赤ずきんと眠り姫・3(完)
「ごちそうさまでしたー。やっぱりおばあちゃんのシチューは最高!」
「まあ、ありがとう。さあ、早く歯を磨いてらっしゃい」
「はーい。それから、おじいちゃんと皿洗いをするね!」
「あら嬉しいわ、お願いね。あなた、私は卸す分の薬草を整理しておくわ」
「ああ。明日、赤ずきんちゃんを送るついでに届けてくるよ」
そんな風にしてそれぞれの役割を終えてから、三人は居間に集まり、赤ずきんちゃんの疑問に答えることにします。
「さて、女の子の元の家族がどうなったか、だったね? 実は、女の子がいなくなった影響は、あちこちで大きかったらしいよ」
「えっ、そうなの? やっぱり森の薬草がお店に入らなくなったから?」
「まずはそれだね。まあ、完全に入らなくなったんじゃなくて、薬草商人から仕入れれば済む話だけど、それには余分にお金がかかるから……」
──女の子が自分で採って来ていた薬草には、普通に仕入れればとても値段の張るものが多く、当然それは売値にも影響します。
『何でいきなり、こんなに高くなるんだよ!』
『質が良い上に破格の安さだから、ちょっと遠くてもこの店で買ってたけど。他と質や値段が変わらなくなったなら、別にこだわる理由もないわね。もっと便利な場所で買うわ』
『全く、『精霊の愛娘』である実の娘を追い出すなんて、一体何を考えてるんだかねえ』
などと捨て台詞を残して、客はどんどん離れていきます。
他に差をつけていた化粧品や服飾関係の売り上げも、実は薬草を買うついでに買ってくれていた人が多く、売れ残りは増えていくばかり。
そもそもさほど大きな街でもなく、王都に近いわけでもない場所では、派手に着飾る機会自体がそう多くなく、いわゆるよそ行きのアイテムは本来、なかなか捌けない土地柄なのでした。
店の売り上げはどんどん減っていき、特に服飾部門の責任者である継母とその娘は、顔色がすっかり蒼白です。
「うわあ、大変だね。お父さんはどうしてるの?」
「女の子のことを心配しながらも、どうにか経営を立て直そうとしてたみたいだね。跡継ぎのことも考えなきゃいけないから、彼は彼で大変だったそうだ。実の娘が出ていった以上、義理の娘に婿を取らせて後を継がせるという計画だったんだろうけど、売り上げがどんどん下がる状況だと、婿に入ってもらうこと自体が難しい話になるし」
「それ、『じごうじとく』って言うんじゃない? そのお父さん、新しいお母さんたちのたくらみや、女の子の気持ちにも気づいてなかったんでしょ?」
「あらあら、赤ずきんちゃんは手厳しいわね」
「だって、わたしのお父さんだったら、そんなことにはならないもん。お兄ちゃんやわたしが困ってたら、お父さんもお母さんも、絶対に気づいてくれるから」
「そうね。でもこの女の子の場合は、もしもお父さんに訊かれても、素直に話せなくて適当にごまかしてたでしょうから、お父さんのせいばかりでもないと思うのよ」
「えー、子供にあっさりごまかされちゃうような人は、商人としては色々とダメなんじゃないかなあ」
「全くだ。赤ずきんちゃんの言う通り」
「……そんなに深々と頷かないでほしいわ、あなた。ええと、続きを話すわね」
──それから半年ほどが経ち、女の子の家出から約一年後のこと。森の宿屋の評判は、こちら側──西の街にも届くようになりました。
そして、お店の元常連さんが噂を教えてくれます。──森の宿屋は精霊に守られており、それは女主人である『精霊の愛娘』のお陰だと。
この一年、全く行方の知れなかった女の子の情報に、父親は信じられずに呆然として、継母と義理の姉は悔しがりながらもすぐに計画を立てました。
『あなた、ちょうどいいじゃない! あの子の宿屋に、この店から商品をたくさん仕入れてもらうのよ!』
『そうね! 離れて暮らしてても家族なんだもの! この際、取引の一切合切を、この店を通してやってもらえばいいわ!』
『身内のことだし、それなりに色をつけた額でも許容範囲よね! そうと決まれば、ほら、早速交渉に行く準備をしないと!』
