* 輝く星
どうあっても逃げ出したいディーナ。
策はないのですが、勢いだけはあります。が、それだけではどうしようもありません。
そんなディーナを促すものは、どこからの声でしょうか?
あてがわれた部屋に戻り、ディーナは一人うろうろと歩き回りながら考えていた。
(さて。どうしよう、これから)
体力も回復しましたので、お暇します。
そんなディーナの希望など、どうやら通りそうもない。
いくら自分が学習能力に乏しいからと言っても、それくらいなら察しはつく。
ジャスリート家の“紅孔雀”とやらとして、お迎えしたいと『お願い』されたが、
出来ればというよりも、是が非でも勘弁して頂きたい。
(なんて勝手な・・・・・・。)
結局は“白孔雀”の身代わりが欲しいだけだなんて、無礼にも程がある。
***
「嫌だって言ったら?」
ディーナは相変らず両手の自由を奪われたままで、引き抜こうと体をよじらせながら訊いた。
フィルガはにっこり笑って、そうですねぇと手の力を緩めようともせずに答えた。
「俺の妻となって、この家の財産と権利と地位を持ちたいと思いませんか?」
――思いません。
さも名案だとでも得意気に言い出しそうなフィルガに、腹が立ったが黙って耐えた。
「すこし、かんがえさせて・・・・・・。」
そう、たどたどしく答えるのが精一杯だった。
***
そう答えることで、その場を凌ぎやっとこうして一人きりになれたのだ。
多分どころか確実に、自分に拒否権はない。
執念とか、執着とか、そういった類のもので縄をかけられているみたいだ。
何て厄介な。面倒くさくて、また泣けてくる。
それにしても、フィルガのあの思わせぶりな態度は、一体・・・・・・?
、、、、、、、、
そのままの姿。
絵画の中のシィーラに、偽りはないと言っているのだ。
(何なんだろう・・・――?)
「まあ、考えても仕方がないね。どうせわからないし」
ディーナはひとり、自分を納得させるために呟く。
このままだと、深みにハマッてしまう。
長居する気は始めからない。
ならば、迷うまでもなく、取る行動はひとつだ。
逃げてしまえばいい!
何だかわくわくした。体中に力がみなぎってきて、拳を振り上げた。
――でも。
「・・・・・・どうやって・・・・・・?」
館から庭に出られたとしても、高い石壁が館を取り囲んでいるのだ。
おまけに唯一の出入り口である門も、常に施錠されているのも確認済だ。
ディーナは振り上げた拳ごと、ガックリと肩を落としてうなだれた。
***
――呼べばいい。
どこからともなく湧き上がる声が、ディーナを促す。
嫌にきっぱりとしたその声は、自分の内側からのもののようでもあり、誰か何者かが囁き掛けてくれたもののようでもあった。
呼・ぶ?
誰をどうやって、という疑問も頭をよぎったがそれも一瞬だった。
すぐさまそうだと、納得する声が全ての疑問を打ち消してくれたから。
そうだ。呼べばいい。
ディーナは窓辺へと近づくと、窓を開け放った。
両手で窓を押し開いた格好のまま、胸いっぱいに息を吸い込む。
いい夜だ。星の出具合も、申し分ない。
ひんやりと冷たい風が、ディーナの頬を心地よく撫でる。
深く吸い込むと胸がすくようで、気分がよくなった。
今度は吸い込んだ息を吐きながら、ディーナはゆっくりと瞳を閉じる。
一番輝く星。
それは天高くあって、ディーナを照らす。
実際は高くにありすぎて、夜空を見上げても肉眼では見えない。
瞳を閉じて、意識をその天の彼方一点に集中する事で、届く輝き――。
光は、一本の道筋となる。
それを道として、彼等はやって来てくれるのだ。
その光の道の果てにいる、ディーナという輝く星を目指して・・・・・・。
そう、彼等に聞いたではないか。
こんなにも誇らしく嬉しい事なのに、どうして忘れていたのだろう。
(良かった。大事なこと、思い出すことができて)
自然と持ち上がった頬に風を感じて、瞳を開ける。来てくれたようだ。
振り返ると、白い毛並みの美しい獣がうやうやしく控えていた。
獣はディーナと目が合うと、逸らさず瞳を見つめたままで、四肢を起こす。
、、、、、、
“呼んだか?シィーラよ”
獣の問いかけに、ディーナは顔を強張らせた。
絶対に逃しははしないと息巻くと、何が何でも逃げたくなるものでしょう。ディーナは自由でいるのが、自分の当たり前の権利と主張して譲りませんが・・・。
通用しない相手に、どこまで対抗できるでしょうか。