーゼは、ヴァイスのシャツをすがりつくように掴み、彼の首のあたりへすりすりと頬擦りをする。


「…………っ!」

「おわー、ヴァイスが真っ赤だぜ。滅多に見れないもん見たな」

「けどまあ、気持ちはわかるわ。あれだけでも可愛いもんなー。相変わらず顔見えねーけど。何なんだあのローブ」

「きっと精霊のお手製なんじゃね?」

「……寝たいなら後で存分に寝かせてやるから、とりあえず今は起きてくれ。じゃないと、いつもみたいに起こすぞ? 人前だけど」

「んー……人前は、いや。起きる……」


 と、目をこすりつつもぞもぞしながら、ようやくイリーゼは膝から降りた。


「……人前が嫌って、一体いつもどんな起こし方してんだ、あいつ」

「そりゃー、相手は『眠り姫』なんだから、定番のアレなんだろ」

「ん? そうなると、ヴァイスがあの娘の『運命の伴侶』だかいう代物だってことにならねーか?」

「有り得なくもないと思うぜ。あんだけヴァイスが惚れ込んでるし、あの娘の方も何かと距離が近いしな。どっちも色事好きってわけでもないなら、そういうことだろ?……それはそれで、ますますあいつの『最強』の二つ名が不動になるけどよ」

「あー……確かに」

「……(秘密にしても意味ないぞ、ヴァイス)」


 そんな一同が見守る中、ふわぁぁぁ……とあくびをしながら、杖を手に地面に降り立ち、更に一つ深呼吸。

 それでようやく目を覚ましたイリーゼは、改めて数歩進み出、ラエラと対峙する。

 ──そして再び、女の戦いが開始された。


「……それで? あなたは、私の眠気覚ましに付き合ってくれるの?」

「な──ど、どこまで人を馬鹿にすれば気がすむのさ!? やっぱりあんたみたいな女、ヴァイスの隣に相応しくなんかない! 彼から離れて、さっさとどっかに行っちゃえよ! Aランク冒険者だっていうんなら、帝国(ここ)じゃなくてもどこでだってやってけるでしょ!?」

「んー……色々と言いたいことはあるけど、とりあえず〈黙れ(サイレス)〉」

「────っ!? っ、っ…………!」


 いつもなら舌戦にもそれなりに付き合うイリーゼだが、まだ寝起きから間がないせいもあってか、珍しく直接的な手段に出た。


 一切の呪文詠唱なしに、一言だけで魔法を行使するという離れ業を披露した魔術師は、静かにもがくラエラを無感情に見やり、ごく淡々と宣告する。


「『帝国最強(ヴァイス)』の隣が相応しいと自負してるなら、ただの沈黙の魔法くらいは……そうね、三十秒で破ってみせて。本当なら十秒と言いたいけど、まずはハンデをつけてあげる」

「おやおや、無茶を言うねえお嬢さん。貴女の力量ならアレは、下手をすれば一生涯でも有効になる代物だろう? それを、いくらそこそこの魔力があるとは言え、ド素人の冒険者に三十秒で破れとは、手厳しいにもほどがある」


 ギャラリーの中にいた冒険者兼魔術師が苦笑するものの、それくらいで動じるイリーゼではない。


「自分がSランク冒険者のパートナーや弟子だと、()()()公言するような人には、周囲に最低限期待される実力というものがあるでしょう。私にとっては、()()がそれだというだけの話です。何か間違っていますか?」

