眠り姫と双子の姉と・6(完)
完結です。ティアナの行く末や如何に。
学園での騒ぎから数日後。相変わらずティルフォード邸で暮らすお姉様のもとへ、フォーンが三通の手紙を持って訪ねていった。
「あらフォーン、いらっしゃい。頻繁に顔を見せてくれて嬉しいわ。それは、お父様たちからの定期便?」
《それと、君の弟妹たちから》
読んでいた本に栞を挟んで傍らに置き、まとめて差し出された手紙を受けとりながら、お姉様は驚きと心配に顔を曇らせる。
「……まあ。妹からも? 手紙を書けるようになったのなら、あの子もある程度は落ち着いたと思っていいのかしら……」
《正確には、ようやく諦めがついたと言うか、つけざるを得なかったって感じだね。当然ながら、エイザールの貴族令嬢としての生活にはまだ未練があるみたいだけど、既に『愛娘』じゃなくなった立場で、悪評に耐えつつ社交界に顔を出し続ける自信はないとも言ってる。その悪評自体は自業自得だし、ティアナが何かするたびに、フォルダム家全員がどれだけ大変な目に遭ってたかを考えれば、甘いなんてものじゃない言い分だけど》
「ちなみに、その感想はあの子にそのまま言ったの?」
《うん。それもあっての手紙だと思うな》
「そう……」
"今更遅いけれど、お姉様には心から謝罪します。わたくしの振る舞いのことも、ネイサン様のことも、今までご迷惑をかけて本当にごめんなさい。
わたくしがこのまま俗世にいては、家族の皆やティルフォード家の方々に大変な迷惑をかけてしまうので、修道院に入ることにしました。
もうお会いすることはありませんが、お姉様たちの幸せを心から祈っています"
わたくしが書いたのはそんな内容だった。他にも書きたいことや書くべきことはたくさんあったけれど、どれも言い訳にしかならないのでやめたのだ。
「そう、修道院に……場所については書いていないから、本当に会うつもりはないということね」
《知りたい?》
「……いいえ。お互いのためにも、知らない方がいいと思うわ」
ゆったりとかぶりを振るお姉様の顔は、微笑んでこそいるものの、寂しさと悲しみは隠しきれていない。
《やっぱり、辛いんだ? ティアナのことでは、あれだけ色々と大変な目にあったのに》
「あの子との別れそのものはさほどではないのよ。とうに覚悟はしていたし、ほっとしているのも事実だから……ただ、あの子がああなってしまう前に、わたくしに何かできることはなかったのかと、つい考えてしまうことがあって」
《んー、それはスレインたちも言っていたけど、少なくとも一人だけの力ではどうにもできなかったよ。可能性としては、ティアナ自身の『愛娘』であることの特権意識を、早いうちに何とかできていれば、ってくらいだね。フォルダム家では君たちを完全に平等に扱ってたんだから、責任の大半は精霊にある。思えばティアナは昔から、『わたくしは『精霊の愛娘』なのに、お姉様や他の人と同じ振る舞いができないというだけで、何故叱られなきゃいけないの!』みたいなことを頻繁に言っていたしね。いい面を見れば、貴族に相応しい行動っていうのはティアナの性には合わなかったみたいだから、それを要求されなくなる修道院は、彼女にとっては暮らしやすい場所なんじゃないのかな》
「……そうだといいけれど」
お姉様は黙り込むと、わたくしの手紙を静かにたたんで封筒へ戻した。
そして、ちらりと読みかけの本を──正確には挟んだ栞を見てから、意を決したように口を開く。
「フォーン。一つ、答えてくれるかしら? あの子の──ティアナの『運命の伴侶』は、何処にお住まいの何と言う御方だったの?」
《うーん……そうだね。シェフィーリアになら教えてもいいか。彼の名前は──》
そうして明かされた、本来の『伴侶』の情報に。
お姉様の、わたくしそっくりの美しい顔には、酷く複雑な表情が浮かんだのだった。
エイザールの歴史を彩る『精霊の愛娘』の中で、取り分け異彩を放つのが、『消えた愛娘』とも呼ばれるティアナ・フォルダムである。
ティアナには、『愛娘』としては珍しく悪い逸話が多い。伯爵家の次女に生まれながら、その立ち居振舞いは令嬢たる水準には達しておらず、せっかくの美貌も宝の持ち腐れだと、密かに囁かれるほどだったという。双子の姉シェフィーリアが、筆頭貴族たるティルフォード家の当主夫人として、後世に語り継がれるほどの際立った淑女であったこととは対照的と言える。
ティアナはそのシェフィーリアと、彼女の夫となるネイサン・ティルフォードを巡って争い、その最中に突如失踪したと伝えられている。一説によれば、双子の姉を排除することを精霊たちに命じ、そのあまりにも理不尽な依頼に反発した精霊たちが、怒りのままにティアナを精霊界へと連れ去ったためとされる。
