思ひ出はかくも美しく
しばらくして。
「ところで八塚さん。監察にいたのはいつ頃の話ですか?」
元刑事は少し首をひねって考え込んだ末に、
「まだ、こいつが中学生ぐらいの頃じゃ」
と、自分を指さしてくる。
「あれはほんまに、えらかったわ……」
「中には脅しのネタを掴んだって、嬉々としながら監察官をやってるのもいますよ?」
和泉が誰のことを言っているのか、駿河にはすぐピンときた。どうやら彼は影山のことを快く思っていないようだ。
そのことに少なからず安堵してしまう。
「まあ、確かにな。あいつなんて、その典型じゃろうな」
「あいつ?」
「今はどこの部署におるんか知らんが、大石っていうのがおってな……」
それは今の捜査1課長ではないか。
駿河は思わず和泉の顔を見た。彼も苦い顔をしている。
「ワシらの間じゃ、噂になっとった。大石は強請りで今の地位まで出世したんじゃってな」
わかる気がする。
捜査1課長というのは、ノンキャリアの、しっかりした実績を残した刑事がどうにかしてやっと座れる椅子だ。
それも誰だってなれるわけではなく、当然ながら上の覚えがめでたくなければ難しい。
今まで捜査会議に参加し、課長である大石の言動を観察してきた駿河に言わせれば、よく刑事になれたものだと疑ってしまうほどである。
それぐらいあの課長の【能力】には疑わしいものがある。
もっとも警察署内には、本当に働いているのかどうか怪しい職員は何人もいるが。
それよりも、と急に八塚に見つめられた駿河は、驚いて箸を置いた。
「話は変わるんじゃがのぅ」
嫌な予感を覚えた。
「……ワシがどうこう言うことじゃないが、あれから……そっちの方はどうなんじゃ?」
「なんですか? そっちの方って」
わかっている。
誰か良い伴侶になりそうな女性はいないのか、と問われているのだと。
この人は昔からこうだ。
余計なお世話だと苛立つこともあったが、悪気はなく、むしろ本気で心配してくれていることを知っているだけに、駿河の方も強くは出られない。
「やっぱりのぅ……傍におって支えてくれる相手がいた方がええ。親だって、いろいろ紹介してくるじゃろうが?」
八塚はずず、と音を立ててお茶を啜る。
実のところ、父親もちょくちょく見合いの話を持ってくる。
警察官には早い結婚が望まれる。特殊捜査班のように、できれば独身が望ましい部署もあるにはあるが、基本的にはさっさと特定の相手を見つけた方が、上は安心するのだと。
だけど。
あんなに好きだと思える女性にはもう、二度と会えない気がする。
それに……。
「美咲さんほどの女性に出会える可能性なんて、天文学的な数字ですよ」
黙っている駿河に変わって、和泉がそう答えた。
「それに。この先どんな人に出会ってもきっと、比べてしまいますよ……そんなの、相手の女性にしてみれば悲劇でしかありません」
彼の言う通りだ。
この先、他のどんな女性と出会ったとしても、きっと美咲と比べてしまう。
それが相手にどれだけ失礼で、傷つけることか、よくわかっている。
ならばいっそのこと、生涯を独りで過ごすのも悪くない。
今は生き方にも様々な選択肢があるものだ。
「そうかもしれん。まぁ、こいつのことじゃ。傍におって愚痴を聞いてくれる相手がおったとしても、あれこれ飲み込んで、一人で苦悩するんじゃろうな。本音を押し殺す、ちゅうんは相当辛いもんじゃけどのぅ……」
わかっているのなら言わないで欲しい。
駿河は不満を飲み込んだ。
食事を終えて店を後にする。
旅館まではそれほど距離はない。駿河は和泉と並んで歩きながら、ふと視線を感じた。
厳密に言えば視線と言うよりも、敵意に近い気がする。
睨まれている、と言った方が正しいだろうか。
ちらりと相棒の横顔を見る。
和泉は視線だけでこちらに語りかけてきた。急ごう、と。