「いいや、むしろ優しいくらいだろうね。まあ小手調べでもあるんだろうが」

「勿論。──さて、残り時間は少ないけど、まだ無理?」

「っ──、………っ!! っ────!」


 喉を押さえながらも槍を握りしめ、宿敵(イリーゼ)を睨み付けるラエラだが、生憎とその怒りは、事態の改善には繋がらなかった。


「時間切れ。じゃあ次、〈巻き付け(ワインド)〉」

「────っっっ!?」


 ──まるで、爆発したかのような音とともに。


 端的な、けれど絶対的な命令に応え、突如周囲の地面を突き破ってきた蔦植物が、その中心にいるラエラを捕らえた。

 それらは、身動きは許さないが呼吸は一切阻害しない程度の強さで、ぐるぐると華奢な体に巻き付き拘束する。


「!?──っ、ーっ、ーーーーっ!」

「はい、これは……うーん、十分が限度かな。頑張って脱出してね。言っておくけど、ヴァイスならそもそも捕らえられる前に、全部の蔦を断ち切ってるわよ……ふゎ、う」


 またもあくびをするイリーゼへ、蔦の一本がラエラの落とした槍を拾い上げ、はい、とでも言うように差し出してきた。

 駆け出しが持つには度が過ぎるほど上質な、使われた形跡は全くないそれは、低ランク冒険者への報酬よりもよほどいい値段で売れそうだ。


「で、イリーゼなら即座に連中を、灰も残さずに焼き払うだろうな。──大丈夫か? そろそろ限界が近いだろ」

「まだ、何とか平気。……ところでそれ、どうするの?」

「そりゃ当然、こうする」


 専業魔術師(イリーゼ)には単なる荷物でしかないそれを、側に来たヴァイスが受け取ると、道端にある高さ三メートルほどの大岩へ向け、ごく無造作に放り投げた。


 ──ガィン!!

 ……ピシピシピシピシ……ドォン……!


 ごく軽く見えた動作だが、簡単な道案内の矢印が書かれた岩は、槍が突き刺さった部分から見事なまでのひび割れが入り、体の芯を揺さぶる音を立てて砕け散った。


「うお!? 派手なことすんなー、おい。いくら()()()()()()()()()()()からって」

「──皆様にも気づかれていましたか。いくらBランク以上の冒険者相手とは言え、わたくしもまだまだ未熟ですね」


 岩の残骸の向こうから現れた、顔だけは出しているが他は黒ずくめの、見るからに怪しい人影に、驚いた様子を見せたのはラエラだけだった。


 ギャラリーたちは気負う風もなく、だが警戒は怠らずに軽く身構える。

 ヴァイスは軽く腕を組んで仁王立ちをし、イリーゼは杖を握り直しつつ、隙のない足取りで近づいてくる黒ずくめの女を観察していた。


 小国の王都くらいなら一夜で制圧できそうな実力者たちの前で、黒ずくめは実に優雅に膝を折り、イリーゼとヴァイスに向かって恭しく頭を下げる。


「こうして、『帝国最強の冒険者』ヴァイス様と、『精霊の愛娘』イリーゼ様に直にお会いできましたこと、身に余る光栄にございます。お気づきのこととは存じますが、わたくしは主人の命により、ラエラ様がお生まれになってからの十六年間、かの御方を陰からお守りしてまいりました。名をオルファと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。お役目については、お疲れ様と言うべきですか? 帝国諜報機関『黒き(フクロウ)』の一員には、少しどころでなく役不足な仕事内容だと思いますけど」

「そこまでご存知とは、流石です。ですがどのような任務でも、厳に従うべき主命でございますゆえ」

「役不足なのは否定しないんだな。ま、無理もないが。……で、わざわざ頭を下げてるのは、ラエラを解放してほしいからか?」


 ヴァイスの問いに、オルファと名乗った女は頭を下げたまま、変わらぬ平坦な口調で続ける。


「無論、それもございます。ですがお二人には、是非とも我らが主人のもとへいらしていただきたいのです。特にヴァイス様にはこの一年、ご迷惑をかけ通しなので、謝罪も含め直々に話をしておきたいのだと、主人は申しておられました。またイリーゼ様にも、少々ご相談がおありなのだと。──他ならぬ、ラエラ殿()()のことで」

