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       * 仇為す信念

申し訳ございません―――!

 


 ボクは夢見た。


 それが現実のものとなると強く、強く確信していたよ。


 疑いもしないで、目を明けたまま夢を見続けていたんだ。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 シィーラが尻尾をふさふさと左右に振っているらしい。

 視界を豊かな毛並がよぎった。


 トゥーラとシィーラはジャスリート家の書庫で、何やら話し込んでいる最中のようだ。


 二人ともディーナの覚えある姿ではないが、むしろこの今見ている姿こそが本来なのだろうと思えた。


 尻尾をふる純白の毛並は、何の汚れもないように見える。

 耳の先を飾りのように縁取る長い毛も、一緒に揺れている。

 狼のようなしなやかな筋肉がその優美な毛並の下に潜んでいるに違いないが、そんな事は微塵も感じさせない。


(……紅雷に(かた)が似ている)


 そう思い当たって、より一層の賛美をシィーラであろう獣に送った。


 視線だけなら存在を許されているのか。


 介入は許されているのか、いないのか。ディーナには解らなかった。

 今この状況に説明などつかない。

 ただ自分よりも遥かに高みから見下ろすような、大いなる意思もつものに委ねる他はない。


 シィーラは、トゥーラは、ディーナという意思持つ者の存在に気がつきもしないだろう。

 だが覚えた素直な感情を、賞賛という形にして送らずにはいられない。

 たとえそ想いが報われる事が無かろうとも構わない。


 届かないからといってその想いを無碍にするなど、自分の胸が痛むだけだとディーナはいつの間にか学んでたようだ。


 いつ何時であろうとも、己の心に素直に従えたら心は傷んだりしない。

 何故かしら、あの深く沈みかけた銀の瞳に見られている気がした。

 ずくりと大げさではなく、刃物で抉られた気がした。

 宥めようがないが、どうにか収めようとは思ったので声にならないまま訴えた。


 ならば私と共に在ればいい。

 そうして私と同じものを見て、感ずればいい。


 訴えに納得したのか、胸の疼きは止んでくれた。


 ディーナは改めて視線をあちこちに廻らせて、それから語り合う二名をしっかりと見据えた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 この綺麗な綺麗な獣の姿が、紛れもなくシィーラの姿だ。

 ディーナは心から感心していた。

 獣は美しく、優美で、人の心の機微に添う。

 人と何一つ変わる所などない、稀有な存在なのだと思わせてくれる白い獣に魅せられずにいられるわけが無い。


 そして。

 しわしわの手を難儀そうに動かしながら、しわがれた声で説明するのがトゥーラだ。

 手だけではない。

 その首筋も、その着衣から覗く腕も、何もかも。

 その余すところ無く見せている肌はたわみ、幾重にもしわ寄せている。

 それだけではない。

 所々に老人特有のシミが大きく浮き出て、その美観を損なっている。

 人の見てくれなど気に留めたことなど無かったが、なまじ彼を若き頃から知るだけにその衰えように畏怖なるものすら禁じえない。


 ―――人とは老いる生き物なのだ。


 眉間に深く刻まれたシワが彼の苦悩の日々の証であり、口唇を引き下げるほどのシワも同じくそれを訴えてくる。

 眼窩におちくぼんだ瞳だけが爛々と輝き、彼の志だけが未だに生き長らえているのだと物語っていた。


 ディーナは意識の中だけで、賞賛といくばくかの哀しみを混ぜて息を吐いた。


『だからどうかな? シィーラにしてみたら、ほんの短い間じゃろ。その少しの間だけ人として生きてみるのも悪くはないと思うよ』


 トゥーラは獣たちの間でも有名で、長とも親交があったから一目置かれていたのだ。

 それなのに結局はトゥーラは獣たちを裏切るような真似をしてしまった。

 それを悔やみ、とうに肉体が滅びた今もこうしてさ迷っているらしかった。

 シィーラはそれを心配してこうして迎えに来たのだ。

 もう済んだ事だから一緒にあちら側で過ごしましょうよ、と。

 それなのにシィーラの思いを他所に、トゥーラときたら未だに諦める様子が無いのは明らかだった。


『シィーラも見ていてくれ。きっと人間と獣たち、お互いを思いやりながら共存できるようにしてみせる。だからボクは神殿に上がるよ』


 かつて希望に満ちた目で、シィーラに優しく語りかけた青年の成れの果て。

 肉体がとうに滅びた今、その晩年の姿に固執する事も無いのに彼はそのままで留まっている。

 それは己自身を罰しているからのように、ディーナには見えた。

 シィーラも同じ気持ちなのだろう。


 同調したせいか、目線はシィーラと同じになったようだ。


 椅子に腰掛けた彼を見上げる。


 トゥーラは今なお諦めてはおらず、希望も捨ててはいなかった。

 夢見るように語る彼は、あの日の彼のままであるとシィーラは嬉しくも悲しくも思っていた。


『きっと、お互いの素晴らしさを解り合える日が来るからね』


 彼はそんな夢みたいな事を本気で信じていた。

 疑う余地なぞ持たず、他者の思惑ですら彼の信念を犯すことは無かった。


 彼は夢見るように生きていたのだと思う。

 いつも子供のように無邪気で、素直だった。

 だからこそ、獣たちも心をたやすく許し預けたのだ。


 生まれ付いての獣使い。


 そんな呼び名もあったが、彼にしてみたら侮辱にも等しかった。

 獣を使うなどという考えが、彼にはそもそも存在しなかったのだから当然だった。


 だが、人は彼をそう見なかったのだ。


 神殿に上がった彼は、抜け殻のようになって帰ってきた。

 そのまま、間をおかず一生を終える。


 虚ろな気持ちを抱えたままの彼は、その空白の想いを埋めるべく研究を続けてしまう。


 もう彼に昼も夜もない。

 食事も睡眠もいらない。

 何も必要としないのだ。

 あるのは想いという信念だけ。


 彼が欲するのは自身の目指した世界の実現と、そうすることによって償いたいという願い。


 誰がこの状況を見ても、きっと同じ判断を下すに違いない。

 願いが深くその御魂にまで食い込んだために、想いが成就されるまで解放は無いようだ―――と。


 このままではトゥーラの存在自体が壊れる。

 壊れるだけならまだしも、人も獣も構わず深く仇を為す存在に成り果てるやもしれない。

 これ以上、彼を貶めてなるものか。


 考えをそう導き出したのは、シィーラだけではないはずだ。


 シィーラは頷いていた。

 ディーナだってそうしていただろう。

 透明な存在のまま、一緒に頷いていた。


『いいわ。わたくしも素敵だと思う。人とわたくし達が上手く生きて行けるって事を、トゥーラにも見せてあげられると思うの』


 最初は同情しての言葉だったが、実際そう言葉にしてみるとそれはひどく尊い試みだとシィーラにも思えてきた。

 きっと、彼の熱意に心が動かされたからではなかろうかと思う。


 トゥーラは満面の笑みを浮べていた。


 感激のあまり、両手を広げて敬愛して止まない獣を(かいな)に導く。


 その笑顔は、あの希望に満ちた若き日と何の変わりも無かった。



『おおよそ三千文字数なのに』


なんでこれこんなに時間が掛かるのか。


書けば書くほど深みにはまって霧の中。


くっそう。罠か? 罠なのか?


それでもお付き合い ありがとうございます~~~~!!


連続投稿行きますよ!


(最初から、やれって? 不思議と寝かせないと動かないのは何故ですか。)


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