「……おじいちゃん。こういうのを『虫が良すぎる』って言うんだっけ?」
「そうだよ。全く、何を考えてるんだろうねえ。ふっふっふ」
「あなた、顔が怖いわ」
──店主である父親は当然、そんな詐欺にもなりかねない取引は、家族としても商人としても賛成できません。とは言え、妻と義理の娘は、こうと決めれば壁にぶち当たるまで止まらない性質です。
仕方がないので、まずは一人で何度か訪ねて行き、それなりに話ができるようになってから、頃合いを見計らって話を切り出そう……そう思っていたけれど、妻と義娘は野生の勘(?)で何かを感じ取ったらしく、強引についていくと宣言しました。
こっそり、でも腹の底からため息をつきながら、父親は厄介な家族を連れて、森の中へと向かいます。
……けれど、どうしたことでしょう。三人は歩いても歩いても目的地にはたどり着けず、何故かそのまま、東側の森の出口まで来てしまいました。
おかしな話です。噂に名高い宿屋は間違いなく、森の中心を走る道の脇にあるはずなのに。むしろ宿屋ができたお陰で、その道が整備されることになったくらいなのに。
そもそも徒歩では、森を横切るには一日半はかかるはず。それなのに、朝方に森に入った三人が、出口に着いたのはその日の夕方でした。
混乱しながらも、ひとまず三人は東の街の宿に泊まり──余分な出費にぶつぶつ言いつつ──、次の日は来た道を戻ります。今度はよくよく気をつけて、周囲に注意を払いながら。
それでもやはり、結果は同じでした。宿屋どころか、旅人や動物にすら一度も出くわすことなく、元の西の街側の出口に着いてしまったのです。
「うわあ、怖い……これって、精霊たちの仕業だよね?」
「そうね。その時のお父さんたちには分からなかったでしょうけど」
──何が起こったのか、どうしてこんな得体の知れないことが起きたのか。
疑問と驚愕と、何より底知れない恐怖に寒気を覚えた三人は、逃げるように家まで帰りました。
その後、父親は再び、今度は一人で森に入りました。
あれから色々と推測した結果、こんな考えに至ったのです。娘を守る精霊が、彼女へ不利益をもたらそうとする妻たちに気づき、宿屋へたどり着けなくしたのだろうと。
ならば、自分一人だけであれば娘のもとへ通してもらえるかもしれない──そう思っての行動でした。
けれどやはり、同じことが起きてしまいます。
『何故だ! 私はただ、娘に会いたいだけなのに! 会って元気な顔を見て、どうして一言の相談もなく家を出たのか、理由を聞きたいだけなのに! たったそれだけのことを、どうして精霊たちは邪魔するんだ!?』
必死の叫びは森の中にこだまするだけで、答えは返ってきませんでした。──一年もの時間がありながら、未だにその程度の疑問しか抱かず、自分で調べようともしないばかりか、当時のことを省みさえしない姿勢そのものに、既に精霊たちは呆れ果てていると言うのに。
何度通っても、森の中を何往復しようとも、彼は娘に出会うことは勿論、宿屋にたどり着くことすらありません。
妻と義理の娘はいつしか逃げ出し、繁盛していた頃の空気はどこへやら、既に店は潰れて空っぽです。
そこに帰りたくないせいもあるのでしょう。父親は実の娘の姿を求めて、毎日のように森を彷徨うのでした。
果たして、その願いは叶うのでしょうか。叶うとしたらいつなのか。
誰にも分からないまま、今日も彼は、森の中を歩き回るのです……
語り終えた二人の前で、赤ずきんちゃんはしんみりした様子になりました。
「……何だか、『じごうじとく』だけど、お父さんがちょっぴり可哀想になっちゃった。たぶん、そのまま森で死んじゃったんでしょ?」
「そうとも限らないよ。何せ女の子は優しい子だったからね」
さらりと言うおじいちゃんに、目の色を変えて迫る赤ずきんちゃんです。
「えっ!? じゃあ、じゃあ、ちゃんと親子は会えたの!? 仲直りして、分かり合って、幸せになれたの!?」
「さあ。どうだろう?」
「おじいちゃーん! 教えてよー! おばあちゃん、おじいちゃんが意地悪するー!」
今度はおばあちゃんの膝にすがりつけば、苦笑とともに優しい手が髪を撫でてくれます。