「ふうん。──わざわざその敬称を使うあたり、強制と理解すべきなんだな? 無関係のあいつらも、問答無用で巻き込む気か?」

「あちらの方々に関しては、いいえ。ヴァイス様と親しい皆様ならば、それに相応しい判断力をお持ちでしょうから」

「りょーかい。俺らは何も聞かなかった」

「んじゃ、俺たちは悪いけど先に行くわ。ヴァイス、今度は帝都で飲もうぜ。先に潰れた方がおごりな」

「『愛娘』ちゃんもまたなー。ヴァイスに愛想が尽きたら、いつでも俺たちのパーティーに入ってくれよー」


 ひらひらといつものテンションで手を振りながら、冒険者たちはのんびりと、だが隙は一切見せずにその場を去って行った。


 残るはイリーゼとヴァイス、オルファと、ぐるぐる巻きにされたままのラエラのみ。


「……それで? ラエラはあんたが連れて行くんだろうが、俺たちはいつまでに行けばいい? 知ってると思うが、まだ今の依頼が完了してないんだよ」

「無論、承知しております。主人も多忙な御身ですので、一週間後に帝都においでくだされば、わたくしが改めてご案内に上がります」

「意外に余裕がある日程だな。イリーゼはどう思う?」

「問題ないと思うわ。今まで私、帝都では仕事以外の時間を取れなかったから、あちこちを回る余裕があるのは、嬉し、ふゎぁぁ……ごめん」


 こらえきれずにあくびをこぼすイリーゼは、既にかなり足元が不安になってきていて、ヴァイスは深々と嘆息して肩と腰に手を回した。


「あー、だから無理すんなってのに。人前は嫌なんだろ? さっさとラエラを解放して、オルファに連れて行ってもらえ」

「ん……お願い、します……」

「かしこまりました」

「ーーーーっ!!」


 まだ沈黙の魔法が効いているらしいラエラが、何故か両手首だけを縛られたまま、蔦によりころんと地面に転がされる。


「お気遣いありがとうございます、イリーゼ様。ではまた、帝都にて」


 色んな意味で動揺しきりの少女を肩に軽々と担ぎ上げて、オルファは一礼をしてから、足早に帝都へ帰って行った。


 その背を見送ると、ヴァイスは再びベンチへ座り、またイリーゼを膝に乗せて、手のひらでその頬をそっと包む。


「さて、今日はどこにする? 希望があるなら聞くぞ」

「んん……別に、どこでも……すぅ……」

「……ったく。そう言いながら、口にしたら怒るんだろうに。俺としてもまだそこにする気はないけどな。……とは言え、それ以外となると……」


 逆に悩むというものである。


 ……しばらく考えて、実行に移した結果。


「──ひゃああん!」


 広場に、可愛らしくも甲高い悲鳴が響き渡った。


《あらあら、ヴァイスったら》

《ちょ~っと、やりすぎかしらね~?》


 女性二人(?)が見つめる先では、顔を真っ赤にしたイリーゼが、左耳を押さえるようにして街道を駆け出すところだった。




 五日後、帝都に着いて依頼を終えてから二日目。

 未だ機嫌を損ねっぱなしのイリーゼに、フォーンとの賭け結果の回収も兼ね、食べ歩きの奢りをしていたヴァイスは、カフェのテラス席に見覚えのあるウェイトレスを見つけ、ぴたりと足を止めた。


「ヴァイス?……あ」

「ああ。入るか」


 うなずき合い、躊躇なくカフェへ足を踏み入れる。

 すると、問題のウェイトレスがすぐに近づいてきて、にこやかに案内してくれた。


「いらっしゃいませ。お二人様ですね? 今なら見晴らしのいい二階席が空いておりますので、是非どうぞ」

「ありがとうございます」


 通された先は個室で、ヴァイスはイリーゼの隣の席に着き、ウェイトレスには目で正面に座るよう促した。


 相手がそれに従い、イリーゼが防音の魔法を使ったところで尋ねる。


「で、オルファ。あんたはこんなとこで何してるんだ?」

「これも仕事の一環です。カフェやレストランのように不特定多数の者が出入りする場所は、言わば情報の宝庫。同僚は入れ替わり立ち替わり、特別な任務が入っていなければ、こういった場所で平和に働いているのですよ」

