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【最後の警官】じゃないわよ?

 少し頭痛がする。

 嫌な予感が強くなった時の悪い癖だ。


「……旦那、大丈夫ですかい?」

「……心配いらないわ。それより、頼んでおいたことは?」


 安芸総合病院の待合室。

 午前中は病人で溢れかえっているこの場所も、午後は閑散としている。


 ガラス張りの大きな窓からは冬の乾燥した空気に晒された、中庭に植えられた木々が良く見える。

 今日は風が強い。

 舞い散る枯葉が何枚も、窓を叩いていた。


 北条はところどころ傷のあるソファーに腰かけ、足を組んだ。


 男は背中合わせで北条の後ろに腰かけている。


「いつもは公園のベンチなのに、今日ばかりは屋内たぁ、どういう理由です?」

 北条は前を向いたまま、振り返らずに答える。

「寒いからよ。あんた、腰が悪いんでしょ」


「……男前ですね、旦那」

「今頃気付いたの? それより……」


「はいはい、急かさないでくださいよ。こちらです」

 人目を忍び、妙なポーズで封筒の受け渡しをする。


「振込みはいつものところでいいんでしょ?」

「へぇ、毎度どうも」


「言っておくけど、充分身辺には気をつけなさいよ。下手したら、あんたも消されるかもしれないわね」

「そ、そんな! 旦那が助けてくれるんじゃないんですか!? ちょっと、ねぇ!!」

 大きな声を出すな、と窘めると相手は口を噤んだ。


 そのせいと言う訳でもないが、頭痛が増した。

 気付かれないようそっとこめかみに触れる。


 男は北条の【S】である。


 Sとは情報提供者だが、普通の刑事達が抱えている【檀家】と言う、善意の民間人とはやや異なる。


 Sには報酬を支払わなければならない。


 通常は対暴力団関係、風俗関係の取締りを行う警官が彼らを雇う。目的はもちろん、正当な方法では得ることのできない【極秘の裏情報】である。

 そのせいで捜査費用の私的流用など、黒い事件が起こるものまた現実だが……北条はポケットマネーで男を雇っている。もちろん無理のない範囲内の額で。

 男も相手を見ている。


 そして何より、過去にあった【いろいろ】による、ギブアンドテイクの関係性でもあった。


 ちなみに生活安全課でも、組織犯罪対策課でもない捜査1課所属の彼がSを雇っているのは単なる趣味だ。


「それよりも。例の件は、どうせ奴が後ろで糸を引いてるのはわかっているわ。何が目的なのよ?」

 例の件とは、ここ連日発生している医療関係者への襲撃事件のことである。


 【奴】とは支倉潤。


 中国地方では幅広く知られている指定暴力団組織【魚谷組】を取り仕切る男だ。


 北条は過去に弁護士だった支倉と、何度か会ったことがある。


 口が上手く、言葉巧みに他人を操ることができる人間だと思った。極悪非道な犯罪者であってもこの男を弁護士につけることができたなら、たちまち量刑が軽くなる、とのもっぱらの噂だ。


 刑事達や、被害者遺族にしてみれば支倉は【敵】であることに間違いない。


 その弁護士が今度はヤクザに転身し、警察にとっては名実ともに真の敵と化した。


「奴って、支倉のことですよね……?」

 男はキョロキョロと辺りを見回し、声を潜めた。「あいつヤバいですよ。サイコか、さもなくばただのテロリストですって」

「……どういうこと……?」


「いえね、知り合いに魚谷組に入ってた若いのがいましてね……今は抜けたんですが、支倉の奴、時々舎弟達を集めて講演会みたいなことをするらしいんです。それが驚いたことに、嫌々とか、仕方なくって言うのはほとんどいないんで。皆、喜んで出席するらしいんですよ。あの人がこの間違った世の中を変えてくれる……みたいなこと、本気で考えてるんだとか」

「ふーん、たいしたカリスマぶりね……支倉の奴、今度はまさか政治家にでもなるつもりかしら」

 北条は冗談のつもりで言ったのだが、男は真面目に、

「今やヤクザ者だって生きにくい、不景気な世の中ですからね~。中には食べていくのもままならない、ホームレスみたいな奴もいるそうで……」


「そうね。ま、でも不景気なのは今に始まった話じゃないでしょ」


「それはそうなんですがね。それで……奴の言うことにゃ……この歪んだ世の中の構造を本当の意味で改革するにはまず、生きる価値のある人間と、そうではない人間を選別する必要がある……と」


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