「はいはい。でもね、本当にそれは分からないのよ。だから、赤ずきんちゃんが続きを考えて、どうなったのか決めてくれる? そして、赤ずきんちゃんの子供たちに話してあげてちょうだい」
「……うん。じゃあ、考えてみるね」
「頑張ってね。でも、それはそれとして、今晩はきちんと眠るのよ? 考えすぎてお寝坊したら、明日はおじいちゃんに送ってもらえなくなるからね」
「はーい。──あ! 帰る前に、ひいおじいちゃんたちのお墓にお参りしていい?」
家の裏にある池のほとりに、おばあちゃんの両親のお墓があります。赤ずきんちゃんは毎月、おじいちゃんとおばあちゃんを訪ねた時はいつも、お墓に手を合わせていくのでした。会ったことはないけれど、大好きなおばあちゃんを生んでくれた大事な両親だから。
「ええ、勿論。でも、その分は早く起きないとね」
「うん、頑張る!」
なんて言いながら、おじいちゃんもおばあちゃんも、赤ずきんちゃんが寝過ごしたところで、少しくらいなら見逃してくれます。
でも、赤ずきんちゃんは毎日のようにおうちの宿屋を手伝っているので、時間というものがどれだけ貴重なのか、両親からしっかり叩き込まれているのでした。
「──あれ?」
翌朝早起きをして、おじいちゃんと一緒にお墓参りに来た赤ずきんちゃんは、お祈りを終えたとたん、急に声を上げました。
「どうかしたのかい?」
「うん。あのね……」
おじいちゃんを見上げて、思い付いたことを口にしようとしましたが、少しためらいます。
(おじいちゃんのことだから、このことは素直に答えてくれないよね)
そう考え、赤ずきんちゃんなりに、少しばかり遠回りをしてみることにしました。急がば回れ、です。
「ええと、今更だけど。おばあちゃんは、女の子と同じ『眠り姫』だよね? で、おじいちゃんは元々は冒険者だった」
「ああ、そうだね」
それ自体は、小さい頃からしょっちゅう聞いていることです。
そのことで、冒険者に憧れるお兄ちゃんがたまに面倒くさくなるのですが、今はそこは関係ありません。
「それで……おじいちゃんはゆうべ、『女の子は優しい子だった』って言ってたけど。おばあちゃんと同じくらいに優しいのかな?」
「だと思うよ」
「……やっぱり」
一つうなずき、赤ずきんちゃんは改めてお墓を見て確信しました。
……おばあちゃんの両親がここにいるということは、つまりそういうことなのだと。
「ねえ、おじいちゃん」
「うん?」
「おじいちゃんは、いつからおばあちゃんが好きだったの? ひとめぼれだったりする?」
突然すぎる質問に、おじいちゃんは目を見開きます。
けれどやがて、ふっと優しく微笑むと、日々の力仕事と剣だこで固くなった手のひらを、孫娘へと差し出しました。
「そうだなあ。少し長くなりそうだから、今じゃなくて、宿屋へ向かいながらでもいいかい?」
「うん! 楽しみだから、それくらいは待てるよ」
手を繋ぎ、家へと戻っていくと、おばあちゃんの焼くオムレツの匂いが漂ってきます。
……ぐう、と、二人のお腹が同時に鳴りました。
「う……わたし、朝ごはんは待ちきれないみたい」
「そうだね。おじいちゃんもだよ」
と、顔を見合わせた二人は、くすくす笑いながら、おばあちゃんのもとへ戻るのでした。
お読みいただきありがとうございました。
継母や義理の姉がどうなったかは、おまけとして書くかもしれません。ざまあ要素バリバリになるかと。
ちなみに、将来的に赤ずきんちゃんが出会うであろう狼は、祖父と同じく冒険者だと思われます。赤ずきんちゃんに拾われて(?)祖父母宅まで同行した結果、色んなあれこれでおじいちゃんと意気投合することになるかと。肝心のおばあちゃんはおもてなしをしつつも我関せずで、孫娘といつものように楽しく過ごすんだろうなあ。ただのほのぼの一家の光景ですね。
その後の狼さんは、実家の宿屋を継ぐ赤ずきんちゃんに婿入りして、末永く仲良く暮らせばいいと思います。お兄ちゃんはその頃にはもう、冒険者になってあちこちをふらふらしてるでしょうし(言い方)。歴史は繰り返す。




