天然は手ごわい
いまさら誤解だとは言えない雰囲気になってしまった。
「周君、そうなの……?」
「な、なんでそんな目で俺を見るんだよ?!」
姉は疑惑の視線でこちらを見ている。
「あのさ、実は……」
仕方ないというか、誤解されたくないので、周は本当のことを打ち明けた。
姉の表情がぱっと輝く。
「そうだったの? なんだ、てっきり……本当の話だと思っちゃった」
「さっきの見ててわかったと思うけど、大人しそうな顔して意外と強引なんだよ。ただ、言っておくけどあくまでフリだからな?」
わかったわ、と美咲は嬉しそうだ。
その時だった。
前方を歩いている、見覚えのある背の高い男性に気付いた。
今日は一人のようだ。
「あら? あの方は確か、お正月に和泉さんと一緒にいらした……北条さんよね?」
そう言われてみればそんな名前だった気がする。
姉は人の名前を覚えるのが得意なようだ。
すると。
「はぁい、呼んだ?」
気がついたらすぐ目の前に、その『北条さん』がいた。
わりと距離はあったはずだぞ? どういう耳をしてるんだ?!
周にはツッコミたいところがたくさんあったが、なんとなく黙っていた。
とかなんとか考えてる傍らで、
「いえ、特に呼んではいませんけど……」
姉さん?! いくらなんでも、それは失礼っていうものでは……?!
周は冷や汗を覚えつつ、この場をどう繕うかと必死で頭を働かせた。
冬だっていうのになんで、さっきからこんな嫌な汗をかかなきゃならないんだ?
しかし相手は全く意に介した様子もない。
「あ、あの、今日はお休み……なんですか……?」
とりあえず話題を変え……いや、逸らそう。
「まぁね。ところで、周君だったかしら?」
名前を知られていることに少しビクついてしまう。
「あれから彰ちゃんとは上手くやってるの?」
「……はい?」
北条は長めの前髪をかき上げながら、おかしそうに言う。
「苦労するでしょ、あの子。いつも本気なんだかそうじゃないんだか、なかなか判別がつかないもんね」
よく知ってるな……と、ちらり胸をかすめた感情は何だろう?
「知ってる? あの子が普段、あんなテキトーなフリしてるのはね……絶対、他人に本心を見せたくないからなのよ。過去にいろいろと面倒なことがあったから……」
わかる気がする。
一つだけ、思い出したことがあった。
彼は確か『信じていた人に裏切られたことがある』と、そう言っていたはずだ。
結局のところ、まだ自分に対しても完全には心を開かれていないということだろうか。
そう考えたら周は一抹の寂しさを覚え、俯いた。
「ま、何か困ったことがあ……」
言いかけて彼は口を噤んだ。
不思議に思って周が振り返ると、いつの間にか美咲が男3人に囲まれていた。
「姉さん!?」
咄嗟に動こうとした周の腕は、北条によって掴まれていた。
「……何よ? あんた達」
言葉遣いはおかしいけれど、その声音と眼つきには、かなりの迫力があった。
「はぁ? ワシら、このお姉さんに道を聞いとっただけじゃ」
姉を囲んでいた男の一人が、怯えながらそれでも答える。見るからにカタギではない。
「なら、少し先に交番があるからそこで聞いてちょうだい。綺麗なお姉さんに、汚い手で触るんじゃないわよ。チンピラ風情が」
気色ばんだチンピラ達が北条に殴りかかる。
が。攻撃はあっけなくかわされ、代わりに全員が重そうな反撃を喰らっていた。
その身のこなしといい、素早さといい、やっぱりこの人強いな……と周はしみじみ感じた。
っていうか、確実に骨折させられていると思う……。
「……本当に道を訊かれたの?」
真剣な顔で訊ねてくる北条に、美咲はいいえ、と首を横に振った。
「突然、藤江美咲さんですか? と訊かれて……腕をつかまれました」
姉は青い顔をして答える。
「何か心当たりは?」
ありません……と、細い声。
すると北条は、道端に倒れ込んでいるチンピラの1人の胸ぐらをつかんで、
「誰に何を頼まれたの?」
鼻血を流している男は首を横に振る。
「……調べればすぐにわかることよ。せめて、組の名前ぐらいは答えなさい」
男は震える声で、
「う、魚谷……」
「ああ、支倉んとこね」
それから彼はチンピラ達に向かって言った。
「この子達に手を出すなら、県警捜査1課を敵に回したと思いなさい。いいわね?」
近くを通りかかった通行人達はみな、何も見なかったフリをして通り過ぎて行った。




