周はまだ、16だから。
と、いうことで。
翌日、周は約束通り学校が終わった後、智哉と一緒に保育園に向かった。
「……あのさ……」
歩いている途中で智哉が言う。
「絵里香のことはほっといてくれていいからね。前から周のこと、好きだったみたいだけど、5歳の女の子のおままごとだから」
昨日、約束通り智哉の自宅に行ったはいいが、何かと彼の妹がかまって、遊んでと邪魔をしてきたため、ほとんど話も勉強もできなかった。
最終的に本気で怒った兄に対し、彼女は涙ながらに訴えた。
『だって、周君のことが好きなんだもん……』
「うん……」
「ごめんね、なんか」
「別に謝らなくていいよ。それよりさ……」
今度は、別の方面の頭痛のタネができた。
改めて連絡先を確認したところ、あの保育士が、今度はメールをストーカーよろしく送信してきたのである。
一度ぐらいは義理でも見学に行ってみなければ、この攻撃は止みそうにない。
そう判断し、周は今日、見学に行くと彼女に約束したのである。
「あの、茉莉花先生って保育士……どういう人?」
ああ、と智哉は納得顔をする。
「大人しそうな顔をしてて、けっこう押しが強いって。秘かにハリネズミだか、アライグマだかって呼ばれてるらしいよ」
確かにどちらも外見は可愛らしいが、その実は凶暴だ。
その例えはきっと適切なんだろう。
それから保育所に到着する、直前でのことだ。
「あ、周に智哉じゃないか」
小学生の妹と手をつないだ隣のクラスの友人、円城寺信行がこちらに向かって歩いていた。
「智哉はわかるが、周はいったいどうしたんだ?」
周が答えようとしたとき、信行の妹、鈴音が急に兄の手を乱暴に振りほどいた。
セミロングの黒い髪をした少女は、なぜか顔を真っ赤にして目を逸らす。
「鈴音ちゃん、久しぶりだね。元気だった?」
周が微笑みかけると、彼女は俯いて、
「うん……」と小さな声で答える。
「お兄ちゃんと一緒に、弟達のお迎えに来たんだ? 優しいお姉ちゃんなんだね」
「ち、違うもん! わ、私、優しくなんて……いつも怒ってばっかりで……」
まぁ、気持ちはわかる。
確か彼女が信行のすぐ下の長女で、あとは全部が男の子だ。そりゃあ、怒鳴りたくなることも多いだろう。
「今日はお母さんが遅番で、お兄ちゃん1人でお迎えじゃ、たいへんだから……って、それだけ!!」
「じゃあ、鈴音ちゃんはお兄ちゃん思いの、優しい妹なんだね」
「……タラシ……」
何?
今、誰か何か言ったか?
とにかく中に入ろう。
中に入ったら入ったで、それはそれで大騒ぎなのだろうが……。
先ほど、つい口に出してしまったが、自覚がないのは本当に性質が悪い。
今日はどんなトラブルが起きるだろう?
周はまったく気付いていない。自分が異性に『モテる』という事実に。
以前、智哉が通っていた塾で、他校の女子生徒が「篠崎君がいつも一緒に歩いてる、あのカッコいい男の子って名前なんていうの?」と聞いてきたことがある。
挙げ句には周にこれを渡して欲しい、とバレンタインの日にチョコレートを渡されたこともある。
なんだけど。
周はおそらく異性への興味が薄い。
思春期と呼ばれる時期に、まわりが他校の可愛い女の子のことや、エロ話で盛り上がっている時も、彼はまったくどこ吹く風という調子だったからである。
周はきっと猫にしか興味がないんだろうな……と、考えたことを思い出す。
その挙げ句に、あんな綺麗な実のお姉さんがやってきたのだから……そりゃ、他の子になんて目もくれないだろう。
智哉自身は当時、家の中のゴタゴタでそれどころではなかったし、大切に思っていた人がちゃんといた。
それにしても……妹には少し困った。
周のことを好きなのは別にいい。ただ、時々気になることがある。
絵里香はどうやら、かなり嫉妬深い。
母親から嫌なところを受け継いだみたいだ。
両親が上手く行かなくなった原因の一つに、それがある。
保育士1人ならまだ良かった。しかし、ライバルはもう1人いた。
円城寺信行の妹、鈴音である。
彼女と妹は仲がいい。だが、それとこれとは別問題のようである。
かくして周は少女2人、そして保育士に囲まれ、もみくちゃにされていた。
その様子を見ていた円城寺が呟く。
「まるで、オオカミの群れに放り込まれた羊のようだな」
「……その例えは、さすがにどうかと思うよ?」
「周は、優しいからな」
その意見には、智哉も心から同意する。
そしてつい、
「周も、さっさと和泉さんと付き合っちゃえばいいんだよ」
「……和泉さんというのは、あの県警の刑事だろう? 彼は確か、男のはずだが」
「だからさ。いっそ男にさらわれて行った方が、あの子達も、誰のことも恨まないで済むじゃない?」
「君の言い草の方がよほど、乱暴だと思うんだが……」