2 銀の蝶々に誘われて
陽光に誘われて、彼女は目を覚ました。
「んん、まぶし……」
昨日寝る前にカーテンを閉め忘れただろうか。
軽く眉をしかめ、まぶしさから顔をそむけるように寝返りをうつと、髪が額や頬にかかった。わずらわしいそれを手でかきあげて、ふと違和感を覚える。
「ん?」
もう一度髪に指を通して感触をたしかめると、違和感の正体が判明した。
髪の長さが違う。こんなに短くはなかったはずだ。もっと言えば、さわり心地が良くなっているような……。
「ひゃ!」
不意に、手の甲に何か冷たいものが触れた。驚いて手を払うと、ひらりと何かが舞い上がる。
「蝶々……?」
それは、銀のワイヤーをねじって形作られた、小さな蝶だった。所々に、小さなビーズのようなものが飾りつけられていて美しい。
蝶はひらひらと宙を羽ばたいて指先にとまった。ゆっくりと羽を閉じたり、開いたり、まるで呼吸をしているように見える。
「……『おはよう』」
「喋った!」
ビーズが明滅して、唐突に蝶が言葉を発した。
「『先ほどはすまなかった。起きていたら、この蝶についてきてくれないか』」
一方的にそれだけ告げると、蝶は再び舞い上がる。ゆっくりとまわりを羽ばたいて、少女の動きを待っているようだった。
起き上がった少女は、頭を抱えた。蝶が言葉を発したことはさておき、その声に覚えがあったのだ。
「……夢だと思ってたのに……」
眠る前に言葉を交わした男。パニックだったので言葉自体はあまり覚えていないが、聞き間違いでなければ彼の声だ。
あらためて部屋の様子を見渡せば、そこが自室でないことは明白だった。
いったいここがどこなのか見当もつかないが、あの男の言葉を信じるとすれば、何らかの事情があってここに連れてこられたということになる。
少女は大きなため息をつくと、ベッドから這い出した。
部屋の外は、長い廊下になっていた。廊下のつきあたりは両側ともゆるいカーブの向こう側に隠れてしまっていて見えない。
蝶はひらひらとカーブの向こう側に消え、後を追うと下りの階段があらわれた。装飾的な手すりはよく磨かれた木製で、あたたかい艷がある。
昼間だというのに階段の下は薄暗く、少女の不安を煽った。ごくりと生唾を飲み込み、一段、一段とつま先で探りながら降りていく。
素足だったのでそれほど音は立たず、ぺたりぺたりと密やかに階下までたどり着いた。
蝶に従って薄暗い廊下を少し行くと、徐々に周囲の明るさが増し、やがて開けた場所に出た。重たげな両開きの扉と、その上に採光を兼ねていると思われる巨大なステンドグラスが輝いている。
「おお」
見とれていると、蝶が視界をくるりと横切る。急かされているようだ。
大扉とステンドグラスを横目に、先ほどと反対側の廊下に出た。
廊下の片側に扉が四つ並んでいる。手前から二番目の扉の前で、蝶はかき消えるように姿を消してしまった。
「え」
あたりを見るが、どこにも蝶の姿はない。
言われるままに後についてきたが、これは一体どうしたらいいのだろう。
困惑しながらも、目の前の扉に手をかけると、
「ぎゃあ!」
急に扉が内側に引かれた。勢い余って、少女は室内に転げてしまう。
「いったあ……」
顔をあげると、テーブルについたまま目を丸くしている青年と目があった。