1 目覚めれば緑色
少女はふわふわとした心地でそれを眺めていた。
緑。きれいな緑色だ。
深い色をしているのに、透明感がある。水分が光をきらきらと反射して、ちょっとした宝石のようだった。
もっとはっきりそれを見ようと、少女はゆっくりとまばたきをした。
視界がいったん遮断されて、より鮮明になって戻ってくる。
「……あ?」
語尾をあがり調子で吐き出された音は、お世辞にも可愛らしいとは言えなかったが、状況を考えれば仕方のないことかもしれない。
目を見開いた少女の斜め上あたりにある緑色が、ゆるりと下のくぼんだ三日月に形を変える。
「おはよう、『白雪姫』」
「ィ、っきゃあぁァああぁ――!!」
少女は耳に突き刺さるような悲鳴をあげて、自分に覆い被さっていた男を突き飛ばした。
張りつめた空気が部屋を満たしている。
近付こうとするたびに悲鳴をあげられ、しまいには枕を投げつけられた男は、とりあえず少女に接近することを諦めたようだ。
彼は部屋の入り口近くに椅子を置き、そこに腰を落ち着けた。
少女はというと、部屋の窓辺に張りつくようにして男をにらみつけている。二人は対角線上の位置にいて、間に挟まれたベッドはさながらバリケードのようだった。
「何か勘違いしているようだから言っておくけど」
痛むのか、枕が直撃した鼻をさすりながら男が言う。
「俺は別に、君にいかがわしいことをしようとした訳じゃない。……ちょっとややこしい事情があってあんな態勢をしていたけど、やましいことは何もないんだ」
少女は無言のまま、男をにらみ続けている。
言葉をさえぎられなかった安堵か、沈黙への焦躁か、彼は段々と饒舌になっていく。
「ええ、と。それで、その事情っていうのを今から君に説明しようと思う。信じられないかもしれないけど、信じてくれないと俺も君も困ったことになる。だから、」
とりあえず落ち着いて聞いてもらえないだろうか、と言葉を続けようとして、男はぎくりと身を硬くした。
自分をにらみつける少女の瞳から、透明な雫がぽろぽろと落ちていた。
よくよく少女の様子をうかがえば、彼女は顔面蒼白で、固く握られた指先は色をなくしている。巻き込まれたスカートは、きつくしわが寄ってしまっていた。その状態から微動だにせず、男をにらみながら泣いている。
「す、すまない!」
うろたえて思わず少女の方へ手をのばした男だったが、近付いて触れる直前でその動きをとどめた。少女が大きく身を震わせたのだ。
男は素早く手を引っ込め、逡巡してうつむいた。
「……すまない。本当に」
ためらいながらもかけられた謝罪の言葉と、その気遣わしげな表情に、少女はほんの少しだけ警戒を緩めたようだ。何か言葉を発しようとして、口が開かれ、
「っ……!?」
かくん、と少女の身体が突然力を失った。
前のめりに倒れかける身体を、男の手が支える。
「心配しなくても大丈夫だ。……だけど少し、眠ったほうがいい」
男の声が、少女を安心させるように降ってくる。
「君が起きたら、今度こそ話をしよう」
男の言葉に小さく頷いて、少女は意識を手離した。