僕は絶対に許さないからね!!?
夕方には、溜まっていた仕事もかなり片付いた。
今日は当番ではないので、適当なところで切り上げて退庁しよう。
ついでに不動産屋へ行ってみるか……。
そう考えて和泉が本部を一歩外に出た時。
道路の反対側に救急車が止まっているのが見えた。
県警本部と道路を挟んだ向かい側に、安芸総合病院がある。
地上12階建ての医院には、事件や事故の被害者がよく搬送される。
そんな訳で、刑事達はよくこの病院に出入りするし、看護師達とも顔見知りである。
ふと和泉は藤江賢司のことを思い出した。
年明けには検査入院すると言っていた。
あの男は何号室だろうか。恐らく一般病棟ではないだろう。
金銭的な余裕はあるだろうし、何よりも自分と同じで、あまり他人と関わり合いになりたくないタイプだ。
予定変更。
不動産屋は逃げない。
和泉は進む方向を90度変更し、病院の方へ向かって歩き出した。
受付で藤江賢司の病室を問合せると案の定、最上階の特別室だという回答である。
閉店ギリギリの売店で封筒を買い、いくらか現金を包んだ。
和泉は特別室直通のエレベーターに乗って目的の部屋に向かう。
まるでホテルのスイートルームだな、と扉を見て思った。泊まったことはないが。
インターホンを鳴らすと、美咲の声で返事がある。
中に入ると、彼……藤江賢司は驚いた顔で和泉を迎えた。
「まさか、本当にいらっしゃるとは思いませんでしたよ」
歓迎はされていないようだ、間違いなく。
「何しろ職場がすぐそこですのでね。これ、お見舞いです」
和泉は美咲に見舞いを入れた封筒を手渡した。
「お加減いかがですか? 賢司さん」
賢司は色々な意味を含めた笑顔を見せた。
「……悪くなかったですよ、つい先ほどまでは」
それは裏返せば、和泉の顔を見たとたんに具合が悪くなったという意味だろう。
美咲もそのことに気づいたらしく、夫の袖を引っ張った。
和泉はにっこり笑って、
「なんだったら添い寝しましょうか? 意外と寂しがり屋さんのようですからね」
返事はなかった。
「じゃ、僕はこれで」
ああ、楽しい。
美咲がいるのは少しだけ意外な気がした。でも彼女の場合、来るなと言われても来るだろうし、帰れと言われても帰らないだろう。
普通に出会った普通の夫婦なら、間違いなく賢司の方が美咲の尻に敷かれていたな。
それからエレベーターで1階に降り、廊下を歩いていると、顔見知りの看護師が声をかけてきた。
「あら、和泉さん」
ネームプレートに【富澤】と書いてある中年女性は、父である高岡聡介とは古くからの顔馴染みらしく、和泉のことも覚えてくれている。
「誰かのお見舞い?」
ええ、まぁ。と適当に答えて、通り過ぎようとしたが、
「ねぇ。ちょっとだけ時間ある?」
「……どうしました?」
看護師は和泉を廊下の隅に連れて行き、声を潜めて話し出した。
「特別室に入院している藤江さんって、和泉さんのお知り合いなんでしょ? どういう知り合いなの?」
「どうして、そんなことを?」
「……ちょっとね。まさか、刑事さんと知り合いだからって、皆が犯罪者な訳ないわよね……」
このオバさんは何を考えている?
「身元の保証はしますよ。ただし……人格までは保証できません」
「弟さんがいるんでしょう? 確か」
なぜそこで、周が話に出てくるのだ?
「どういう子かなぁ、って気になって」
「なぜです?」
思わず和泉は、容疑者を問い詰める時の口調になっていた。
さすがに相手も気を悪くしたらしい。顔をしかめる。
しかしそれも一時のことで、
「うちの娘がね……」と、言っている時だった。
2人が並んでいる後ろの自動ドアが開いた。
なんとなく振り返ると、噂の本人があらわれた。
「……周君!」
おそらく兄の見舞いだろう。
しかし、彼は1人ではなかった。
誰だ?
知らない顔の女性が周のすぐ隣に立っている。
背丈はうさこぐらいか、小柄で細め。ぱっちりした目の、少女なのか、あるいは童顔なだけなのか……いずれにしろ、初めて見る顔には違いない。
「誰?」
思わず和泉は訊ねてしまった。
周はなぜか気まずそうに目を逸らす。
それから、
「……彼女」
と、答えがあった。
そりゃそうだろう。間違っても「彼」ではない。男の娘でもない限りは。
「彼女って、誰の?」
「……」
「あら、マリちゃん。ずいぶん早かったじゃない」
「お母さん、あのね……」