「平和……って言えば平和か。まあそれはともかく、例の面会がまだなのはいいとして、連れて行った奴はどうしてる?」

「おや、ご心配なさっているのですか?」

「その必要があるのか?」

「いいえ。……ですが、個人的意見を申し上げてよろしいのでしたら」


 さほど躊躇っているわけでもなさそうなオルファの前で、好きにすればいいという様子でヴァイスが椅子にもたれ、ゆったりと腕と脚を組む。

 残る一人、イリーゼに目で問えば、全く動じることなく首を縦に振った。


「では、遠慮なく。──ラエラ殿下はこれまでのお育ちのまま、市井でお暮らしになられた方がお幸せだったのではと愚考しております。我らが主人である皇帝陛下の、妾腹とは言え唯一の皇女でいらっしゃいますので、現在は婚姻政策のために、マナーを徹底的に叩き込まれているところですが……とにかく堅苦しいことを嫌悪するご本人の性質ゆえ、及第点に達するのはいつのことやら、見当もつかないのが現状とのこと。正確なお血筋を説明した後はずっと目を輝かせ通しでしたのに、今ではその輝きは完全に消え失せてしまったそうです」

「ふーん。つまり、今までの家族に対しては、未練や気遣いは皆無なのか。不憫だな、実の伯父一家」

「大変なんですね。主に教師の皆さんが」

「……殿下への同情はないのですね、お二人とも。当然のことではありますが。ちなみにベルトラン商会支店の皆様については、今では殿下も『父さんやお兄ちゃん、お姉ちゃんたちに会いたいー!』と訴えることはおありのようですよ。その度に、『既に義理の仲とは申せ、『父さん』ではなく『お父様』、『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』という呼び方も言語道断です。きちんと『様』をおつけになりますよう』と、教師の叱咤が飛んでいるとのこと」

「だろうな。支店には昨日、挨拶がてらに顔を出して、支店長たちとも話はしたが、色んな不行き届きに悩んでる風ではあったぞ」


 ヴァイスの言葉を受け、イリーゼはその時のことを思い浮かべて言う。


「『実の姪でも皇女様だからという思いから、気が引けて厳しいしつけができず、迷惑をかけることになってしまった。言い訳にもならないが』と、ヴァイスに深々と頭を下げてたわね。陛下に罰されても仕方がないとも」

「そこは陛下も、元はと言えば御自分がむやみに侍女に手をつけた結果だから、不問に処すとの仰せでした。今回ようやく殿下を引き取られたのも、情より政略の意味合いが強く、完全に皇家の都合でご一家と殿下を振り回しているわけですので」

「……そういうことなら、迷惑をかけられた相手ではあっても、多少は同情したくなるかな」

「不本意だがな。……今の話で事情は分かったから、別に陛下の貴重な時間を割いてまで、わざわざ謝罪をしてもらう必要はないんだが」

「それは不可能です。何せあの御方は、言い出したら聞かないご気性でいらっしゃいますから」


 無情なオルファに、天を仰ぐしかないヴァイスである。


「だよなあ……しかも酔狂だから、面会の席には間違いなく娘を同席させてくるぞ」

「それは……娘を元気付けたいとか、そんな理由じゃなくて?」

「違う」

「生憎ですが」


 ──馴染みの冒険者と直属の部下に、即答で真っ当な理由を否定される皇帝って……


 頭痛を覚えて額を押さえるイリーゼだった。


「さて、ではわたくしはこれで。流石にこれ以上は、サボりと見なされてしまいかねませんので」

「ああ。時間を取らせて悪かった」

「お気になさらず。ですがせっかくですから、是非ともこの店のランチセットをお召し上がりください。二種類があって、そのどちらにも絶品の日替わりデザートがついてまいりますよ」

「つまり、興味があるなら今日はそれぞれに別のセットを頼んで、口に合えば明日以降も来いってことか。商売上手だな」

「店長にお伝えいたします。もしも料理についてもお褒めいただけるようでしたら、シェフは泣いて喜ぶかと。かの『帝国最強』と、噂のそのパートナーのお口に合うとすれば、店としても大変な宣伝になりますから」

