こっちが質問してるんですよ
それから賢司が病室に戻ると、部屋の前になぜか県警の制服を着た若い警官が立っていた。
怪訝に思いながらドアを開けようとすると、
「どちらへおいででしたか?」
なぜそんなことを問うのだろう?
そもそも、これではまるで何かの事件の被疑者扱いではないか。
「……これは何の真似ですか?」
答えはない。
彼らはいつもそうだ。
自分達が一方的に質問するだけして、こちらの問いかけには答えない。
黙って中に入ろうとすると、
「どちらへ?」
「……自分の病室に入るのに、警察の方の許可がいるんですか?」
「誰かとお会いになりましたか?」
なんだ……?
確かに、里美には会った。だがそれを話す気にもなれない。
「誰にも会っていません」
なんなんだ、と賢司は不快感を覚えながら中に入った。
スマホをチェックするが、これと言った情報は得られなかった。
それから眠気に襲われたので、再度眠りについた。
再び目が覚めた時、医師が検診にやってきた。
扉が開いた短い時間、外が少し騒がしいことに気付く。
「先生、何かあったんですか……?」
日頃は決してそんなことを訊いたりしない。医者も何の気まぐれだと思ったのか、説明してくれるようだ。
「ああ、また事件ですよ」
「事件……?」
「ほら、例の……」
先生、と医師は看護師に窘められ、口を閉じてしまった。
何がなんだかわからないが、どこもかしこもざわついている。
検診が終わった後、退屈しのぎの雑誌も本も、すべて読み終えてしまったことに気づいた賢司は、美咲に連絡することにした。
この部屋は電波の状況が良くない。
再度、車椅子に乗って外に出ることにする。
あの制服警官はまだいるのだろうか。
扉を開けるとしかし、誰もいなかった。
美咲は今日、何時頃やってくるだろうか?
※※※※※※※※※
何でもいいから、新しい雑誌か本を持ってきてくれ。
夫はよほど退屈しているらしい。
何でもいいと言われると却って困る。本もいろいろ種類があるのだ。
学生時代、美咲の唯一の友人だった少女は『本の虫』だった。
休憩時間に2人で図書室にこもり、無言で読むなんていう時間も稀ではなかった。
彼女のおかげでたくさんの本を読んだ。
そして今、新しくできた友人もやはり本の好きな人だった。
彼女に進められて読んだ何冊かを賢司に差し入れしていたのだが、すべて読み終ってしまったらしい。
どうしようかしら……。
こうなったら表紙で決めよう。美咲は目に着いた平置きの文庫本の中でも、一際目につくイラストや写真が飾ってある表紙の本を適当に手に取り、それから新しい雑誌を何冊かレジに持って行った。
病院に到着する。
この病院では民間の警備保障会社に雇われたガードマンが何人か常駐している。
だが。今日はいつもと様子が違っていた。
民間だけではない。
明らかに県警の職員と思われる警官が何人かいて、それこそ【厳戒態勢】と呼ぶに相応しい状況である。
何かあったのかしら……?
少し不安に思いながら、夫の病室へと急ぐ。
ナースステーションに寄って挨拶をすると、いつも見かける看護師の一人が見えないことに気付く。彼女達はシフト制で動いているのだから、何も不思議はないのかもしれないけれど、俄かに胸がざわめき始めた。
廊下を歩いていると、病室のすぐ前に県警の制服警官が仁王立ちで立っていた。
ちらりと横顔を見る限り、まだ若い。
おはようございます、と美咲が挨拶をすると相手は、無言で頷くだけだった。
何かありましたか? そう問いかけたところで答えはないだろう。
何かとにかく、いつもと違う……。
美咲は靄のかかったような気分で部屋の中に入った。
「おはよう、賢司さん」
買ってきた本をサイドテーブルの上に置く。
それからお茶を入れるため、ポットの湯を確認する。
顔色はどうだろうか。
特に変化はないように思える。
どうして警察の人が病室の前にいるの?
そう問いかけたところで、答えはないだろう。彼だって詳しいことは知らないかもしれない。
「本、いろいろ持って来たわよ。趣味に合うかどうかわからないけど」
「……美咲」
いつもと違う夫の声音に少し驚く。
「仕事がしたいんじゃないの?」
言われるまでもない。他に選択の余地はなかったとはいえ、仲居の仕事は美咲にとってかけがえのないものであり、人生そのものだ。
「そうね。でも、今は私がいなくたって充分……」
「最後に、思い出を作っておいたらどうだい?」
「最後……?」
賢司は新しく差し入れられた雑誌をぱらぱらとめくりながら、天気の話でもするかのように気軽に言ってのけた。
「君の実家……旅館だけど。たぶんそのうち、閉館すると思うよ」
下手な冗談だと思った。
あまり実情を理解してはいないが、美咲にしてみれば経営は回復しているように思えたのだ。和泉が紹介してくれた、あの会計士が来てくれてからというもの。
「え……?」




