疑わしきは徹底的に排除すべし
支倉は黙っている。
どうやら和泉は核心を突いたようだ。
「……それでは、今度は蓮氏の方に視点を切り替えてみましょう。きっと彼自身は望まないのに、そんな重大な秘密を握らされた……僕が考えるにきっと、彼はそれをネタに強請りを働くようなタイプではないはずです」
「蓮はそんな人間じゃない!!」
自分が考えていたことと一字一句違わない、津田の台詞である。
「ですから、そんなことはしていないと僕も思っています。そして……ここで登場するもう1人の悪役は斉木晃です」
支倉が微かに表情を動かしたのがわかった。
賢司は寒さも、身体の辛さも忘れ、和泉の話すことに一身に耳を傾けていた。
「この気持ち悪いオカマは、あなたに随分と執着していたようですね。ところがまぁ、あなたのご趣味について、ここでくどくど述べるのは時間の無駄なので省略しましょう。蓮氏はとても魅力的な男性だったようです。思わず手を出してしまいたくなるほど、ね」
そのことについては賢司も危惧していた。
ただ、訊ねるのが恐ろしくて結局のところどうだったのかは知らない。
「あなたの関心が他の人間に移れば当然、晃氏は嫉妬する。上手い具合にライバルを亡きものにできたら、そりゃラッキーですよね。あなたの秘密についてはおそらく、彼も母親から聞かされていたに違いありません。だからこう、吹き込んだわけですよ。兼本蓮というホストは支倉さん、あなたの秘密をネタに脅そうとしている……このまま放っておいていいんですか?」
そうに違いない。
賢司は和泉の意見に全面的に賛成だった。
斉木晃の人となりはそれなりに知っている。嫉妬深くて、嘘つきで、他人を貶めることに生きがいを感じているような人間だ。
そうだ。あいつこそ、先ほどから汚らしい目で刑事達を睨んでいる、影山と仲良くなれたのではないだろうか。
「まぁ、もっとも。あなたは斉木晃にそう言われたから行動したわけではないでしょうけどね。基本的に、あなたはきっと誰のことも信じない。疑わしきは徹底的に罰する。足元をぐらつかせる物はなんであれ、排除する……そういう人間だ。いや、人間じゃない」
「……人間じゃなければ、何だと言うんです? 悪魔ですか?」
「……もっとシンプルで相応しい表現がありますよ。ただの【クズ】だ」
支倉が笑い出す。
「いいですね、気に入りましたよ。それで?」
「結論として。兼本蓮を自殺に見せかけ、始末したのはあなたです」
「おやおや、容疑がまた一つ増えてしまいましたね」
和泉はしかし、ニコリともしていなかった。
「賢司さん、それから……津田和樹巡査。あなた方の考えは決して、間違っていませんでした。彼は自殺ではない、殺されたのです」
ピリピリピリ……。
賢司が何か言おうとした時、誰の携帯電話だろうか、着信音が鳴り響く。
『支倉、応答しなさいよ』
先ほどの男性の声だ。
「……なんですか……?」
支倉が応答する。
『決まってるでしょ、人質の様子を見せて頂戴』
「まだ手は出していませんよ、人質には……ね」
『家族が来てるから話をさせてあげて』
家族?!
ベンチの上で横になっていた賢司は、ガバッと身を起こした。
まさか。
「その前に、こちらの要求を伝えさせていただいていいですか?」
『……わかってるわよ。海外へ逃亡する資金を提供しろ、なんだったら飛行機もチャーターしろって言いたいんでしょ?』
「それだけではありません」
『例の件? 何も問題ないわよ。誰も何も見なかった、聞かなかった。うちの組織は昔からそういう体質だったし』
「さすが北条さんですね、話が早い。いいでしょう」
君、と支倉は顎をしゃくって津田に合図を出した。
津田は戸惑いつつ、かつ怒ったような顔で、ベンチの上に置いてある携帯電話を取り上げる。
テレビ電話モードになっているその電話を、彼は賢司の元に持ってきた。
『賢兄!!』
「周……」
『しっかりしろ!! 絶対、絶対に助かるから!!』
「……美咲は……?」
『空港の外にいるよ!!』
「……帰るように伝えてくれないか……君もだ」
『……』
「家で猫達が留守番しているだろう? そろそろ帰ってやらないと、かわいそうじゃないか」
画面の端にちらりと、智哉の顔が見えた。
賢司は津田の顔を見た。
こちらの視線に気づいた彼は、何か言いたそうな顔をする。
「どうぞ……」
賢司が携帯電話を差し出すと、何か爆発物でも受け取るかのようにおそるおそると言った様子で受け取る。
その途端。
津田の表情が歪んだ。
彼は手で口元を押さえ、その場にくず折れてしまった。




