* 白孔雀
「俺の母親にそっくりですよ」
そう断言されてしまったディーナ。力いっぱい拒否していますが・・・・・・。
「私に!?どこがよ?」
改めて視線をシィーラに向ける。
シィーラ・ジャスリート嬢。十六歳。
そう絵画の中央底辺に、金文字で銘打たれてある。
髪は色素の薄い金色。
光の加減によっては、白銀に見えたかも知れぬ程に。
瞳の色も、髪と同じ色合いだった。
豊かなまつげがふちどるお陰か、その眼差しをより一層やわらかく優しげなものにみせている。
唇は紅でも刷いていたのだろうか。
鮮やかに紅く、シィーラの白い肌の中一点を彩っている。
だがそれでいて、鮮烈すぎる程の印象は無かった。
笑み浮かべてたたずむ少女の雰囲気は、どこか儚げで柔和なものだ。
――それでも彼女には、畏怖なるものを感じさせられてしまう。
少女の醸し出す雰囲気の、犯しがたい気品に気おされてではない。
それすらも含めて違和感を抱かせる原因は、絵画の構図に因る所が大きいと思える。
在りし日の少女の左右の足元には、獣が二頭寄り添って描かれているのだ。
白い大型の猫のような獣と。頭に枝分かれした一角を頂く、黒い獣と・・・。
どちらも『まぼろし』とされている存在だ。
「幻獣、よね?」
ディーナは誰に確認取るでもなくだが、質問を投げかけるかのように呟いた。
幻獣が権力の象徴として、こうやって用いられるという事は知識としてはあった。
だがこうして実際目の当たりにしたのは初めてだから、感じる違和感なのか――?
(ちがうわ)
ディーナは自分の感覚を殺すことなく、感じたままの答えに至った。
見るものの心に異様だと思わせるのは、少女が微笑んでいるせいだと。
(違和感があるのは獣らじゃない、彼等じゃなくて。あるのは・・・・・・。)
、、、、
『シィーラ』
――彼女自身に他ならない。
シィーラの笑顔は、獣の鋭い牙も爪も目には入っていないと物語っている。
絵画の中だけの見せかけの姿だとしても、獣は生々しい存在感を放っているのに。
なんのためらいもなく、少女の両手は双方二頭の頭へと預けられていた。
たくましい獣を御する事ができる、か弱げな乙女。
それがシィーラだと、この絵は物語っているのだ。
「似ている・・・・・・かしら?」
「髪と瞳の色の差があっても、そっくりです」
「そうかしら。私、こんなに儚げじゃないわよ。言い切れるわ」
「身内の俺から見ても、似ていますよ。顔立ちはもちろん、雰囲気から。何もかも」
「何が言いたいの?」
フィルガは答えずに、話を進める。
いつのまにかディーナに歩み寄っており、彼もまた少女を見つめていた。
彼にとっては母親のはずだが、言いようのない複雑な表情で眺めるものだと感じる。
「もうとっくにご存知でしょうが、ジャスリート家の紋章は<孔雀>です」
――紋章。
それを持つ事を許される程、この家は格式高いということだ。
実際に今日までの短い間で幾度、この館の孔雀達に出会ってきたことか。
調度品や日用品、侍女たちの前掛けの縁取り・・・。
いたるところに、図案化された孔雀たちを眼にしてきた。
何より正門の構えを、二羽の孔雀の彫刻が受け持っていたではないか。
ディーナ自身、その二羽に出迎えられたのを思い出す。
「おかしいと思いませんか?」
「・・・・・・何が?」
慎重にディーナは答える。
「紋章から鑑みれば、絵画に描かれるのは孔雀のはずだ。
それなのに幻獣が二頭。少女には不釣合いな組み合わせだ」
「確かにね。違和感を覚えるわ。孔雀の方が絵画的には、調和が取れるわよね」
ディーナは素直に頷いて見せた。
「・・・でも、その必要はなかった」
「?」
「シィーラは、我が家の紋章にひっかけて“白孔雀”と呼ばれていましたから。
彼女自身が孔雀だ」
それは、的を得ていると思う。
シィーラを前にすれば誰もが納得するだろう。
ただの絵画であっていてさえ、彼女の雰囲気はタダモノではないと感じさせる。
彼女自身、生きた紋章だったのだろう。
「ねぇ、シィーラは――?どこに・・・いるの?」
「わかりません」
ディーナが恐るおそる尋ねたのに対して、フィルガはいやにきっぱりと答えた。
「消息どころか安否も不明です。もう、十七年も前に居なくなってしまいました」
「――・・・・・・。」
起きた事実の重さと、それに反するフィルガのどこか淡々とした口調とに押され、
ディーナは言葉を飲み込んだままだ。
嫌でも読めてくる。
ここの家の者が自分に何を期待して、望んでいるのか。
「絵の中の少女を今一度、よぅくご覧下さいディーナさん。この絵は在りし日の母の、
“そのままの姿”なのですよ。お解りになりませんか・・・・・・?」
先程から自分の母親を少女と呼ばわるところの方に、ひっかかりを覚えてしまう。
たとえ、説明付けるためのものだったとしてもだ。
ディーナは怪訝な表情浮かべながら、フィルガと少女とを代わる代わるに見比べる。
「何のこと?私とシィーラが似ているから、何だっていうのよ」
本当はわざわざ尋ねたくなどなかった。
それでもここは、はっきりさせなくてはならない。
わかっている。
だから、あえて訊いたのだ。
「それはもちろん。ディーナさんには、ずっとこのジャスリート家に居てほしい、と言っているのですよ。
さしずめ、新しい“紅孔雀”としてね」
フィルガは予想通りの答えを、まっすぐにディーナを見下ろしながら告げた。
薄く唇は笑み浮かべてはいるが、その目は冷たい。
――ディーナを映していながら、ディーナを通して違う誰かを見ているのは明らかだった。
そんなこと言われたって、ねぇ!?なディーナです。
ばればれですが、誰かさんはマ○コンですね。
一応、ヒーローなんですが・・・・・・。
(ガンバレ、二人とも。)かなりイタタ★な、ヒーローですね。