「……噂、ですか。帝都に来てまだ数日で、そんなに話題に?」


 小首を傾げて尋ねれば、オルファは悪戯っぽく微笑みこう答えた。


「それはもう。『あの『帝国最強の冒険者』ヴァイスを、一日中デートに連れ回すからには、新しい相棒は彼をすっかり尻に敷いているようだ』とか、『ヴァイスは今の相棒にすっかり惚れ込んでるらしい』というのが主流の内容ですよ。ちなみに後者の大元は、先日お会いした冒険者の皆様ですね」

「あいつら……」

「で、デートって、そんなんじゃないです! これは、その……」

「おや、違うのですか。憎からず想い合う年頃の男女が、二人で出かけて楽しい時間を過ごすことは、一般的にはデートと呼ぶものだと思いますが」

「~~~~っ!」

「オルファ、それくらいにしてやってくれ。でないとそろそろ、イリーゼが爆発する」

「そのようですね。では、イリーゼ様が落ち着かれるまで、こちらでゆっくりお過ごしください。ただ今ランチをお持ちいたします」

「せっかくだから、別々のセットで頼む」

「心得ております」


 どさくさ紛れに店の食事を摂らせようとするオルファに、ちゃっかり便乗するヴァイスだった。

 ランチセットを待つ間、イリーゼは赤い顔を隠すようにフードを深く被りつつ、彼女らしからぬそわそわした様子で、平然たる態度のヴァイスをちらちらと窺っていた。

 やがて、意を決してこう尋ねる。


「……あの、ヴァイス。……迷惑じゃない?」

「噂がか? デートかどうかはともかく、他は事実だし、いずれは知れることだから、俺は別にどうってことないぞ」

「じ……事実、なの? ええと……その、『惚れ込んでる』って……」

「ああ。でなきゃ、耳だの首筋だのにキスなんかしない」

「……そ、そういうものなのね」

「少なくとも俺はな。ま、正直なところ、出会ってたった半月で、こんなにもハマるとは想像もしてなかったけど」

「それは……」


 と言いかけて、イリーゼは不自然に押し黙った。その頬は先ほどよりも赤みを増している。


「『それは』、何だ?」

「な、何でもない。……じゃあ、ヴァイスは、あの……え、と」

「うん? 聞こえないぞ」

「ひゃあっ!?」


 と、実に素早い手際で、ヴァイスの膝に横座りさせられてしまうイリーゼだった。その勢いのせいかフードがずれ、彼からはしっかり顔が見えてしまう。

 密着度そのものは慣れてきてはいるものの、相手から実質的な告白をされた状況では、動揺するなという方が無理だろう。


「や、下ろしてっ! いつまたオルファさんが来るか分からないのに!」

「んー、その理由なら却下。まだ五分くらいは平気だろうしな。それより、俺に何か訊きたいんだろ?」

「う……この体勢じゃ訊けない」

「何で」

「だって……」


 ──この状況で、「ヴァイスは私に、唇同士のキスとかそれ以上のことをしたいのか」なんて訊いて、もし肯定されたらどうしたらいいのよ!?


