二話
佐野景明博士の研究所は明らかに異様な空気を纏っていた、敷地としてはそこまで広いというわけではないが位階の高い者のみが感じ取れる気配があったのだ。それは、いうなれば共鳴に近いのであろう、強者が放つ波動が干渉し合っているのだ。
もちろん一足先に研究所に潜入している霞も明らかにおかしい雰囲気を感じ取っていた、だが霞には気配などは戦いになっている時点でおかしくて当たり前だと、これまでの経験で分かっている。けれどそんな気配などはどうでもいいとばかりに、第一実験室と書かれたドアの前で霞は明らかに不快そうな顔をしていた
「臭いな...」
私はそう呟かずにはいられなかった、今が佐野博士の研究所に潜入していることを忘れそうになるほどの、むせかえりそうになる血の香り、鉄くさく何かが腐ったような心底不快になる香りに眉間にシワが寄ることを自覚した。まあ戦闘になるのは確かだろうと覚悟を決め、軍刀に手を添え扉を開け放った。
扉を開け放った先には、気分の悪くなるようなものばかりが棚に机に所狭しと並べてあった。
脳みそのホルマリン漬けや、一対の瞳、その瞳の色は漆黒だ。何に使うかもわからない注射器、メスなどの手術道具、赤黒い液体が詰まった袋。
そんな狂気的な部屋の中には、デスクチェアに座ってこちらを睥睨している佐野景明博士と思しき白衣を身にまとったしゃがれた老人がいた。
私はその老人には明らかに理性が感じられたのでいきなり切りかかることはせずに、腰に下げている軍刀から手を離し警戒は解かずに話しかけた。
「佐野景明博士でよろしいか?貴方には大和国政府及びocto本部から可及的速やかに排除せよと司令が下りている。戦闘は避けられず、二度目の遺書は書かかせてやれないが理解してくれ」
そう霞が佐野博士に語りかけると今までこちらを睥睨したままピクリとも動かなかった佐野博士が明らかに喜色をにじませ口を開いた。
「そうか...死ねというならば私は喜んで君に殺されよう。私にはもはや現世に何の未練もない、なぜだと君はいうだろうが、1年ほど前に私は本懐を遂げたのだ。私の知りたくて知りたくてしょうがなくて、ついぞ一度死ぬまでわからなかった位階というものを解明したのだよ、この私が」
「私は契約を終えたのだよ、もはや君に殺されるか悪魔に殺されるか、などどちらでも変わらん。さあ君は私を殺すのだろう?さあ早く」
佐野博士が契約を終えたというのは間違い無いのだろう。この世すべてが楽しくてしょうがないとでも言いたいかのようにニコニコと笑っている。
霞は佐野博士の言葉を聞き眉間にシワを寄せた。その後流れるような動きで軍刀に手を添え、鈴のような音を立て抜刀した。その刀身は無機質な銀光を放ちまるで敵を討つことを喜んで震えているかのように見えた。
「最後に佐野博士...残す言葉はありますか?」
「...無いな」
ーーーリィ...ンーーー
その瞬間、霞は銀の残光を残し刀を振り切り佐野博士の頭は落ちただの肉塊に成り果てた。
霞は佐野博士が絶命したのを確認し、刀を振り切った状態から自然体に戻り懐紙を取り出し刀身に付いていた血を拭き取り鞘に収めた。
「腑に落ちないな...侯爵級悪魔が出てくると思ったのだが...しかしまだ気配は消えず...と」
まあ明らかにそこの扉の中から気配がするのは確かだしな
「確かめるしかない...か」
霞は部屋の奥にある扉を睨んだ。その扉は金庫のように堅牢で、何かを閉じ込めているのは一目瞭然であった。
「しかし、侯爵級悪魔ほどがおとなしく閉じ込められているとも思えんしな」
霞は不信感を持ったまま扉に近づいていく。その扉は内側から開けられるような代物では無いのは明らかだった。
「もちろん!あんな部屋におとなしく入る器では無いのは確かだね!」
「...ッ誰だっ!」
霞はその声が聞こえてきた瞬間刀を抜きはなち構えた。
すると空中に人馬鹿にしたような小人ほどのピエロがホログラムのように浮かび上がってきた
「そうだね!支部長様がこの僕を誰だと問うならば答えないわけには行かないね!そうだね...侯爵ピエロくんとでも呼んでくれると嬉しいなあ」
小人のようなピエロはくるくると踊るように嗤いながらそう自己紹介をした。
霞はそんな人を馬鹿にしたようなピエロの自己紹介を聞いても警戒心は変わらず、刀の切っ先をピエロに向けた
「そんなことはわかっている。貴様は侯爵級悪魔の使い魔だろう?」
「よく分かるじゃ無いか!あぁそういえばoctoの君たちには僕らを判別できるんだったね!そう僕は侯爵様の使い魔さ、なぜ使い魔の僕がって顔をしているね!侯爵様はそこまで暇なわけじゃないんだよね!そこで僕の出番ってわけ!もちろん僕は戦闘用の使い魔じゃ無いし支部長様に戦いを挑みにきたわけじゃ無いんだよね!支部長様に侯爵様からの伝言を伝えにきたんだ聞いてくれるかな!?」
