だって、女の子だもん。
この頃、妹の絵里香は毎日楽しそうだ。
初めは【見学】だけのはずが、いつしか保育士の手伝いをさせられている周に、毎日会えるからだろう。
人見知りが激しく、なかなか保育士にも心を開かないらしい彼女は、あまり園が楽しくなさそうだった。
だから朝、行きたくないとぐずることもあった。
円城寺の弟達が一緒だとわかってからは、少し馴染んだようだが。
篠崎智哉は自分と妹の支度をして、家を出た。
母親はこの頃、家に帰って来ない日さえあるようになった。もうあきらめている。
鍵を閉めたことを確認してから、妹の手を握る。
しばらく歩いていると、自転車に乗った制服警官が向こうからやってくる。
「やぁ、おはよう」
爽やかに挨拶をしてくれたのは、津田和樹巡査。
交番勤務のお巡りさんが【地域課】所属なのだということを、智哉は最近になって初めて知った。
彼は年末、絵里香が変質者にさらわれそうになった時に助けてくれた恩人である。
過去にいろいろあって、智哉自身は警察官に対してまったく良いイメージがなかったが、全員がそうだと言う訳ではないことを今はよく知っている。
その事件の時、彼は妹を助ける為に犯人と格闘し、怪我をしてしまったのだ。
そこで智哉は名前を聞いてお礼の手紙を書き、交番を訪ねた。
実は自宅のすぐ近くの交番であった。
若い警官はわざわざ礼を言いに来た兄妹に対し、恐縮していた。
智哉の認識では警察官という人種は皆、横柄で感じが悪いと思っていたのに、彼は全然違っていた。
優しくて爽やか。
こんな人もいるんだな……と、新たな発見だった。
「おはようございます」
「お兄ちゃん、おはよう~」
以前ならこちらが催促しないと、ロクに挨拶もしなかった妹だが、彼が相手だと自分からちゃんとおはよう、と言うようになった。
「ねぇ、絵里香ちゃん。この頃なんだかお洒落してない?」
津田は自転車から降りて近くに停め、しゃがみ込んで妹と視線を合わせると、彼女の頭をそっと撫でた。
「……ひょっとして、好きな男の子でもできた?」
周のせい(?)である。
まさか自分が彼のことを『義弟』と呼ぶようなことはあるまいが。しかし、現時点で妹はけっこう本気らしく、もっと可愛い格好がしたいと主張しだした。
ましてライバルが複数いると判明した今は。
子供の、それも女の子のお洒落なんて智哉にはさっぱりわからない。
仕方ないのでネットであれこれ調べた結果、どうにかそれっぽい身なりをさせ、納得……しているかどうかは微妙だが……保育園に送り届けている。
妹は恥ずかしそうに首を振る。縦なのか横なのかは微妙だ。
「そっか~、どんな男だろうなぁ? 智哉君は知ってる?」
「……僕の、友達なんです……」
周の顔が頭に浮かぶ。
「へぇ、こんな美少女に好かれる少年は幸せだなぁ」
「……まだ5歳ですよ?」
「あはは、そうだね。ごめんごめん。そろそろ行かないと遅れるよね」
ちらりと時計を見て彼は言った。
行ってきまーす、と絵里香は長い間、時々振り返りつつ彼に手を振った。
このお巡りさん、独身かな……?
もうあと何年か待って妹を嫁にしてくれないだろうか。
智哉はなかなかエグい事を考えながら、保育園に向かった。




