第七話 生きるとは奪うことと見つけたり
突然で悪いが槍という武器は素晴らしい武器である。素人が扱っても勢いをつけて突きだすだけで相手に致命傷を与えることが出来る。またリーチが長いのも素晴らしい。なぜなら相手の反撃を受けない距離で安全に戦うことが出来るからだ。これらによりたとえ剣の達人が相手でも、槍を持った素人三人で囲めば封殺することが出来る。また槍は投げて使うこともできる。これで遠距離の敵にも対応可能だ。つまり槍は剣よりも強し。名セリフだなこれは。槍が素晴らしい武器だっていうことは、僕らの遠いご先祖様が槍を持ってマンモスなんかを狩っていたことからも解る。QED.
つまり何が言いたいのかっていうと、僕は今槍を持って狩りをしているってことなんだ。
「遅いぞアマネ」
「いや――そっちが、ペース早いんだって……。ふぅ……少し休ませてくれよ……」
狩りのため森に入ってから一時間歩きっぱなし。僕はすでに息も絶え絶え満身創痍だ。さもありなん、此処は丘陵地帯の森だ。当然道なんか整備されているはずもなく、不整地の起伏が激しい山道を、現代っ子で研究室に籠りっぱなしだったモヤシが一時間も歩けばそらこうなる。
「仕方ないな、少し休憩しよう」
反面ハンナはまだ全然余裕があるようだ。あの細い足のどこにそんな力があるのだろうか?此処で生きていくためには体力づくりをしないとなあ……。
「ありがと。はぁ……」
僕は衣服が汚れるのも構わず槍を放り投げその場にへたり込む。ちなみに槍は僕が作ったお手製の粗末なものである。森で使うことを考えて八十センチメートルほどの柄にナイフを括り付けたシンプルなものだ。熊に出会ったら――この森にいるのかはわからないが――こんなもの役に立たないだろうがハンナ曰く今日の獲物にはこんなもんでも十分だそうだ。
「そう言えば聞いてなかったけど、今日の獲物って何なんだい?」
「ん? ああ言ってなかったか? タルビーだ」
「タルビーってあの旨いウサギ肉か?」
「そうだ。今日は一羽狩れば十分だろう」
「いいね。少し元気出てきた」
「まああれは旨いからな。気持ちは解るよ」
そう言って彼女は目を細めながらくつくつと笑う。笑っている時の彼女は本当に美人だ。というか一日のほとんどを不機嫌そうに眉間に皺を寄せているので彼女の笑顔はなおさら美しく見える。
「と、どうやらここで休憩したのは無駄ではなかったみたいだぞアマネ。見てみろ」
笑い顔は一瞬で消え失せいつもの鋭い目つきに戻る。彼女はそう言ってある方向を指し示すがその先には何もない。
「何もいないけど?」
「よく見てみろ。あの木の下の地面だ」
そう言われよく見てみると確かに何かある。あるが……、地面からナニカが二本生えているという表現が正しいだろうか……。しかもぴくぴくと小刻みに動いているのが確認できる。
「なにあれ……」
「タルビーの耳だ」
「は?」
「やつらはああやって地中で獲物を待ち構えているんだ。獲物が通り過ぎる音を感じると地中を飛び出して襲いかかってくる。奴らの牙は鋭いからむやみに近寄るなよ。危ないぞ」
危なっ!知らずに通り過ぎてたら噛まれてたって事じゃん。
「それはもうちょっと早く言ってほしかったな」
「大丈夫だ今伝えた」
全然大丈夫じゃないんですがそれは。
「で? どうやって狩るんだ? 近づいて地面に向かってこの槍を刺せばいいのか?」
「いや、そんな必要はない。このために私が開発した素晴らしい魔術がある。」
そう言って彼女はニヤリと笑う。うわさっきの笑顔と違ってすごく悪女っぽい。
「耳を塞いでいろ、アマネ」
そのセリフで彼女がなにをするかを僕は理解した。つまり音で驚かせてウサギを――
「いくぞっ!」
ちょっとまってまだこころのじゅんびが――
「“弾けてっ! 混ざれっ! スターダストクランブル”!!」
「ぬおお!!」
瞬間、爆音が響く。大地は震え、木々を揺らし、耳を塞いでいても体の芯に打ち付けるような爆音が。これは驚かせるなんてレベルの代物じゃない。ゼロ距離でこれを食らったらよくて失神レベルじゃなかろうか。轟音の余波で森が震え、鳥たちがあわてて飛び立っているのが確認できるがその足取りはふらついている。
まさに空が落ちてきたかのような轟音。
「どうだ! これが私が開発した対タルビー捕獲用魔術《星屑落とし》だ!」
ごめん耳がキーンとなってよく聞こえない。耳を塞いでいてもこの威力、ちょっと威力過多なんじゃないでしょうか?
「見てみろ、一撃でノックダウンだ」
いまいち何を言っているかわからなかったが、彼女が指示した方向を見れば何を言わんとしているのかは理解できた。
先ほどまで地面からピンと立ち、ひょこひょこと動いていたウサギの耳は今は力なくうなだれている。おそらく地中のウサギは哀れにも失神中だろう。
「よしアマネ、掘り出してトドメをさしてくれ。そのために連れて来たんだからな」
耳の状態はだいぶ良くなり何とか彼女の言うことが理解できた僕は、せめてもの役目を果たすべく素手でせっせと地面を掘る。これは槍よりスコップを持ってきたほうがよかったんじゃないだろうか?ちなみにスコップは掘ってよし! 叩いてよし! 突いてよし! の塹壕戦の御伴である。
「ところでさっき魔法を使うとき何か唱えていたけど、あれは必要なのか?」
「ん? ああ、《星屑落とし》は使い慣れていないからな。詠唱無しでも使えるとは思うが詠唱があったほうが魔術は安定する」
「つまり簡単で使い慣れた魔法は無詠唱で使えると?」
「そういうことだな」
無詠唱と詠唱の境目はよくわからないが、魔法の発動にイメージが重要だということを鑑みると詠唱は補助輪に近しい物なのだろう。
他愛のない雑談の間もせっせと手を動かしていたが、どうやら獲物はそう深くは埋まっていなかったようですぐに全体像が現れた。しかしこれは……
「よっと、かなり重いな……」
穴からウサギ――と思われる――生き物を引っ張り出す。これはウサギと呼ぶには少々大きすぎる。体長は一メートルほど重さは約二十キログラムか? 二本の耳と茶色の体毛は確かにウサギっぽいが、その堂々とした体躯と口から覗く凶悪な二本の牙はウサギには見えない。
わずかだが体が脈動しているところを見るとウサギはまだ生きているようである。
「どうした、早くトドメをささないと起きてしまうぞ」
ええそれは解ってるんですけどね。やはり実際に目の前にするとこの手で命を奪うというのは逡巡する。ウサギに向かって槍の穂先を向けるが、その手はわずかに震えてしまう。
「どこを刺したらいいのかわからないのか? 首を狙えばいい」
反面彼女はいたって冷静である。やはりこの世界で生きていくためには命のやり取りも冷静に行わなければならないのだろうか。
震える足に喝を入れる。そうだ僕が生きていくためには必要な犠牲なのだと心に言い聞かせながら、槍を握る手に力を入れる。そうして僕は横たわるウサギに槍を突き立てた――
吹き出す鮮血。伝わる感触。僕はこの時を生涯忘れないだろう。