「...あぁ」
霞はいつもおちょくってくる蘭のような気配をピエロから感じこめかみに青筋を立てるが、顔自体は無表情無表情でそう答えた
「それじゃあ伝えるね!octo日本支部支部長薄月霞ちゃんへ。君はなぜ僕がそちらにいないか、気になるだろう?なぜ僕がいないのにここまで気配が濃いのだろうと思っているだろう?僕が佐野博士に契約を持ちかけたのは、そもそも君たち大和の民に害をなそうとしたわけでは無いんだよ、まあ少しは被害が出てしまうのはしょうがないことだと思うけどね発展に被害は付き物だろう?むしろ佐野博士が君たちに残したのは福音だよ佐野博士は奇蹟をなしたんだ。奇跡に魅入られ、死してなお君たちに奇蹟を残すなんて素晴しいと思わないか?...まあそれは置いておいて、なんで佐野博士に契約を持ちかけたかだったね、公平性を保つためだゲームはフェアじゃ無いとつまらないだろう?もちろんゲームは君たち人間と僕ら悪魔の生存をかけた戦いのことだ、世界の衝突以来僕たちと君たちの生存競争に終わりが見えたことはない。しかも僕ら悪魔の圧倒的優位という形でね」
使い魔のピエロは息のつく暇もないほど言葉を並べ立てた。そして少し息をつきまた語り始める
「そこでだ。僕はこのままだとただつまらないゲームが延々続くのはつまらないと思って、前時代の天才である佐野博士の魂を見つけ出してきて、少しの契約と引き換えに肉体を授けたのさ、世界の衝突以来世界の衝突以来発展した位階や能力に関しての知識を授けてね。これが大成功だったんだ佐野博士は本当の天才だよ、少しの未来の知識と、非人道的なことに関しての忌避感をなくしてしまえば、位階に関する研究を100年は進めたんだ信じられるかい?250年も前の人間が今の時代の位階に関する知識を100年進めたんだ!僕は人間のこういうところが愛おしくてしょうがない。だからフェアに行きたいんだ。あと少なくとも大規模な戦争は少なくとも10年はない。佐野博士の残したものが使い物になるまではね。僕が他の悪魔達を抑えるから、まあ小競り合い程度はあると思うけど10年は君が出張ることもなくなるんじゃないかな。残し子が君らの英雄になってから公平な勝負をいざ尋常にってね」
「その扉の先にいるのは、君たちにとっての宝石で奇蹟だよ。守らなければならないし、祈らずにはいられない。いくら愛でても満足しない。そんなものだ。君たち人間が喜んでくれることを僕ことルキ=エルガイストは楽しみに見ているよ。」
ピエロはルキからの伝言を伝え終わったらもうここには用はないとばかりに幻のように消えてしまった。
霞はピエロが消えたのを確認するとルキの伝言を録音していたデバイスのことをちらりと確認しとりあえずはデバイスを視界から外した。
「気狂いのルキ=エルガイストか...やっと今まで感じていた違和感の正体がわかったよ。あいつは何を起こすかわからんからな、本部に行かなければいけなくなったな」
霞は悩みのタネが増えたと眉にシワを寄せてルキが言っていたことを脳内で反芻した
「ルキ=エルガイストの言うことが本当ならばこの扉の中には私たちの切り札になるものがいるらしいが...気配からして位階は8か最悪だな、佐野博士も厄介なものを残してくれたよ、全く喜んでいいのか悲観すべきなのかわからんな」
霞は扉の先にいる存在の危険度を正しく図っているのか一人で扉に入ろうとはせずにまずは蘭に協力を仰ぐことにした
デバイスを開き蘭に通信を送った
「蘭。私だ少しまずいことになった」
「あら霞どうしたの?」
「今回の件に関わっていたのは気狂いだ佐野博士は最悪のプレゼントを私たちに残して逝ったぞ」
「あら爆弾でも残したの?解除に向かったほうがいいかしら」
「爆弾か...あながち間違ってもいないな。未確認の位階8、まさに爆弾だな」
「...すぐ行くわ」
蘭はそれきり通信を切ったおそらくこちらに大急ぎで向かっているのだろう。霞もこの状況を危険だと理解しているのか、自分の武装の点検を始めた。なにせ扉の先にいるのは位階8だ霞も位階は7ではあるが、位階は1違うと絶対的な差が生まれるのだ位階8と相対するのに必要な戦力は最前で位階8。次善で位階7が3人であるしかも連携を組める3人と言う条件でだ。
朝日蘭という女性が日本に二人しかいない位階7の片割れだとしても二人では明らかに戦力が足りない。しかも蘭はどちらかというと戦闘には向いていない技術者なのだ。霞はそれでも戦うしかないのだ未確認の位階8がどのような人物かもわからず。