 果てしない恥ずかしさに涙目になりつつ口にした一言は、イリーゼ自身には酷く子供っぽく思えるものになってしまった。


「……ヴァイスの、意地悪」

「────っ。あの、なあ……」


 呻くようにつぶやくと、ヴァイスの頭がぐったりと下がり、ぼふん、とイリーゼの右肩に額が乗せられる。


「え、っと。ヴァイス?」

「……いや、そうだよな。無意識なんだよな、どこまでも。知ってるけど、よーく知ってるけどさ……! 俺にしかこんな顔は見せないんだろうし!」

「……うん、その通りだけど。私をこんな風に恥ずかしがらせるのは、ヴァイス本人か、貴方絡みのことでしかないと思う」


 仮の事態を想像してみても、第三者に恥ずかしがる方向で動揺させられるとすれば、彼との仲についてあれこれ突っ込まれることくらいしか思い浮かばない。

 イリーゼとしては、素直に出た結論を口にしただけだったが、ヴァイスにとってそれは殺し文句に等しかった。


 ……ゆっくりと頭を上げた彼は、左腕でイリーゼの腰をさりげなく固定し、彼女のなめらかな頬を右手でするりと包み込む。

 これ以上ないほど真剣な表情と瞳で真っ正面から見つめられ、寒さではない何かに身を震わせるイリーゼの額に、ヴァイスの額がこつんと重ねられた。


「──つまり、『今すぐこの場でキスしてほしい』ってことでいいんだな?」

「!? ちょっ、違──」


 声が途切れたのは、近づく廊下の気配のせいか、ごく微かに唇に感じた柔らかな感触によるものか。


 ともあれ、二人のランチを持参したオルファがノック後に顔を出した時には、イリーゼは元の席に戻り、被り直したフードの下で実にわかりやすく頬を紅潮させていたのだった。




 その夜、宿屋でのこと。

 例によってスイートルームを取っている二人は、当然ながら寝る前に分かれてそれぞれの寝室に向かうのだが、今夜は多少様子が違っていた。

 ……くいっ、と袖を引っ張られたヴァイスが振り向くと、イリーゼが恥ずかしそうにうつむいている。


「どうした、イリーゼ?」

「……一つ、訊きたいことがあって。……昼間のことなんだけど……」

「うん?」

「……あの。あれって……口にキスされた、ってことでいいの……?」


 食堂の個室でのことらしい。

 ヴァイスは軽く首を傾げてこう返した。


「イリーゼはどう思うんだ?」

「……わからない。一瞬だったから……だから、ヴァイスの認識としてはどうなのかと思って」

「そうだなあ。じゃあ、もう一度して確かめてみるか?」


 もう一度、などと言う時点で、ヴァイスとしては「した」という認識ではあるのだが。

 そもそもの話、わざわざ彼に訊かなくとも、精霊たちに問えば喜んで教えてくれるはずだ。なのにイリーゼがあえて、彼に尋ねる選択肢を選んだということは……まあつまり、そういうことである。


 ……こくん、と小さな頭が縦に動いたので、ヴァイスは再び共用部分のソファに腰を下ろしてから、昼間と同じくイリーゼを膝に乗せた。

 腰を抱いて彼女の位置を固定はするが、いつでも逃げられる程度の力に留めるのも個室での再現である。

 ──そして、淡い水色の瞳が閉じられるのを確認してから、今度は時間をかけて唇同士を触れ合わせた。まだ二度目の少女を怖がらせないぎりぎりの情熱と、今度は決して疑わせないという意思を込めて。


 ……その触れ合いが終わったのは、イリーゼの腕がヴァイスの首に回されてから、どれくらい経った頃だったか。


「……これで、分かった?」

「……こ、こんなの。違いすぎて、比べられない……」

「そうか。じゃ、もう一回」

「んっ……!」


 今度はついばむようなキスを、間髪入れず何度もされるので、イリーゼはただ、彼にしがみつくしかできなくなってしまう。

 そんな風に、違うキスをいくつも経験させられ、すっかりヴァイスの唇の感触を覚えさせられてしまったイリーゼだった。


「──ヴァイスの馬鹿あっ!! 完全に腰が抜けちゃったじゃないっ」

「はいはい。責任取ってベッドまでは運ぶから」


 すっかり上機嫌なヴァイスは、愛しい少女を彼女のベッドに座らせて「おやすみ」と告げてから、その日最後のキスを額に落として出ていった。


「も、もうっ! ヴァイスのキス魔!」

《その罵倒は、色んなことを悟られちゃうから、他の人がいるところでしちゃ駄目よ? イリーゼ》


 数日ぶりに顔を見せたアルヴィナのそんなアドバイス(?)に、イリーゼは耳まで完全に真っ赤になったのだった。

ようやく正式に両想いになった二人です。とは言え、まだ出会って半月くらいなんですが。


目的地に到着したので、「帝都へ」編はここで終わりです。

次は、皇帝との恐怖の(?)面会が待っています。もっとも、言うほど変な人ではないはず。少なくとも、ラエラの親らしくはないです。良くも悪くも。


追記:やっぱり挿話を挟むことになりました。皇帝との面会はその後になります。挿話は2/23夜にアップします。

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