その後のティアナの行方は杳として知れず、まるで「神隠し」に遭ったようだと噂された。彼女の『消えた愛娘』という呼び名はここから来たものである。姉の嫁いだティルフォード家は勿論のこと、彼女を勘当した実家フォルダム家にも、それからのティアナの消息については一切残されていない。
ただ近年、エイザールの東端に位置する修道院より発見されたシスターの日記の中に、ティアナのことを記したと考えられる箇所があった。
彼女の失踪より五年後、寄付のためにその修道院を訪れたベルトラン商会会長フィリップが、『シスター・アナベル』と呼ばれる女性がシェフィーリアにそっくりだと口にしたという記述がそれである。
大陸西部をほぼ網羅する規模のベルトラン商会にとって、ティルフォード家は、創業者である『アルバ第二の建国王』マリクの代よりの上得意先であり、会長が公爵夫人と面識があっても何らおかしくはない。
なお、フィリップは後に、この修道院から還俗した妻を迎えており、先ほどのシスターの日記には、その妻はシスター・アナベルだと明記されている。
後年のティルフォード家の記録によれば、シェフィーリアとフィリップの妻は長く文通をしており、公爵夫人が嫁ぐ以前から大切にしていた栞を会長夫人へ贈ったという事実から、二人の仲はかなり親しいものだったというのが定説である。
また、姉妹の実家フォルダム家が、フィリップの結婚後に新たなベルトラン商会の顧客となった点も鑑みれば、「シスター・アナベル=ティアナ説」はさほど荒唐無稽なものではないと言えるのではないだろうか。
仮にこの説が真実ではないとしても、結婚から半世紀余りの後、夫を追うように寿命を迎えたシェフィーリアの死に顔は、現世に一切の心残りがないと察せられるほどにすっきりした表情だったと伝えられている。その理由の一つが、失踪した妹の行方を生きているうちに知れたことであったと推測するのは、さほど的を外してはいないだろう。
──お姉様、お姉様! はい、プレゼント!
──あら、四つ葉のクローバーね。ティアナ、これはどうしたの?
──お姉様に、幸せのお裾分け! 私は『精霊の愛娘』だから、将来は必ず『運命の伴侶』に出会って、間違いなく幸せになれるでしょう? でも私は、お姉様にも同じように幸せになってほしいから、クローバーを見つけてプレゼントしたいなと思ったの。
──まあ、嬉しいわ。ありがとう、ティアナ。押し花にして、ずっと大切にするわね。
──うん! お姉様、大好き!
お読みいただきありがとうございました。
『アルバ第二の建国王』マリクについては、「眠り姫の縁談」に出てきます。
シリーズ初の中編の割に、ハッピーエンドとは言いがたい内容になってしまいましたが、メインがお花畑の時点でそこは仕方ないかな、と。同じ『愛娘』でも違う人間であり、色んな性格の人がいるので、(その時代では)唯一無二の力を生まれつき持っていれば思い上がっちゃう娘もいるよね、というキャラがティアナです。結果として、精霊の祝福が呪いになってしまったケース。
そもそも『愛娘』に限らず、一般的な精霊の加護自体が、性格に関係なく、魔力の質や量を気に入られれば与えられるものなので、後で《こんな子だと思わなかった!》とか幻滅されて加護も何もなくなるパターンが希にあるという設定で、今回のティアナがその該当例です。人間に例えるなら、「勝手に一目惚れされて、告白してきた相手と付き合ったはいいが、性格面を知ると幻滅されて別れることになった」みたいな感じです。はた迷惑ですが、精霊は基本的に、世界全体のバランスが絡まなければ、自分の好き嫌いが第一の行動原理なので。フォーンのように長いこと人間界にいる古株であれば、自然に色々と学んで、社会的なあれこれにも気が回ったりしますけど。
もしもネイサンがいなければ、とか、双子の姉妹でさえなければ、といった仮定はいくらでもできますが、どの場合でもこの姉妹が幼い頃のまま、仲良しでいられる未来はありません。ティアナの暴走の根本原因は、姉へのコンプレックスを拗らせてるせいなので。だからこそ「わたくしは『愛娘』なのよ!お姉様より上の存在なのよ!」とことあるごとに主張していたわけです。
ネイサンが妹の方に惚れ込んでいたらまた違ったでしょうが、そもそもティアナは彼の好みではないので有り得ない仮定です。万が一があったとしても、ティアナが公爵夫人教育という試練を乗り切れるとは思えない……
修道院暮らしで劣等感をある程度でも解消できたのなら、ティアナもちゃんと、彼女なりの幸せを掴めたと思います。