少し時が経ち、霞が装備の点検を終える頃には蘭が濡羽色の髪の毛を乱しながら霞の元へ到着した
「...ふぅ。お待たせしたかしら?」
「別に待ってないぞ、装備の点検を終えたちょうどいいタイミングだ」
「あら、なら良かった。位階8って聞いたときは耳を疑ったけどこれは本当みたいね...」
さすがの蘭でもこの気配を感じたらふざけることはできないみたいだな。
「あぁ、気狂いが言うには私たちに味方する存在らしいがな...まあ気狂いの言うことを真に受けてもしょうがないが」
宝石で奇跡だと言っていたが、それも本当かどうかもわからない今、警戒するに越しことはないだろう。もし扉の向こうにいる者が攻撃的だったら、蘭と二人一緒にお陀仏だ
「こうなったら、姿も見えない人がいきなり襲ってこないことを祈るしかないわね」
「それもそうだな...開けてみるしかないか」
それきり言葉はなく霞と蘭は扉を開けるために扉についているハンドルを回し始め、回し切ると霞は取っ手に手をかけた
「気をつけろよ、いきなり襲いかかってくるかもしれない」
「わかってるわよ」
霞は少し躊躇してから、覚悟を決め取っ手を引き扉を開けた
「.......あら、危険はなさそうね」
「....そうだな、頭はおかしくなりそうだが」
そうして扉を開け霞と蘭が目にしたのは
ーー白ーー
であった。
ただ広く窓やその類は一つもなく平衡感覚がおかしくなりそうなほど、ただただ白い空間の真ん中に顔まですっぽり隠す白い拘束衣を纏い、口のあたりには鋼鉄のマスクがつけられている。手と足には科学的な手錠がつけられ足枷もつけられている足枷から伸びた鎖が地面に縫い付けてある。そんな完璧に拘束されている者はピクリとも動かず直立している。それにもう一つ気になる点があった。それは、拘束されている者はあまりにも小さかったのだ
身長でいうと140センチほどだ、位階というものが発生するまでは身長が低いということは歳も若いというのが、基本的だったが、位階というものが存在する以上、今の世界では身長の高さが必ずしも年齢に結びつかないのは常識である。
少し拘束されているものを眺め危険がないことを確認してから、霞と蘭は拘束されているものに近づき声をかけた
「おい、大丈夫か?」
「明らかに大丈夫じゃないのはわかるでしょ」
蘭は少し呆れながら霞に行った。
「そんなのは私にもわかってる。形式上そう行っただけだまあ口にマスクがつけられていたら声も出せないか、蘭マスクを取ってやれ」
「はいはい。ちょっと待ってね拘束衣はどうするの?外す?」
「取ってやれ、とりあえず顔の部分だけでいい」
「わかったわ」
霞にそう言われ蘭は拘束されている者の鋼鉄のマスクを外した。
拘束衣は一枚の布でつながっているため蘭は軍服の上に羽織っている白衣の内側からハサミを取り出し、喉元あたりを無理やり切ってフードのようにめくった。
「ッ....これは、すごいわね」
「どうした、何があった?私からはお前に隠れて見えないんだが」
拘束されていた者は身長が低く蘭の胸のあたりに顔が隠れてしまうため、霞は拘束されている者の顔が見えないのだ
「あぁ、ごめんなさいね、私としたことが少し見惚れていたわ」
「見惚れる?端正な顔立ちなのか?」
「端正どこじゃないわよ、天使かと思ったわ」
そう言って蘭は拘束されている者の前から体をずらした
「..............ふむ。天使だな、間違いない」
霞は完璧に心の底から見惚れてしまった。この世には今までこれほどの美貌があっただろうかと、神の作りし芸術品かと錯覚するほどに美しかった。
それもしょうがないことではある。拘束されている者はルキ=エルガイストが英雄たるもの美しくなければ、と佐野博士に持ちかけルキの悪魔としての知識と能力を用いてこの世のものとは思えない美貌を佐野博士と共に作り上げたのだ。
そうして作り上げられたのは、透き通るかのような白髪、きめ細やかな瑞々しいゆで卵のような白い肌、パッチリとした二重に大きな瞳この瞳の色は薄い桜色、すらりと通った小ぶりで形のいい鼻、薄ピンク色の誘惑しているかのようなぷるんとした唇。
これらが、女神も嫉妬するほどの完璧なバランスで配置されているのだ。この世のものとは思えない美貌になるのも納得である。まあ白髪は佐野博士の実験のせいでもあるが、それのせいもあってかアルビノのような神秘的なオーラが振りまかれている。
拘束が外され顔だけであるが自由を得た天使はというと、可愛らしく小首を傾げていた。
その様子を見て霞と蘭が気を失いかけたのは、二人だけの秘密である。