本日の議題について
今日は刑事部の定例会議の日だ。
聡介は胃をさすりながら会議室に向かって歩いていた。
「なんじゃ、顔色悪いのぅ?」
たまたまエレベーターの前で出会った、鑑識課の相原班長が声をかけてくれた。
「頭痛のタネが多くて……」
「ははは。聡さんとこの部下は、自由気ままじゃけんのぅ」
笑い事ではない。
そんなことを話している内に会議室へ辿り着いた。先に到着していた北条が軽く手をあげる。
「やっほー、聡ちゃん」
その呼ばれ方にもいい加減慣れた。相原の方はやや引いているが。
「ねぇねぇ、彰ちゃん達どこに行ったの? 急に休み取ったって聞いたけど。どうせ事件絡みでしょ~? あの子ってほんと、何か一つ気になることがあると、自分が納得するまで突き詰めるタイプだから」
いっそ、この人があのバカ息子をなんとかしてくれないだろうか。
そう考えて聡介が口を開きかけた時、刑事部長が会議室に入ってきた。
今回の議題は、連日頻発している『医療関係者連続襲撃事件』である。
巻き添えを喰った形で犠牲者が1人出てしまったこと、被害者がこれ以上増えるのは警察の威信に関わる。
「現在のところ、各所轄の刑事課がそれぞれ担当しているが……被害者達の証言によれば犯人グループは全員、おそらく未成年だということです」
部長の言葉にざわ、と会議室にざわめきが起こる。
そんなことは周知の事実じゃないか、と聡介は胸の内で呟いた。
「それから。被害者達には全員、共通点があります。今現在、あるいは過去に安芸総合病院へ勤務していた、ということですが……」
再びざわめき。
「犯人グループと被害者達にどういう接点があったのかはわかりません。ただ、厄介なのは相手が医者や看護師だということです。彼らは『守秘義務』を盾に口を割ろうとしません。現在のところ各所轄で頑張っていますが、いずれ合同捜査となることでしょう。とにかく、これ以上犠牲者を出す訳にはいきません。巡回を強化しつつ、近いうち強行犯係にも出てもらうことになるでしょう! いいですか、我々警察の威信にかけても絶対に確保してください!!」
会議終了。
聡介は溜め息をつきながら部屋の外に出た。
考えなくてはならないことが山積みだ。
その時、ふと顔を上げた聡介は、ひどく顔色の悪い人物を発見した。
髪はまだ健在だが真っ白になっている。黒ぶち眼鏡で、いかにも昭和の警官といった外見だ。
頭痛がするのか、手で額を抑えている。
役職と名前は会議室に置かれた名札で判明する。
確か、交通部の部長で増田警視正だ。
「……大丈夫ですか?」
聡介は思わず声をかけた。
相手はぎょっとした表情を見せ、それから軽く首を横に振る。
「何でもありません、失礼しました」
そう答えて姿勢を正し、エレベーターの方に歩いていく。
「……今の、交通部の増田部長でしょ?」
いつの間にか背後に北条が立っていた。
他部署の上席についてあまり詳しいことは知らない。聡介は「そのようですね」と答えるにとどめておいた。
北条はなぜか、交通部の部長が去っていった方向をじっと見つめている。
「北条警視?」
聡介は整ったその横顔を見上げ、思わず問いかけた。
「……病院の名前が出た瞬間に、彼の心拍数が上がったわ」
はい?
不思議に思って続きを待つ。
「もしかすると……何か心当たりがあったりしてね」
「どういう、意味ですか?」
「どうもこうもないわよ。だから、例の件に関して何か心当たりがあるんじゃないかってこと」
よくわからない。
北条は携帯電話を取り出した。電話ではなく、メールを打っているようだ。
「何を……?」
「彼のこと、詳しく調べようと思って」
彼とは交通部長のことだろうか。
北条が何を考えているのか、我が息子並みにわからない。だが。
聡介は何か口出しできる立場ではない。
「ねぇ、聡ちゃん。あなたはどう考えてるの?」
北条が突然、そう訊ねてきた。
「どの件ですか? 我々が目下追っているのは、原田節子という仲居の……」
「すべてよ」
「すべて?」
「何もかも、最終的に一本の線でつながると思うのよ。そう、あの男にね」
北条は真っ直ぐに南西の方向へ向けた。それは流川の方面だ。
それと、と彼は続ける。
「これはアタシの推測に過ぎないけど。過去、確実に『何か』あったわね。安芸総合病院で……」
確かにそうだろう。
だが。例えば医療ミスか何かで事故が起きたとして、病院側が素直に白状する訳がないのだ。そして。
事故の犠牲者になった遺族が、若いヤンキーを雇って医者や看護師を襲わせたというのも少し考えにくい。
いずれにしろ、真相はまだつかめない。
「その『何か』に、増田部長が関わっていると……?」
彼は警察官だ。医者じゃない。
聡介は胸の内で呟いた。
「……今はまだわからないけど、あの心音はちょっと異常だったわ」
そう言えば。
北条警視って、異様に耳がいいんですよ、と和泉が言っていたことを思い出す。
しかも絶対音感付きなんです。
嘘をつく時って少なからず声が上擦ったり、心臓がドキドキするじゃないですか。
そういう小さな音も聞き逃さないから、嘘発見器よりもずっと信憑性が高いんですよね。
たとしても。
「そういうのは、監察の仕事だって言いたいの?」
見透かされていた。
聡介は思わず目を逸らした。
「ま、本来はそうよ。けどね……聡ちゃん」
北条は携帯電話をポケットにしまうと、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。
「あなた、未だにこの組織に自浄作用が働くとでも思ってるの?」
「……」
それはない。
断言してもいい。
情けない話だが。
でも、そのおかげで今の自分があることも否定はできない。
「まぁ、だったとしても……アタシ達の仕事はただ一つ。恨みや不満を暴力で解決しようなんて不埒な輩をとっ捕まえる。それだけよ」




